現行犯逮捕
さて、牧野班とは別に捜査一課山本課長の下、牧野警部の同僚の小平警部と雲野警部補らが指揮する班が、銅線泥棒と相対し、見事に逮捕に至ったいきさつを説明するため、牧野警部が山本課長に犯人達のトラックが彼らのアジトを出発したことを連絡した時間に戻りたい。
深夜なのにじんわり暑さが残る夜十一時頃、長らく待機している車中の静寂の中、山本はいつも冷静な牧野にしては珍しく差し迫った雰囲気で連絡をもらった。
「課長!立った今、一味が二台のトラックに分乗して奴らのアジトを出て行きました。二台とも国道144号方向に向かいましたので、数分でそちらを通過すると思います。こちらはまだ奴らのアジトの明かりが点いているので、我々は暫く様子を見ます。予定通り、家の中に誰も居なくなるのを待ってから救出に向かいます」
「牧野警部、了解した。二台のトラックそれぞれを追跡できる態勢で臨む。そちらは二人の被害者の安全な救出を優先させて下さい」
「課長、了解しました。また、報告します」
捜査一課長の山本はすぐ脇で固唾をのんで待ち構えている警部や警部補に追跡準備を指示した。事前の打ち合せ通り彼らのメンバーは四班に分かれて、銅線泥棒に狙われ易いと特定した太陽光発電所候補への道の近道となる道への交差点と、少し遠回りになる国道への道の交差点付近で明かりを消して待機していた。総勢三十名ほどのメンバーがジッと息を潜めて待機していたのだ。予想では後二分ほどで目の前を通過する予定だった。そして、捜査一課主力二班が待ち構え、さらに先の国道の上下線にも予備の二班が控えていた。正に群馬県警の捜査一課と所轄警察署の総力をあげた体制である。これらを指揮する山本課長はキャリア採用のエリートで、県警本部内でも切れ者で知れ渡っており、いずれ本部長になる逸材と言われていた。その山本課長は昨年牧野警部が警部補時代に活躍した別荘管理事務所を舞台とした誘拐監禁事件の時には、既に捜査一課長をしており、今は牧野警部とは上司部下の関係であり、牧野警部の問題解決能力を高く評価していた。その後も事あるごとに重要問題は牧野警部に相談をするほどの信頼関係となっていた。また、麻山刑事とは道場で稽古をし合う中で、キャリア採用には珍しく、剣道も有段者で柔道の練習も欠かすことなく力を入れていた。その信頼する部下の兄と、昨年の大事件の解決に協力し、大いに貢献し表彰もされた民間人の丈一郎が監禁されているこの事件には大変ショックを受けていた。ただ、銅線泥棒の現行犯での逮捕の重要性も当然理解していた。これまでの捜査で主犯と思われている二人は、中満国系のリー・シュンユと、元暴力団組員のソンで、彼らの逮捕が最終ターゲットだと確信していた。そして、彼らはこの二台のトラックには乗車していないであろうと睨んでいた。トラックに分乗している実行犯はリーダー役を除くと闇バイトのような手段で集められており、犯行の度に集められていて、昨年の銅線泥棒の際も実行犯は大凡逮捕されたが主犯には逃げられたのだった。この主犯のリー・シュンユとソンは他の県域でも同様の事件を起こしており、他県域からも凶悪犯罪の首謀者と見なされている男で、捜査一課長としては何としてもこの二人を逮捕するのが自分の使命だと意気込んでいた。その為にもこの窃盗団を壊滅させるべく、現行犯での全員逮捕を目指していた。
山本課長からの警戒体制の指示直後、太子の家から数百メートルの所で、国道を通らずに長野方面へ抜ける道との交差点で待機していた班の前を、一台のトラックがかなりの速度で過ぎ去った。そして、それから二分ほど経過したときに、国道への直線道路の交差点で待機していた班の前を別の一台のトラックが通り過ぎた。そして、国道の上り方面、つまり高崎方面に待機している予備部隊の前を通過し、すぐに右折し町道を南に向かった。その連絡を受け、山本課長は
「よし、大きな泥棒ネズミが二匹、まんまと引っかかったぞ!」とにやりと笑い、それぞれのトラックを尾行するように各チームの責任者である警部補と刑事達に指示をした。トラックの向かった方向は、あらかじめリストアップしていた太陽光発電所が点在する地点への道順の途中である。予想が的中しているようだった。そして、手筈通り銅線泥棒を必ず現行犯で逮捕するように指示を徹底した。犯行に及ぶ前に犯人達に見つかると、苦労が水の泡になるからだ。その後山本課長も部下の刑事の運転する覆面パトカーで、国道側にある狙われる可能性の高い発電所方面に向かった。該当の発電所の近くまで来ると、A班のリーダーであるベテラン刑事から連絡が入った。
「こちら雲野です。課長、今A班はターゲット発電所NO5の手前と発電所を越えた所で車を降りて、四名ずつで歩いて発電所に向かっています。それぞれ後一分程度で現地待機予定場所に着きますが、課長達は発電所NO5の手前で降りて現地に向かってください」
