17. 暗殺?
ゲーム的に考えるならば、この後にたぶんジルバを誘拐した人との戦闘が起こりうることは、長年ゲームをプレイしてきた私にとっては簡単に想像できた。
以降の展開はおそらく2種類。
盗賊相手に戦闘することなくこっそり救出して事なきを得るか、あるいは見つかって戦闘になるか。
戦闘は、できれば避けたいところだ。
私にはまだ実戦経験がないし、誘拐の理由を考えるとおそらく相手も1人じゃない。
とはいえ、こっそり盗みだすのはそのあとのことを考えると悪手だろう。
ジルバが散歩を控えたとしても、ミネルバとともにいるところを見られたりすれば今度はミネルバが危ない。
やはり戦闘は避けえないと考えるべきだ。
戦闘、といっても無理に相手を殺す必要はない。
殺すより生け捕りにする方が難しいというのは聞いたことはある。
相手が殺すつもりだった場合、生半可な覚悟ではこちらの命が危ないことは重々に承知している。
……だったら、今のうちに対策を取らないとね。
ジルバの方は、適当に逃がしてやればあとでどうにでもなるから、守りながら戦うという面倒はとりあえず考えなくていい。
逃げる隙だけを作ってやればきっと問題ないだろう。
「今使えそうなスキルは……」
ステータス画面をスクロールしながら考える。
相手は確実に格上。
馬鹿正直に倒そうとするのは難しい。
となると──
「でもまだレベルが低いのが難点か。
まだ使ったことがないスキルだし、何かで練習しつつ熟練度を上げてから……いや、悠長なことは言ってられないよね」
私は最後のオムレツを口に含むと、準備のために店を後にした。
***
薄暗い倉庫の中に斜陽が忍び込む。
小麦などの穀物が山積みになった部屋の端に置かれた小さな檻の中で眠っていたジルバは、その茜色の日差しに軽く目を細めて、隅の小さなパンの切れ端を睨んだ。
どうやら、眠っている間に例の誘拐犯が置いていったらしい──が、それに口をつけるつもりはなかった。
長年連れ添った相棒の冒険者がよく言っていたのである。
こういう時に出される食事は食べない方がいい。
食事を出されるということはこちらにまだ価値があるということだ。
それを拒絶し続ければ、相手はやがて苛立って暴力をふるってくるだろう。
──その時がチャンスだ。
ジルバは彼のその言葉を覚えていた。
だからずっと待って居たのだ。
反撃の機会が訪れるその時を──。
「本当か? その、ケットシーを捕まえたってのは?」
「ああ、違ぇねぜ。魔法を使ってるところをばっちりこの目で見たんだ」
倉庫の外から2人分の足音と話し声が聞こえて、ジルバはさっと地面に伏せて目を閉じる。
うっすらと開いた視界には、倉庫の扉が開く細い隙間が映っていた。
「奴らがそうやすやすと人前で魔法を使うとは思えないんだが」
2つあるうちの、重い方の足音の主が言う。
「足を滑らせて塀から落ちたところを見たんだ。
そしたらあいつ、風で体を浮かしてよ」
「魔法で受け身を取ったってか?」
「それを偶然見つけたのさ。捕まえるのに苦労したんだぜぇ?」
もう1人は聞き覚えがあった。
ジルバを追いかけていた冒険者崩れの細身の男だ。
足音が重い男は会話の内容から推測して、おそらく自分を買いに来た客なのだろう。
気配からして戦闘経験は少なそうだ。
なら、警戒すべきは依然として細い方か。
「で、いくら出す?」
細身の男が檻を足で指し示しながら尋ねた。
「そうだな、相場では大銀貨5枚からってところだろうが──」
「──おいおい、そんなしょっぺぇこと言うんじゃねぇよ?
言ったろ? 捕まえるのに苦労したんだよ。
大銀貨10枚だ」
「相場の倍じゃないか! 6枚半」
「いいのか?
これ逃したら次どこで手に入るかわかんないぜ? 9枚半だ」
「だとしてもほとんど倍じゃないか!
7枚! これ以上はだめだ」
「よく考えてみろって旦那ぁ。風属性だぜ?
