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細い糸

 牧野警部達の徹底的な聴取の結果、主犯格のソンの一方的な言い分ではあるが、分ったことは次のような事だった。


 全体の犯罪計画は首謀者であるリー・シュンユから三人のリーダー格の男達に言い渡される。その三人とはソン、キム、チェンのことで、詳細な銅線泥棒に関する情報はその後ソンとキムが収集し、実行に当たって用具はチェンが調達を担当し、手順を決める。リー・シュンユは進捗をチェックするが細かいところには関与しない。

 実際の銅線泥棒の実行に際しては、現場をキムとチェンが取り仕切り、ソンは全体の監視と金属仲買業者への受け渡しを行う。業者との条件の交渉は事前にリー・シュンユが行い、結果をソンが知らされ、他の二人に伝えることはない。

 これまで銅線泥棒は複数の県域で数回実施しており、毎回数カ所の太陽光発電所を同時に襲い、今回のように複数のグループに分かれて犯行を実施することもある。その際に、現場はいつもキムとチェンが指揮し、以前はもう一人リーダー格の男がいたが失踪したようだ。

 メンバーもソンが知っているだけで三人が同じように失踪していて、リー・シュンユの指示でリー・スンナムとシン・ユーが失踪に関わっているようだが、はっきりしたことはソンは知らないと主張している。失踪する際にはいつもは行動が不明な二人が例のナイトクラブに現れて、リー・シュンユと話しているそうだ。

 メンバーはリー・シュンユが中心になって運営している複数の外国人向けや若者向けのSNSでアルバイトとして募集され、応募してきた男達が例のナイトクラブに呼び出され説明を受ける。

 最初は清掃や簡単な作業のバイトをさせて様子を見て、用具の購入や見張り役や運転手といった事をさせていく手順があり、仕事を覚えていく。現場でミスをしたり、辞めると言い出すとリー・シュンユに相談するが、決まってナイトクラブに呼び出され、その後で失踪することがある。リー・シュンユにそれとなく確認すると、その事には触れるなと怒られる。

 という内容でおおよそ嘘はなさそうだが、十四人もの逮捕者の話と整合していく上では、犯罪組織の全体的な構造と個別の役割に関する重要な供述が得られたと警察の事件関係者は感じていた。実際に他のメンバーからの供述を合わせると、今回だけではなく銅線窃盗に関する活動や経緯は次のようにまとめられる。


 今回窃盗に参加したメンバーは前回に引き続き参加したメンバーが多く、新たに加わったメンバーはグェン・バンを含めて二人で、他のメンバーはやることは銅線泥棒だと分っていた。最初は知り合いから誘われたSNSでアルバイトとして始めた。

 メンバーの役割は監視カメラを探して壊す役と、銅線を切って回収しやすいように処理する役と、銅線を回収しトラックに積む役と、作業中周辺を見回って偵察する役に分かれており、犯行の日の前日か前々日の午前中に例のアジトに集合し、計画の内容の説明を受けて用具等の準備をしてから、夜中に太陽光発電所に行き、翌日の三時ごろまで作業をして、回収した銅線を金属中買業者に持っていき、別の車で隠れ家に行くのがいつものパターンらしい。

 その隠れ家で数日過ごした後に、分前をもらい、それぞれの家に帰って行くが、次の仕事の依頼を受けて集まる時には、一人か二人のメンバーが入れ替わっていることもあり、メンバー間では脱会とか失踪ではなく、殺されたのではと思っている。なぜなら失踪した親しいメンバーが仲間を抜けたがっていたことを知っていて、例のナイトクラブに呼び出された後に失踪しているからだ。そのメンバーの名前は三人まで判明している。

 アジア系のメンバーは技術実習生が多く、日本での仕事を継続したがっているが、規定上仕事内容を変更するのは大変なので、正式な仕事ではない危ないアルバイトに就くこともあるが、罪を犯してまで稼ぐのは嫌で、一部のメンバーは抜けたがっている。しかし、リー・シュンユにそれを話すと、無事に母国に帰れないと脅されたと言っている。