「了解した。後二分で発電所の手前まで行けるので、そちらへ向かう。くれぐれもまだ、行動はするな」
「はい、了解です」そして、山本課長と刑事三名は先行の警察車両を確認し、すぐ後ろに置いて車を降りて現地に向かった。A班は発電所の百メートル位手前のキャベツ畑のそばの雑草の茂った所に待機していた。現着した山本は雲野に小声で声をかけ、
「雲野警部補、奴らの動きは確認出来ますか?」
「はい、トラックは発電所の集線装置らしい白いボックスの横に駐車しており、その傍でライトが時々光り数人が動き回るのが確認できます」
「よし、もっと近づくぞ。音を立てるな」と山本はそこに居るメンバーに指示をした。幸いその夜は月が明るく道を照らしていたので、刑事達はライトを使う必要がなかった。お陰で気づかれることなく、犯人達まで五十メートルほどの距離に近づくと、泥棒達の動きが良く見えた。明らかにケーブルを引きづっているのが見えた。
「課長、トラックに銅線を積み始めたら出ましょうか?」山本はほんの少し考えた後に、
「雲野警部補は三人でトラックを確保してください。他のみんなは俺が号令をかけたら、トラックのそば十メートルまで静かにに近づき、そこで一斉にライトを彼らに向けて逮捕にする。二人組で犯人一人を逮捕するぞ!相棒は分かっているな!」メンバーは小声で「はい」と返事をしたが、山本は犯人のうち一人がこちらチラチラを見ている様子を確認し、逃亡の危険性を感じて慌てて
「よし、行くぞ!」と自ら走り出した。あっと言う間に犯人達のすぐ前までたどり着いた。犯人達の一人がこちらを見て、
「やばい、警察だ」と叫ぶので、A班の刑事は口々に
「警察だ!動くな!」と大きな声で怒鳴ると、泥棒達は一斉にトラックに向かって走り出した。しかし、雲野がトラックに先回りしており、トラックの前で逃げようとする者をライトで照らし、警棒を構えて怒鳴った。
「もう逃げられないぞ!大人しくその場で手を上げて動くな!」逃げ出した犯人達は、トラックの前で右往左往し逃げ場を探したが、前後左右を警官に囲まれたことを知った。逃げる犯人達の中で後ろの方に居た外国人の一人が逃走を諦めて、二人の警官に挟まれ手錠を掛けられた。タン・ファンだった。そして、同様に二人の外国人らしい男たちが腕を捕まれたり、草の上で押さえつけられて逮捕された。ただ、一人の男は山本課長が後方で見守っている方へ走り、道路沿いに逃亡を図った。その場にいた警官たちは焦った。
「しまった、一人が課長のいる方に逃げたぞ。まずい」と声を出して追いかけたが、犯人の逃走は素早く山本のいる所より道路側に向かっていた。このままでは、道路沿いに逃げられると警官たちが思った瞬間に、犯人が逃げていく先に黒い影のように男が立ちはだかっていた。山本課長その人だった。日頃から鍛錬をしている山本は彼の逃げる方向に先回りして、突進してくる男を相撲の『すくい投げ』のように転がして、そのまま男の上に跨がった。男は懸命に山本から逃げようともがくが、追いついた応援の警官に押さえつけられ、手錠を填められて大人しくなった。二人の警官に挟まれて引きづられるように、太陽光発電所の薄暗い街灯の下の草むらで跪くように座らされた。タン・ファンを含め他の三人を拘束した雲野警部補が山本課長が格闘していたのを遠目に見ていたので心配して、 すぐ傍まで駆け寄り
「課長、大丈夫ですか?」と驚いて尋ねると、山本は少し息は上がっていたが、平然と答えた。
「はあ、はあ、大丈夫さ。これぐらい。それより、犯人の一人が発電所の奥に逃げたようだが、リーダー格のようだったが捕まえたか?」との問いに、別の警官が
「今、四人で追いかけています」
「そうか、捕まえた四人はトラックの荷台につないで逃げられないようにして、私と三人で見張るから、他のメンバーも応援に行け!」と指示を出した。その指示で、雲野警部補と二人の警官以外は、一斉に発電所の奥に向かって駆け出した。手錠と縄で荷台に拘束された四人の犯人達は、タン・ファンを含めて皆アジア系の外国人らしく、がっくりと首を項垂れていた。トラックの荷台には回収した銅線がぐるぐる巻きにしてあったり、二、三メートルの長さにカットされて無造作に乗せられていた。完全に物証を含めて現行犯での逮捕だ。雲野は犯人達に逃走の気持ちがないことを確認して、早速にトラックの荷台の様子と、太陽光パネルと周辺の様子をスマホで撮影していた。そして、トラックのメーカー、車種とナンバーを県警本部に問い合わせたが、ナンバーは偽造らしく持ち主は特定できないようだった。すぐに山本にその事を耳打ちすると、