暗殺にはぴったりじゃねぇか。9枚」
「だからこそだ、もし寝首を掻かれたりしちゃあ困るんだよ。
わかるだろ? ケットシーは頭がいい、必要な首輪のレベルを考えるとこれでも釣りが出るだろ」
「チッ、しゃあねぇな。そこまで言うなら8枚で決めてやる」
「このぼったくりめ、商人相手に足元見やがって……」
「舐められる方が悪い」
悔しそうに唸る商人らしい重い男に、細身の男がニヤニヤとした口調で返す。
気配が近づく。
鍵が檻の閂に差し込まれ、錆びた音とともに開く。
ジルバははやる心を抑え、時を待った。
狸寝入りするその体を持ち上げ、首輪をつけようとする、その一瞬の気のゆるみを今か今かと待って──
「ッ!?」
倉庫の暗がりから、音もなく何かが飛来して、細身の男の頬を掠めた。
「ニヴァ!?」
太った商人が驚いて声を上げる。
ニヴァと呼ばれた細身の男の手から、一瞬力が抜けるのを覚ったジルバは、その隙を見逃さずに彼の手から逃れた。
「クソッ、誰だッ!」
唸りながらニヴァが剣を抜こうと柄に手をかけるのを尻目に、ジルバは出口へ向かって一目散に駆け出した。
しかし太った商人はそれを許さない。
進路を防ぐように倉庫の扉を閉めようと駆け寄るのを見たジルバは、魔力に術式を込めて風の刃を放った。
「ぐあっ!?」
商人の足首が大きな破裂音とともに裂けて体勢を崩した。
アキレス腱を切ったのである。これでしばらくまともに動けまい。
ジルバはふわりと宙を蹴って倉庫から逃げようとした──が、そううまくことは進まない。
「鳥籠の魔法!」
魔力の網が倉庫全体を覆い、ジルバの進路を塞ぐ。
「へへ、逃がさんぞぉ!」
にやりと笑う商人。
どうやら戦闘能力はないみたいだが、一人前に魔法を使えるくらいの余力はあったらしい。
ジルバにとって、彼を殺して魔法を強制解除させるのは簡単だった。
だが、彼の魔力は弱い。放っておいてもいずれ魔力切れで解放されるし、この失血量ならもしかすると魔力切れを待つ必要すらないだろう。
だから、ジルバの興味は自然と、突然現れた闖入者の方へ向かっていた。
ニヴァは、真っ黒なローブに身を包んだ子供と剣を交えていた──が、その動きはどこか妙だった。
彼の攻撃が、ことごとく空を切り、あるいは一瞬躊躇するかのように動きを止めるのである。
子供はその隙をついて細身のショートソードを突き刺し、あるいは斬撃を浴びせて体力を削っていく。
斬られるたびに、ニヴァの動きはさらにぎこちなくなっていく。
いったい、何が起こっているのだろうか。
「んろ!」
呂律の周らない叫び声。
ニヴァの剣が空を切り、ローブのフードを少し裂く。
返す太刀で踏み込むのを見切って回避する子供──だが、わずかに退きが足りず、脳天にブレードが触れる。
やられる……!
ジルバは援護のために魔力を込めた。
しかしそれは杞憂だった。
なぜならその直前でまた一瞬、剣の動きがぴたりと止まったからである。
「まらっ!?」
悔し気に顔をゆがめるニヴァ。
仕留めるなら絶好の機会──にもかかわらず、子供は彼の腕に小さな切り傷を残す程度の攻撃をするばかりで、まるで仕留めようだなんて考えていない様子だった。
「らろぉ……ッ!」
ニヴァが呂律の周らない口で叫び声をあげ、ズタボロで血まみれの腕を振りかぶった。
大ぶりの攻撃。
子供は待っていたとでも言うかの様にその足元に深く潜りこむと、自分の小さな体でニヴァを躓かせて転ばせ、剣を持っていた手首を踏みつけた。
「ん゛ッ!」
ニヴァが腰から何かを引っ張り出す仕草。
しかしそれよりも早く、子供は手元から何かの液体をその顔面に浴びせて──次の瞬間、彼は動かなくなった。
「やっぱり、レベルが低いと一瞬止めるくらいが限界か……」
子供の声を聴いて、ジルバは目を丸くした。
──経験豊富そうな冒険者崩れを、こんな小さな女の子が手玉に取っていたというのか。
ため息を吐きながら、少女がこちらを振り返る。
フードに隠れて顔は見えないが、その歩き方からかなりの疲弊が見て取れた。
手玉に取っていた、というのは訂正したほうが良さそうだ。
彼女にとっても、かなりギリギリな戦いだったらしい。
「こ、来ないでくれ、頼む! 来るな!」
ゆらゆらと左右に揺れるように、ゆっくりとこちらに歩み寄る子供に怯えたのか、商人が必死に地面を這いずりながら倉庫の端へと身を寄せた。
「あ、えっと、その、すみません。
話はその、衛兵の方を交えて聴かせていただきますので、とりあえず拘束させていただけませんか?」
「来るな! 来るなって言ってんだろうがオイ!」
どうやら、黒ローブがニヴァを殺したと思って怯えるあまり、彼女の言葉が耳に入らないらしい。
少女は小さくため息を吐くと、何もない空間から瓶を1つ取り出した。
金属製の蓋がひとりでに開く。
「な、なにを!? まさか毒か!?」
「すみません」
おびえる商人に一言詫びると、彼女はその中身を彼に振りかけ──直後、商人は気絶したように眠りに落ちた。
読んでいただきありがとうございました!
次回もよろしくお願いいたします!