 逮捕した被疑者達の勾留期限の四十八時間が終わるまでに、逮捕した窃盗メンバー十一人の関与した犯罪の概要はほぼ明らかになったが、ソンと二人の殺し屋の犯罪の内容はまだ不明な部分が残っていた。この三人の犯罪全体の証拠の確認はとても期限内では無理なので、起訴前勾留期間の延長により全体解明を目指すことになりそうだったが、検察官への送致期限ギリギリまでこの三人に絞った罪状を明らかにして、肝心の主犯であるリー・シュンユの殺人教唆と窃盗及び不法取引への主体的な関わりを立証できる証拠を掴むのが最大のテーマとなった。勾留期限までの時間が四時間を切った時に、鑑識にまわっていた被疑者の一人の所有するスマホに重要な情報が残っていたことが判明した。リーダー役のキムのスマホにリー・シュンユが犯行前の打ち合わせでリーダー達に指示をしている録音が残っていたのだ。そこで、彼は犯行前にリーダー相手に犯行手順の指示をする発言と引取り業者への調整内容と、犯行後の行動や監禁している二人の殺害を暗に指示した事を自らの口で話しているものだった。そして、SNSで集めたメンバーの事を将棋の駒のようにしか思っていないことを堂々と発言していて、彼が全体の計画者であり、首謀者であることを強く印象付ける発言だった。この録音を捜査一課の主要メンバーで確認し、「よし、これで奴を逮捕すれば重大な凶悪犯罪の首謀者として起訴できる」の皆が口々に”希望的な観測”という憶測をしたようだった。ただ一人牧野警部を除いて。


 そして、リー・シュンユの行方だけがわからないまま逮捕した十四人の送致が完了した。昨年の監禁拉致と爆発物による家屋破壊の大事件と同様の多くの被疑者の送致となった。県警本部では嵐のような数日間を、関係全員必死の形相で現場を駆け回り捜査を行い、情報を整理し、聴取を行い、証拠を揃え、送致書を起こし、検察への送致を完了させた。以降は検察による事件の精査の後に起訴となるはずである。リー・シュンユは全国に『特別手配被疑者』として指名手配された。不眠不休で捜査に取り組んだ捜査一課をはじめ関係メンバーを前に夕礼で山本捜査一課長はこう述べた。


 「皆さん、今回の事件では事前準備から逮捕そして証拠固めに至るまで、全員不眠不休で取り組んでいただきました。皆さんの粘り強い努力と果敢な行動と、連携したチームワークと、卓越した刑事としての心技体の能力に私は感動しています。恐らく全国一のチームだと自負しております。本当にお疲れ様でした。若い人もそんなに若く無い人も?いるので、心身ともにお疲れのことと思います。今日はゆっくり休んで、明日からスッキリした顔で出勤して来てください。本当にありがとう!」と気持ちのこもった挨拶だった。その後、現場でも取調べでも奮闘した刑事もいれば、鑑識のように裏方で活躍したメンバーを含めて、皆一様にホッとした様子で、夕礼の後も数カ所に集まって談笑する姿が見受けられた。その中で牧野警部と山本課長など一部の刑事達は、密かに会議室に集まり次の行動の打ち合わせをしていた。山本は、

「指名手配されたとはいえ、簡単にリー・シュンユが捕まるとは思えません。我々も人数は絞りますが捜査を続けますので、必ず奴と奴の背後の組織を白日の元に晒しましょう。それがゴールです」牧野は自信ありげな表情で、