「やはりな。主犯格を捉えないと、闇に紛れてしまうな」そうしているうちに、発電所の奥の方から数人の警官がライトを照らしながら意気揚々と戻ってきた。警官二人が手錠を掛けた犯人を山本課長の前に連れてきた。
「課長、フェンスを越えて逃げようとしている所を引きずり下ろして捕まえました」と中堅の警官が誇らしげに報告したので、
「おーし、そいつがリーダー格の一人だ。この現場の現行犯を全員逮捕したぞ。みんな、ご苦労様!」と山本課長は警官達の顔をみながら宣言した。
「今、本部に連絡するので、気を抜かずに拘束を続けろ」と行って、少し離れた位置に移動してあったパトカーに急ぎ足で行き、無線で本部に連絡している様子だった。そして、数分後に戻ってきて、 その時には別場所に待機していた所轄のパトカー二台が合流した。それを確認して山本は、
「我々は、このまま本部に犯人を連行する。犯人は一人ずつ車両に乗せる。私の車にはこのリーダー格を乗せるので、雲野警部補運転できますか?」と尋ねるような口調だが、雲野は山本の意図を理解して
「分かりました。配車は私が決めて宜しいですか?」
「ああ、お願いする」との承諾を受けて、雲野警部補は他の犯人達を一人ずつ四台の警察車両に乗せる指示をし、全員が無事乗せ終わるのを確認し、犯行に使ったトラックと発電所の現場確認は、鑑識が到着するまで、現状維持をすることとなるので、二人の警官をトラックの見張りに残して、山本の車に乗り込みパトライトを出し、運転をして走り出した。
本部までの護送時間は四十五分ほどの運転となる予定だが、途中、山本は助手席に座り、後部座席には二人の警官が両脇から犯人を挟み込むような態勢だったので、何も出来ないだろう。犯人は年齢は四十歳から五十歳ぐらいで、浅黒い皮膚で、髪は黒く、短くカットされていた。特徴的なのは目が大きく、知的な色を奥に宿している感じだった。彼に優しい感じで山本は会話を始めた。尋問というより、会話だった。
「名前は?」犯人は少し躊躇ったが、 小さな声で
「チェンです」と本名かどうかは分からないが、多分本当らしい感じで答えた。
「もう、日本には長いの?」
「はい、二十年以上」
「そう、長く居るのだね。どんな仕事をしていたの?」この質問には流石に言葉をとぎらせたが、やはり素直に
「・・最初は農業。その後は何でもやった。最後は夜のお店」
「そうか、元実習生か。出身は?」
「それは言えない」
「夜の仕事はどのぐらいやったの?」
「五年ぐらい」
「今の仕事はいつから?」 チェンはこれには少し考えてから
「・・それも言えない」
「そうか、あとでゆっくり聞くよ。他のメンバーは君の知り合いか?」
「いや、知らない人たち」
「君が集めたんじゃないの?」 との質問には大きく首を振って
「違う!俺じゃない」
「じゃあ、誰が集めたの?」チェンはこの質問にも少し考えてから
「・・それは言えない」 山本はこれはきっと落とせるとの感触を持ったが、
「そうか、それを言ったらどうなるの?」
「多分、殺される」とチェンは恐ろしいことをさらりと言ったので、運転している雲野がその言葉にピクッと反応した様子だった。
「中満国人は怖いからね・・」と山本が誘い水を出した。チェンは少し気を許したのか、つい
「ああ」と言ってから、少し口を開けて「しまった」という表情をした。つまり、肯定しているような相づちだと彼も気づいたようだった。
「殺しなんて、物騒だね。君も関わっているの?」
「それはない!」と強く即答した。
「危ない事専門の中満国人の事は知っているの?」
「それは言えない」とチェンは答えた。それは言えないは「その通り」と言っているのに等しいようだ。山本は幾つか事実に関するヒントを得たようだ。
そんな聞き取りのような会話をするうちに、本部まで数分の所まで来たので、山本課長は無線で本部に
「本部、本部。こちら捜査一課山本です。本部まで、数分の所まで来ましたので、受け入れをお願いします」
「山本課長、了解しました」と返事が来た。チェンは今まで自分と話していた男が捜査一課長だと知ったが、あまりその意味が理解できていない様子だった。つまり、裏で画策している主犯格ではないという事だろう。その後は山本は質問を止め、皆が押し黙ったまま、暗闇がまだ支配する中、住宅地が密集する地域を走り、ビルが建ち並ぶ町の中心地にある県警本部に近づいていった。山本は他のチームの状況が気になっていたが、犯人をのせた車両に乗っていたので本部に着いてから確認することにした。今回の作戦の実行責任者は山本課長であり、犯罪グループの一斉摘発を狙ったもので、彼にとっても警察官になってから最大の作戦であったのだ。そして、程なくして本部に到着した。まだ周りは暗闇に包まれている中、そこだけは煌々とした明かりが点いていて、拘置所につながっている駐車場に、山本の車両を含め犯人を乗せたパトカーと、途中で合流した護衛を含めた六台の車両が騒々しく到着した。そして停車し、すぐに待機していた警官達に囲まれた。山本を先頭に、A班と応援のメンバーが颯爽とした感じで下車し、そのまま拘置所に向かった。山本は一人、出迎えた中にいる刑事部長と刑事部次長に向かって歩き、丁寧に会釈をした。二人は笑顔で山本を迎えた。