「はい、必ずリー・シュンユを捕まえます。なあ、麻山」と横に並ぶ麻山に振ると、麻山は

「はい、じいちゃんの名にかけて」と一時期流行ったテレビドラマでの名探偵『明智小五郎』の孫役の名セリフを真似て冗談を言うので、山本は笑いながら

「麻山君は冗談も言えるんだ!武術の腕は県警一だと思っていたけど・」と頼もしい若手が育っていると褒めつつも、

「でも、過信は禁物だよ。君の稽古仲間の服部君も危うく人質にされそうだったと聞いているよ。最後は犯人の腕をへし折ったらしいけど」

「はい、気をつけます」と麻山は殊勝な面持ちで返事をした。

「じゃあ、牧野警部、しばらくは麻山君と二人での捜査が中心となりますが、よろしくお願いします。何か必要になればすぐに捜査員を増やしますので」と山本の言葉で全員が部屋を後にした。


 そして、早速翌日から牧野と麻山の二人はまず高崎のナイトクラブを訪れた。事件の後、数日間は休業していたようだった。それ自体が怪しいのだが今は営業を再開しており、二人は少し店の周りを観察した後、店のドアを開けて中に入った。入り口で数秒待つと奥からすぐにママらしい女性が現れて、挨拶してきた。

「いらっしゃいませ。初めてかしら?」と中満国系の女性ではあるが、ほとんど日本人と変わらない流暢な発音だった。 見た目は両外側にスリットのあるチャイナドレスを身にまとい、モデルのような体型の美人だった。

「ああ、以前知り合いが来ていてね。彼らから紹介されてきた」と牧野が屈託なく話すと、ママは彼の顔を見て牧野の兄の顔を思い出したのか、綺麗な顔は少し引きひきつったようになり、

「あのう、そういう関係の方はお断りなんですけど」と精一杯の笑顔ではあったが、まずい連中が来たと理解しているようだった。牧野と麻山は構わず奥に進んだ。

「そう言わずにプライベートなんで、少しぐらい飲ませてよ」と言ってさっさとカウンターのあるバーエリアを過ぎて、踊りができるような広いエリアを通り越し、奥のボックス席が数コーナーあるところを客の様子を見ながら一番奥の席まで辿り着いた。客の中にリー・シュンユらしい男はおらず、後ろから不承不承ふしょうぶしょうと言った感じでついて来たママを振り返り、

「この席で少し飲ませてくれないか?女の子はつけずに、ママと少し話がしたい」と強引な感じで告げると、ママは腹を括ったように

「わかりました。すぐにご用意をしますので、他のお客様に迷惑をかけないようにお願いします」とまるで警察ではなくヤクザを相手にしているような言い草で、キッチンに戻って行った。麻山はトイレでも探すようにその後を少し追い、キッチンでママが何をしているのかを観察した。ママは一人の女性に何かを指示して、自分はスマホでどこかに連絡している様子だった。ママに指示された女性が奥の席に行くのに合わせて、麻山は牧野の待つボックス席に戻った。女性は何も聞かされていない様子で、愛想良くウイスキーの水割りのセットをテーブルの脇におき、おしぼりを二人に渡して、水割りを作り始めた。麻山は牧野にこっそりとママがどこかに連絡していた様子を耳元で告げ、牧野がうなづいた。

「いきなり殴り込みはないだろう。もしかしたら、リー・シュンユにかけているかもしれないので、後で調べる」女性がセットをし終わった頃に、ママが現れた。

「マリル・スーと申します。この店のオーナーです」とママは名刺を出し、席の端の方に座り、自己紹介をした。

「お二人は刑事さんですよね?」と聞かれ、牧野と麻山は警察手帳を彼女に見せた。

「牧野と麻山だ」とぶっきらぼうに名乗ると、

「事件のことは聞いている通りだ。知ってるよね?」とかなり単刀直入の質問をママに投げかけると、

「ええ、ニュースで聞いています」落ち着いた声で答えた。

「その後、リーさんはこの店に来たのか?」との牧野のさりげない質問に

「えっ、どなたですか?」とママはしらばっくれた。

「君がよく知っているリー・シュンユさ、君らの関係は調べてある」ママは表情ひとつ変えずに、

「そうなんですか?でも、ここには来るわけないと思っているのでしたら、私もそのように思ってますよ」牧野も麻山もこれは一筋縄でいく相手ではないことを直感した。

「私にも、その、嫌疑とか言うのはかかっているのですか?」とママは単刀直入に聞いてきた。

「いや、これからの協力次第では何もないかも知れないし、非協力的だと共謀罪に問われるかも知れない」と牧野は静かに話した。

「まあ、怖い。私は何もしていませんよ」と平然と牧野の脅しのような言葉を受け流した。麻山が口を挟んだ。

「さっきはどこに電話をしていたんですか?随分と焦っていたようだけど」

「あっ、そんなとこまで盗み見してたの? さすが刑事さん。でも、お店の大事なお客様に今は刑事が店にいるから来ないようにって、電話をしていただけですよ」とママは、女性がそんな不敵な笑いをできるのか、と思うような笑みを浮かべながらジョークを飛ばした。女性にしては低音で、綺麗な顔からは想像もつかない声だった。牧野も麻山も全くおかしくなく、少し強めの言い方で牧野は探りを入れた。

「ママ、この店でリー・シュンユがしていた事を知っていたのに、警察に知らないと言い張ると、共謀したことを隠しているとの嫌疑がかけられる可能性があるよ。法廷では偽証罪になることもある。何せ窃盗や拉致監禁や暴行での罪に問われている連中が皆ここに集まっていたし、失踪した若い外国籍の男達がここに呼び出された後に失踪し、死体で見つかった人もいるんだよ。共謀を疑われてもおかしくないよ」

「刑事さん、私、そんなことには関わっていませんよ!ただ、その人たちが勝手に私のお店で何か相談をしていただけです。お店の作りが相談するのに都合良かったのかも知れませんね」牧野はボックス席の上部にある通気口の位置が、隠しカメラを設置するのに良い位置だと思いさらに探りを入れた。

「ふーん、もし自分の無罪を主張するのなら何か証拠を出さないと、裁判官は納得しないな。たとえば、監視カメラの動画とか・・」牧野が通気口を見ながらその指摘をした瞬間、ママの表情に変化があった。明らかに動揺しているのがわかった。

「その動画とやらがあれば何か変わるのかしら?」とほんの少し甘えたようなニュアンスを加えながら駆け引きをしてきた。

「それは中身を見なければわからないけど、ママがただ場所を貸していただけなのか、共謀して犯罪に加担していたのかは区別がつくかも知れないね」 と牧野も少し優しげな口調に変えた。そして、キッパリと

「ママ、捜査令状を取って、出直ししてきても良いけど、どうする?」と牧野は詰め将棋の詰めをするように言い放った。ママは少し考える様子で、眉をひそめ下を向いたが、鼻で深呼吸をして顔を上げて、腹ギメしたような口調で言った。

「刑事さん、あなたたちがさっきからチラチラ見ているところに、私は密かにカメラを仕掛けているの。ここで暴力沙汰を起こされたら何かの証拠にしようと思って。でもよく分かったわね。データはPCと連携しているから、捜査に協力したことになるのなら、お見せしても良いわ。その代わり私が共犯なんかじゃない事は保証してくれますか?私、本当に犯罪になんか関わっていませんから」とママはついに決定的な証拠の提出を約束した。

「ママ、分かった。捜査に協力したことは俺が保証する。元々共犯とは思っていないので、そこは安心してくれ。殺人教唆を見て見ぬふりをしたぐらいでは起訴はできないしね。早速、動画を見せてくれるか?」