「山本課長、ご苦労様!A班は現行犯五人を全員逮捕だね。良くやった」山本は軽く敬礼をした後、一刻もはやく知りたい様子ですぐに尋ねた。
「犯人のリーダー格を乗せていたので車中からは連絡できませんでしたが、B班は状況はどうですか?」
「B班もトラックに乗っていた全員の五人を現行犯逮捕したが、別行動で現着したリーダー格の男が車で逃走し、まだ逮捕出来ていない」
「そうですか!畜生!逃げられたか!ああ、すいません乱暴な言い方をして」
「いや、いや、君の気持ちは分かるよ。ただ、緊急で県内と栃木県警と長野県警にもお願いして、捜査線を張っているので捕まると思う」
「そうですか、分かりました。ただ、そのリーダー格もあくまで首謀者ではないと思います。主犯は中満国系の男だと思います」
「君はそう読んでいるらしいな。まあ、とにかく中で話を聞くよ。少し、休憩したら部長室に来てくれ」
「はい、分かりました。ところで、B班はもう戻っているんですよね。」
「ああ、少し前に戻ったよ。ところで牧野警部とは話が出来ているのか?」
「はい、無事お兄さんと肥後さんを救出し、見張り役の犯人を逮捕出来たことは知っています」
「牧野警部はその後、別行動を取っている連中が人質を引き取りに来るはずだと言って、現地で網を張ってる」
「はい、聞いています。まだ、別行動の連中は現地に来ていないのですね。奴らは人質をそこでどうにかするか、あるいはどこかに移動させようとしているようです。そいつらは主犯につながる連中だと思います」そして「牧野さん、そいつらを何とか捕まえてくれ!」と少し興奮気味に独り言の後、大事な事を思い出した様子で、
「あっ、牧野さん達はどんな体制ですか?」と慌てて尋ねた。
「牧野警部と麻山の二人だ」刑事部長は即答し、
「えっ、まだたった二人ですか?」 山本課長は予期せぬ体制に驚いた。
「ああ、牧野警部の希望だ」と少し遠慮気味に刑事部長は答えた。
「なるほど。一番信頼できる部下と二人の方がやりやすいと言う事か。犯人に気づかれにくいし、一課のメンバーが出払っているからか・・」
「ああ、でも安心してくれ。二課の大塚警部に近くで待機してもらっているから。何かあればすぐに応援に向かえる」
「そうですか、二課に援助を要請してくれたのですね、助かります」と山本課長は全体の様子を確認し、やっと自分の部下の待つ捜査一課の居室に向かった。警察署内は捜査一課・二課の居るフロアーだけは昼間のように蛍光灯が点いていた。山本は途中で休憩室に立ち寄り、自販機で買ったコーヒーをグビリと飲むと、居室に入り、まずはB班のリーダーの小平警部のデスクに真っ直ぐ向い、慌てて立ち上がった警部の肩を軽くたたきながら、
「小平警部、お疲れ様!皆、怪我はなかったですか?」と近くのメンバーを振り返り、一人一人の顔を見ながら、捜査一課のメンバーに声を掛けていった。
「お疲れ様。良く犯人を逮捕してくれた。怪我はないか?」と、相変わらずのキャリアらしからぬ気配りに、課員は一同に却って遠慮気味にしていたが、皆一応に嬉しそうな顔をしていた。徹夜明けの早朝四時を過ぎたばかりで疲労困憊のはずだが、この捜査一課は他の県域に比べても、課長の人柄もあり大変チームワークが良さそうな雰囲気で、
「課長、おめでとうございます」と言うメンバーさえいたほどだ。その少し早合点のコメントに、
「まだ、牧野警部が戻っていないし、これから逮捕者に色々と自白をさせないとな」と柔和な顔ながら、山本の緊張感を緩めていない様子が見て取れた。その頃、食堂でも雲野警部補が、自動販売機で買った好物のリンゴジュースを飲みながら、皆に聞こえる声で、
「今朝は葬式と結婚式と卒業式が同時にあるような感じだな。笑って良いのか、悲しんでいいのか、喜んで良いのか、よく分からんな!」と大きな声でしゃべり、周りの反応を伺うと、くすくすと笑っている刑事もいたが、同感だと思っている者もいるし、人それぞれの反応だった。そして、
「よし、全員に吐かせるぞ!」と言って、肩を揺するようにして取調室に向かって行った。雲野警部補は取調室に向かう途中で小平警部とすれ違った。雲野は小平に、
「小平さん、お疲れ様!」と大きな声を掛けた。小平警部はほっとするような表情で、
「おお、雲野ちゃん。そちらこそお疲れ様!」二人は長年同じ県警本部で同じ釜の飯を食った仲間で、牧野警部とも懇意にしていた。
「牧野は兄さんとあの名探偵さんを無事救い出したそうだね」小平が嬉しそうに言うと、
「ああ、聞いてる。良かったよ、本当に!でも、牧野はまだ現場らしいな?」と雲野が言い、
「ああ、あいつのことだからまた何か掴んだのだろうな」と小平が答えると、
「これから、逮捕した奴らへの取り調べだ。もう一踏ん張りするよ」
「ああ、俺もこの後取り調べだ」と言いながら、二人は違う部屋に向かって歩いていった。
逮捕した容疑者への取り調べに与えられた時間は四十八時間と短い。その間に検察に送致しなければならないため、逮捕後すぐに開始される。一日八時間以内、原則として午前五時から午後十時までの間に行われる。犯人にすでに明白となった事実を元に、効率良く動機や経緯や関与度合いや関係事項をなるべく多く聞き出し、有罪と出来るような裏付けをもって検察に送致する。それが出来ないと、これまでの苦労や危険を冒して逮捕したことが水の泡となりかねないので、刑事にとってはこれからの時間が勝負だった。でも、雲野警部補の取り調べは独特だった。被疑者達にあるときはまるで父親のように接するし、兄や友人のように接する事もあった。相手の心を解きほぐし、事実をしゃべらせるテクニックは県警本部随一と言われていた。そのスキルを今回も遺憾なく発揮した。
彼はリーダー格の男の聴取は山本課長が車中である程度していたので、現時点でそれ以上の事を聞き出すのは難しいと判断し後に回し、ある程度言い逃れが出来ない状況にしてから実施するため、まずは一番崩せそうなタン・ファンから取り調べを始めた。タン・ファンの情報は事前にある程度入手済みであり、二年前まで北浅間村のキャベツ農家で技能実習生として働いて、契約満了に伴い母国に帰国する予定だったが、知り合いの同国人に誘われて高崎に住んで仕事をしていた。主な仕事はナイトクラブのバーカウンターでのバーテンの仕事で、去年の秋に仕事に似つかわしくない高級マンションに引っ越した。女性関係も派手でよく違う女性が出入りしていたという。北浅間村時代に世話をしていた農家の主人の話では、実習生の中でもリーダー的な存在で後輩にも慕われていたが、少し交友関係は派手な方で、怪しい感じの男とも良く会っていたので、注意したこともあるそうだ。同郷の後輩のグエン・バンも別の農家で働いていたが、契約満了し帰国前にタン・ファンを慕って彼の元に立ち寄り、そのままタン・ファンと同じ店で働くようになったようだ。グエンを雇っていた農家の大岩も、グエンは真面目で明るくて、とても良い実習生だったと言い、背が高くハンサムだったので女性からも人気があったそうだ。雲野はそのような情報を元にタン・ファンからの聞き取りを始めた。
「タン・ファン。色々大変だったね。聞けば、北浅間村では君はとても評判が良かったみたいだね。」タン・ファンはこの問いかけには答えず、前で結ばれた手錠を見ながら首をさらに項垂れた。雲野は続けた。
「グエンも逮捕されたよ」これには顔を少し上げて、雲野の顔を見た。
「君らは母国にいる時も知り合いだったようだね」
「はい、同じ村です」 と静かに答えた。
「そうかそんなに近くに住んでいたんだ。小さい頃から知り合いなの?」
「はい、すぐ近くに住んでいて、彼の事はよく知っています」
「そうか、それは残念だったね。君たち二人とも捕まってしまって」
「いいえ、これで良かったんです」 と予期せぬことをタン・ファンは言い出した。
「えっ、それはどういう事?」 と雲野が聞き返すと、
「グエンは余り何も知らないんです。ボスが誰かも」
「君は知っているの?」
「はい、知ってます」
「ボスは何という名前?」
「リー・シュンユです。発音には自信がありませんけど」
「そうか。君はどうして知っているの?」
「僕は何度も逃げようとしたんです。でもそのたびに捕まって逃げられなかったです。その時ボスに会いました」
「誰に捕まったの?」
「リーさんの部下のソンさんです」 雲野は良い情報が聞き出せると確信した。
「ソンはまだ捕まっていないよ」
「ええ、彼はいつも別の車で別行動ですから」 雲野はやはりそうかと思いつつ、ボスとの関係とボスが彼らをどう支配しているのかを探るために、
「逃げようとして捕まった時にボスとは何か話しをしたの?」
「はい、しました。忘れてしまいたいような事です」
「ボスはなんて言ったの?」
「逃げれば殺すと言われました」
「その時、ソンも一緒?」
「はい」 雲野は、「よし、これは核心に迫るような話だぞ」と思いながら、声の調子を変えないようにして、聞き取りを続けた。
「どこでそう言われたの?」
「高崎のナイトクラブです。でも、こんな事を言ったら僕は本当に殺されます」