「過去のデータもPCにバックアップをとっているので、PCをここに持ってくるわ」とママは協力する姿勢のように見えたが、信用はできない。

「麻山、一緒に行ってくれ。ママ、彼はうちの警察署の中でも一番の武闘派なんで、余計なことはしないように」

「あら、そうなの。でも、余計なことなんかしないわ」と言い、ママはカウンターバーのある店の中央へ向かい、カウンターの横にあるドアを開け、麻山ともに入って行った。すぐにママはノートPCを抱えて麻山とドアの内側から出てきた。牧野は席で静かに待っていて、今後の捜査方針に思いを巡らせているようだった。そこにママと麻山が戻ってきた。席に着くとママがパスワードを打ってデスクトップを開いた。ウインドウズ11だった。動画のファイルのインデックスを見て、過去の日付の動画を幾つか順番にクリックして中身を確認してみた。なんと直近1年半分が保存されており、とてもすぐに確認できるレベルではないので、データを持ち帰るか、PCを借りるかする必要があった。中身の確認は複数の警官がしないとならないので、ママに

「このPCを借りることはできるか?」と牧野が尋ねると、

「これは個人情報ですから、持ち帰ることは勘弁してよ!」と強く主張するので、

「それなら動画データだけを外部メディアにダウンロードするけど良いか?」との要請には同意したので、牧野はあくまで任意の取調べなのでそれで良しとした。すぐに最寄りの警察署に連絡を取りUSBメモリーを数個持ってきてもらうことにした。十分ほど経って署から警官が持ってきたUSBメモリー数個に、データをダウンロードしてその日二人は店を後にしたが、帰り際にも店の様子をそれとなく伺ったがお客さんはまばらで、繁盛とは言えない状況だった。一つだけ気になったのは、店の若い女性の一人が彼らを見て、すぐに目を伏せたことだった。彼らを警察関係者だと思い、反応したように思えた。ママは他のお客の手前、なるべく早く帰ってもらいたくて彼らを店の外まで見送ったので、牧野は小声で

「今、こちらを見ていた若い女性はひょっとして、逮捕されたグエンかタン・ファンの知り合いかい?」

「刑事って本当に凄いわね。良く気づいたわね、驚いちゃう。彼女はグエンの彼女のようよ。可哀想に彼氏が逮捕されて、これからどうするつもりかしらね」

「そうか、可哀想に、彼女も不法滞在者かな。今度来たときに少し話しをさせてくれ」と牧野が言う意味をママは良く理解できない様子で、

「ええ、彼女を早速国外退去させるわけ!」と眉を潜めて牧野を睨んだ。牧野は冷静に、

「いや、その前に事情を聞きたい。出来れば手荒な事はしたくない」と先ほどまで違う優しげな目つきで言うので、ママは半信半疑ながら、麻山の顔を見ながら

「この刑事さん、変わっているわね?」と不思議な事を目にしたように言った。麻山もフッと軽く笑みを漏らし、

「ママ、この人は警部だよ。でも、少し変わっているかもね」と無駄口をたたいたので、牧野は視線を前方に向けて

「麻山、いくぞ」と告げて、何事もなかったかのように駅方向に向かって立ち去った。そして、麻山は少し店からはなれた頃合いで店を振り返ったが、何も怪しいことはなかったようで、

「誰も後をつけては来ないようですし、見張ってもいないようです」牧野は振り返りもせず、

「うん、残っている関係者はあの不敵なママだけかもな」二人はその日の仕事をこれで終えて家路についた。時計は八時に近くなっていて電車は空いていた。二人は高崎駅から吾妻線の『大前』方面最終の八時三十五分発に乗った。牧野は吾妻線の終点手前の最寄り駅の駅前の駐車場を借りていたが、今日は兄に迎えをお願いしていた。麻山は群馬元町の駅の近くにアパートを借りて住んでいた。牧野が駅に到着するのは十時十五分で、麻山は途中駅なので九時三十四分となるが、ローカル線ならではの雰囲気を味わいながら、空いた車内で世間話をしながら、さりげなく二人は車内の様子を観察していたが、乗客の中に怪しい人物はいないようだった。牧野はそれを確認してから、