「タン・ファン。安心しな。警察が君を守るから」
「警察がですか?」
「ああ、そうだよ。警察が一番逮捕したいのは、君らのボスのリー・シュンユだよ」柔和な顔つきで雲野が言うのを聞いて、タン・ファンは少しほっとした様子だった。
「君と一緒に捕まったチェンも怖いの?」
「いいえ、チェンさんは怖くないです」
「でも、彼は現場でのリーダーなんでしょう?」
「はい、そうです。でも、チェンさんは僕たちと一緒で、無理やりこの仕事をさせられています」
「じゃあ、まだ逃走しているソンとは違うんだ」
「はい、リーさんとソンさんが一番偉いです。そして、怖い”殺し屋”を雇っています」雲野は少しギクッとした。まだ、主犯格の連中には多くの余罪があると調査されていたが、殺しもやっていそうだとある程度想像はしていたが、少し驚いた事を隠さずに
「殺し屋?」とこれまでと違う緊張した声を出した。
「はい、そうです。僕たちの仲間が何人か行方不明になっています。きっと殺し屋に殺されたんだと思います」
「本当かいそれは?」
「はい、ニュースになっていませんが、何人かが居なくなったのは確かです」
「そうか、分かった。少し、待っていてくれるかい」と言って、一旦取調室を出て近くで待機している刑事の一人に、タン・ファンに飲み物を持っていてくれと依頼し、山本課長に事の経緯と殺し屋の件を話した。山本課長は半ば想定内の様子で、
「そうか、やっぱり殺しにも絡んでいたな!リー・シュンユめ! 尾行しているメンバーから高崎市内で奴を見失ったと、報告が入った」
「そうですか!残念。こうなったらリーの共犯のソンを何としても捕まえて、リーの犯罪を全部聴き出して、リーを全国指名手配ですね」
「でも、さすが雲野さんですね。逮捕したメンバーからの密告を得られたのは大きいな。牧野さんがその殺し屋を捕まえてくれれば、リーにつながるはずだ。とにかく、現行犯達の罪状を固めてください。お疲れでしょうが、継続してお願いします」
「はい、分かりました。バリバリとやります」
雲野警部補と小平警部の他三人の刑事が取調室で順調に取り調べを行っている頃、ついに牧野警部と一緒に犯人のアジトに残っていた麻山から、怪しい二人を現行犯逮捕したとの報告が山本課長にあった。
「課長、麻山です。怪しい二人組を銃刀法違反と公務執行妨害で現行犯逮捕しましたので、応援をお願いします。例の犯人のアジトの倉庫の中です」
「そうか、本当に現れたか。すぐに応援が向かう。既に近くで待機しているので数分で着くだろう」と山本は対応した。
捜査二課の大塚警部が到着後、犯人の確実な拘束後に牧野からもう少し詳しい報告があった。
「こちら牧野です。課長、犯人達のアジトに現れた拳銃と狩猟用のナイフを持った、中満国人らしい二人組を逮捕しました。一人は私の静止指示にもかかわらず着衣の内側から拳銃を取り出そうとしましたが、銃は抜かせませんでした。もう一人は逮捕しようとした麻山刑事に対して暴行をしようとしましたが、取り押さえました。二人は銃刀法違反と公務執行妨害の現行犯です。私も麻山も無事です。ただ、一人が静止命令を聞かずに動いたので、威嚇発砲を行いました」山本は二人の殺し屋の逮捕の報告に、周りに課員がいることを意識したのか、していないのかは不明だが大きな声で
「そうか!よし、やった!二人とも無事ですね、良かった!二人で行かせたのを心配していたのです。すぐに戻ってきてください。発砲の件は後で詳しく聞きますが、犯人も怪我していないのなら、正当な利用でしょう」と大声を出してしまい、周りの刑事達も牧野からの朗報と受取り、皆が笑顔になった。その事は取り調べの合間に、雲野と小平と他の刑事にも伝わり、全員がさらに張り切って事情徴収を続ける事となった。
そして、現行犯達からの事情聴取は順調に進んだ。 何人かは逮捕されたことにホッとしている様子で、リーダー格の三人や首謀者とは直接の関係はなく、計画毎に集められた事と首謀者のリー・シュンユやソンの事を恐れていることでは共通の供述が得られた。
しかし、朝から昼にかけての二人の追加逮捕された中満国人の事情聴取は困難を極めた。何せ、武器の不法所持と公務執行妨害だけでの立件では不十分で、主犯との共謀を含めた余罪を洗い出したかったのだが、口が堅く何も聞き出せない状況が続いた。余罪の可能性はいくつかあったが、どれも暴行程度で起訴するには不十分だった。そんな時、重要な手がかりとなる有望な情報を、雲野がタン・ファンから聴き出し、警察各本部に情報協力を求めた。そして、タン・ファンの行方不明になっている知り合いらしい白骨遺体が、群馬県の県境の新潟県の山の中で発見されていたことが判明した。タン・ファンの供述では、三年前に一緒に北浅間村で働いていた仲間との連絡が昨年から取れなくなり心配していたが、彼もタン・ファンと同じで技能実習生としての契約満了後にSNSを通じて知ったバイトをしていたそうだ。彼の名はレ・ミン。レ・ミンはそのバイトについて『とても危ない仕事』で早く辞めたいが、それを同国人の世話役に懇願すると、すぐにボスのような存在の中満国人に脅されたそうで、彼は怯えて警察に相談すると喚くと、
「分かった、明日、別の仕事を紹介してやるからアパートの部屋に居ろ!」と言われ、アパートに戻りすぐにタン・ファンに電話をしてこれからの事を相談し、次の日の朝となった。彼のアパートの外に見知らぬ男が彷徨いていたので、タン・ファンにショートメールで連絡してきた。タン・ファンは心配してすぐに彼のアパートを訪れたが、レ・ミンは外出したようで、鍵のかかったドアをたたいても反応がなかったそうだ。その後、彼の携帯に何度電話をしてもつながらず、きっとどこかに連れ去られたと思ったようだ。
彼の予想は当たっていたのだ。群馬県警からの情報協力要請にすぐに反応があり、新潟県警から群馬県警捜査一課へ連絡があり、県境で発見された遺体とタン・ファンの言う彼の身体的な特徴と年齢等が一致しているとの事だった。そして不思議なことにこの遺体の頭蓋骨には、めり込んだ銃弾が発見されていた。これはとても珍しいケースで銃弾が頭蓋骨の中を半周し、その中に残ったようで、すぐに取り出され銃弾の製造元やライフルマークが警察のデータベースに登録されていた。
その情報は二人の中満国人の犯罪解明にとって大変な朗報で、牧野が逮捕した中満国人が所持していた銃の弾痕との一致を調べると、何と完全に一致したのだ。二人の拘留期限は残り数時間程度となっていたが、遂に殺人容疑での立件を目指せる要素が整った。そこで、県警本部に戻ってきた牧野警部と落としの名人雲野警部補がタッグを組んで聴取を始めた。
銃を所持していた男の名はリー・スンナムで、群馬県北の温泉街で、中満国人が経営する土産物屋で配送の仕事をしているそうだ。在留資格はなぜか所持しており、十年以上国内で働いているが出身地や家族の有無は不明だった。その土産物屋を経営しているのはリー・シュンユの親戚で、リー・スンナムはほとんど店に出ることはなく、時々SUVで配送に出かける姿を見かけるぐらいだそうだ。その程度の事前情報だったが、二人のベテランタッグは冷静に進め方を相談し、落とせる自信を持っていた。二人が取調室に入ると、先に入っていたリー・スンナムは面倒くさそうに顔を上げた。 二人はリー・スンナムの反対側にゆっくりと座って、彼を見つめた。
「リー・スンナム。新潟県に行くことはあるのかい?」と雲野が切り出した。リー・スンナムは無表情だった。
「大変な者が見つかったよ。白骨死体だ」と続けるが、やはり彼は無表情だった。
「その死体から銃弾が見つかってね。珍しいよな、頭蓋骨に銃弾が残っているなんて」これには彼の目にほんの少し動きがあった。
「死者が犯人の証拠を残してくれたんだよ。どうしても犯人を捕まえてくれと言ってるんだよ」
「ナニガ、イイタイ?」と彼は反応した。
「お前が所持していた拳銃とライフルマークが一致したよ。お前が撃ったという証拠さ」これに彼は目を自信なさげに左右に動かし、何かを言おうとしたが黙ったままだった。
「その男は行方不明になっていて、元はお前等の仲間だった男だ。名前はレ・ミン、知っているよな?」彼はやはり黙っていた。この時、初めて牧野が口を開いた。
「殺された男はお前達のボスのリー・シュンユに脅されていて、拉致された上にお前の銃で殺され、新潟県の山の中に捨てられた。証拠は十分なんだよ。お前が何も言わないと、お前だけが殺人犯として起訴され、おそらく重刑になるだろう」リー・スンナムは自分の状況を理解したようだった。
「ナニヲ、イエバイイ?(何を言えば良い)」と自白をほのめかした。
「誰に何を指示をされた?」と牧野の問いに、
「ボスニ、ヤツヲサラッテ、ヤマノナカデ、コロセ、トイワレタ(ボスに奴をさらって、山の中で殺せと言われた)」と抑揚のない声で答えた。
「一人でやったのか?」
「イヤ、オレタチハ、ヒトリデハ、ヤラナイ(いや、俺たちは一人ではやらない)」全く抑揚がない。
「その時もあいつと一緒か?」
「ソウダ」
「あいつとお前はどういう関係なんだ?」
「シン・ユーのことか?」
「アイツハ、オトウトノヨウナモノダ(弟のようなものだ)」
「そうかどのようにして拉致して殺したのかを詳しく聞かせてもらうよ」リー・スンナムは観念したように、事の経緯を白状した。ただ、彼の態度は常に無表情で、感情など全くないようだった。牧野も雲野もこの殺し屋には感情がないのだと思い、背筋が凍るような嫌な気分を味わいながら多くを聞き出した。落としの雲野警部補がリー・スンナムから殺害場所と遺棄した場所を聴き出すことが出来た。一番肝心のリー・シュンユの関わりについては、一方的な指示を受けて、報酬を受け取ることしか分からずにいた。