「麻山、明日鑑識にUSBメモリー見てもらうが、中身の確認は我々も一緒にするよ。何せ量が多いから半端じゃない。」

「そうですね、良い証拠になるシーンが映っていると良いですね」

「ああ、でも俺はあのママは俺たちに無駄な時間を費やすことを狙っていないような気がするよ。それなりの意図があるから動画を提供することにしたんだろうな」

「あのスマホを没収することは難しいでしょうか?」

「まだ、この時点では難しいな。誰に電話していたのだろう。リー・シュンユではないのかもしれないな。奴は携帯番号もすぐに変えていそうだし・・」と話しながらローカル線特有の鉄道らしい振動を感じ、しばらくは時々町の明かりは見えたが、その後はほとんど暗闇の中を進むような感じだ。まるでサスペンス映画のワンシーンにでも採用されそうな、寂しい感じがあふれる車中だった。

 『群馬元町』で麻山が下車し、牧野は兄が迎えにきている『温泉口』で降りた。無論、アルコールを少量飲んでいたので、迎えに来てくれている兄が運転する車に乗り込んで家に向かった。車中で兄にかい摘んで話せるレベルの話をすると、

「ママには子供がいるんじゃないか?」と兄は指摘をした。牧野警部は

「ああ、なるほど。一蓮托生で有罪になると子供の面倒を見れないと言うことか!」と、その可能性もあると思った。


 翌日、牧野と麻山は鑑識のメンバー数名と動画のチェックを行い、リー・シュンユが数回にわたり、異なる若いメンバーとボックス席で話す動画を発見した。その時同席したのは、一度ソンが少しの時間同席していたが、ほとんどがリー・シュンユがメンバーとサシで話しをしていた。その中に、タン・ファンと死亡後に遺体で発見されたレ・ミンとの面談も含まれていた。そして、その面談の後に必ず例の殺し屋のリー・スンナムとシン・ユーが、リー・シュンユと面談すると言うパターンで、何と三回ではなく五回あり、タン・ファンの後にもその面談があったので、彼も狙われていた可能性があった。失踪したメンバーのうちレ・ミン以外の二人は実習生リストに登録があり、二人の殺し屋の犯行が疑われるが、被害者は三人ではなくもう一人がいる可能性が出てきた。この動画の確認に立ち会ったメンバーは、殺害された被害者への同情なのか、大きなため息と立件するべき対象が明確になったことの安心感の両方を感じた。いずれにしても捜査上は大きな収穫だった。さらに、AIによる読唇術のような鑑定も出来るというので、さっそく依頼し、山本課長に報告をした。

「そうか、重要な証拠になりますね。こちらもレ・ミン以外の二人の身元が分りました。二人とも元実習生ですね。酷い話しです・・。殺害場所と遺棄した場所をあの殺し屋二人から聴き出して下さい。すぐに現地捜索をさせます」 と山本課長は厳しい表情で牧野たちの前で話した。

「リー・シュンユに関する新しい情報は何かありましたか?」との牧野の質問には、山本は眉を顰め頸を振った。


 山本は犯人達への聴取を続けてきた刑事達からの多くの自供報告を受け、検察官に起訴内容を追加するように相談した。今回を含む大規模な銅線窃盗と監禁・誘拐そして殺人罪及び殺人教唆での起訴に向けて大きな成果があった。そして、逮捕した十四人全員の起訴が決定し、その後裁判が実施される予定であったが、主犯のリー・シュンユの行方は存在そのものが消滅したように不明であった。捜査一課のメンバーも他の事件や捜査にも時間を割く必要があり、まだ暑い夏の真っ盛りではあるが、牧野と麻山と山本を除けば少し熱が冷めたような雰囲気も漂っていた。しかし、この押収した動画を元に、二人の殺し屋とソンに関しては勾留延長が申請がされ承認された。そして、雲野の粘り強い聴取により、殺し屋二人からは死体を遺棄した場所に関する供述が聞き出せつつあり、失踪したとされていた残りの二人から三人の被害者の遺体の発見と、証拠の確定に全力を注ぐ事になり、勾留を延長して追加捜査が再開されていた。

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