雲野が聞き出した情報をもとに、各県警に情報提供を要請していたが、元々この事件とは別に一昨年、ある温泉地を訪れた観光客の不審な車の目撃情報をもとに、群馬県と新潟県の県境にある温泉地の山奥で、現地警察による大がかりな体制での捜索が行われていた。その結果、身元不明の遺体と衣類と変わった木彫り細工が施された凶器のナイフが発見されていた。それぞれ、DNA鑑定に回されたが、凶器のナイフに指紋はついておらず被害者の血痕だけだったようだ。被害者と犯人につながる情報がなく、迷宮入りしそうな状況だった。
しかし、今日になって群馬県警から被害者と思われる男性の情報と、犯人の可能性がある二人の情報が飛び込んできたので、迷宮入りしそうだと諦めかけていた現地警察が色めきだった。急いでシン・ユーが居住していたと思われる住居を家宅捜索したところ、シン・ユーが住んでいたアパートからは、近所の空手道場の稽古着と数は少ないが持ち物が見つかり、白骨死体と一緒に見つかったナイフと同じような木彫り細工のナイフが見つかった。その木彫り細工は日本ではあまり見ないデザインで、どうやら中満国製のようだった。
二時間ほどの聴取でリー・スンナムの関わった事の概要は把握できたので、もう一人の中満国人系の大柄な男シン・ユーの聴取に移った。彼に関する少ない情報はすでに得ていた。この男の名前は星宇と名乗っているが、やはり新潟と群馬の県境にある有名な温泉地の出身だそうだが、住民登録や戸籍はなく、本当の名前や出身地は不明だが、県内でのいくつかの暴行事件で起訴されていて、有罪判決を受け服役した前科があった。二年ほど前に出所し温泉地の飲み屋などで、用心棒的な仕事をしていたようだが、最近はリー・スンナムと組んでリー・シュンユの怪しい仕事で生計を立ててるような男だった。彼への聴取も牧野と雲野で実施したが、リー・スンナムのように自ら話すことはなく、黙秘を続けるばかりだった。辛抱強く聞き出すと、何か余計なことを喋るとリー・スンナムかリー・シュンユに怒られると思っているらしく、黙秘に近い状態だった。
白骨死体が見つかった温泉地の所轄警察からの情報に呼応して、早速、雲野が尋問中のシン・ユーに家宅捜索で押収したナイフの写真を見せたところ、彼はこれまで見せたことのない残忍そうで気味の悪い笑顔で、写真をじっと見つめた。それでも、この写真に反応し、不気味な感情さえも表したのだ。
「それはお前の物か?とても珍しい良い木彫り細工だな」と雲野が褒めると、彼は
「そうだろう。あんたにも分るか?」と逆に尋ねてきた。雲野が
「ああ、分るよ。大事な物なんじゃないか?」と尋ねると、シン・ユーは素直に
「ああ、どれも爺さんの手作りさ。譲ってもらったもので、このナイフは熊や猪や狐を捌く時に使うんだ」と話し出した。続けて雲野は麻山が今回押収したナイフの写真と、死体と一緒に見つかったナイフの写真をさりげなく見せながら「この二つの写真のナイフもお前のものか?」と聞くと、
「ああ、二つとも俺の物さ。どこで見つけた?」と急に心配になったようで聞くので、雲野は当たり前のように
「一つはお前から昨日押収した物で、もう一つはとある場所からだ」と答えると、
「ふん、勝手に入りやがって」とその場所は自分の部屋だと思ったらしく、雲野を睨みつけてきた。雲野は構わずにシン・ユーに
「この写真のナイフはどこで見つかったと思う?」質問した。
「あれ、どこで失くしたんだっけ・・」と本当に思い出す様子だったので、雲野はこの男は少し抜けたところがあると思い、
「新潟の山の中さ」と雲野は普通の会話のように話すと、この少し間抜けな男は
「ああそうだったか、知っているのなら聞くなよ」とあっけなく白状した。さらに
「そこにはリー・スンナムと一緒に行ったそうだな?」
「ああ、そうさ。そうか、あの時に落としたんだ。本当はあのナイフは使いたくないんだ。でも、良く切れるし気持ち良いんだぜ」と自らの犯罪を再度白状している事に気づかない様子だった。この変質的な殺人者の興味は自分の大事な宝物に注がれ、殺人には快感を覚えるだけで、殺された被害者の痛みや人生を突然終わらせられたことには全く興味がないのだ。自らの犯罪を自供することになったとしても、彼にとってはどうでもいい事のようだ。牧野は雲野の巧みな尋問に関心しつつも、「シン・ユーのような男は、はるか昔の戦国時代では普通の神経なのかもしれないが、現代においては野放しにしておくべきない」と確信していた。




