銅線泥棒
時は少し以前に戻るが、丈一郎は今年も昨年同様に四月には北浅間村を訪れていた。雪は除雪のため積み上げられて、汚れて見える土を含んだ部分を除いて溶け出して、地面やアスファルトには透明に近い水が流れていた。その日、現地に十一時頃着いたが、もはや水道管も凍り付いておらず、水抜き状態からの復旧は珍しく順調に行えた。前回は作業が終わるまでにトラブルが発生し、必要備品の購入と取り替え作業を含み、三時間以上かかったのに比べて大きな改善だった。途中のコンビニで買ったおにぎりを食べ終わって、時計を見ると十二時を少し越えた頃で、いつものように別荘地内を散歩に出かけた。温度は十八度まで上昇しており、気持ちが良かったので別荘地の区画を出て、三つの百名山がよく見えるキャベツ畑が広がる平野部に足を伸ばした。既にキャベツ畑にはトラクターが入り、綺麗に整地が進んでいる畑もあったが、キャベツの苗はまだ植えられていなかった。頂上にまだ雪が残る三名山に囲まれて、深呼吸をしながら気持ちよく何枚か写真を撮った。写真が上手く撮れたことに満足して、自分の別荘に戻る途中で、同じ別荘地に住む散歩仲間の落合さんに遭遇した。
「ちょっとちょっと、肥後さん、こっちに来てこれ見てみてよ!」と手招きされた。それは、太陽光発電設備が縦横百メートル以上は広がる所で、彼女が指さすのはその設備の別荘地寄りの集線装置の部分だった。
「これって、銅線泥棒の仕業よね?」
「ええっ、またですか?」彼女が指さす部分の銅線は切断されており、周辺にコンクリートで固めた四、五十センチ四方の銅線を束ねた残骸も転がっていた。
「これは間違いないですね。管理会社か警察に連絡しますか?」と丈一郎は彼女に相談した。
「ええ、そうしましょう。でも、ここは去年もやられたので対策を打ったはずだけど、かわいそうにまた狙われたのね」と気の毒そうに言い、さらに
「昨日のお昼過ぎ頃にはここを通って、会合に出かけて、夜遅くなって帰ったときに車とすれ違ったのよ。その時はさほど気にして無かったけど、こんな夜に珍しいな」とは感じたそうだ。雪解けの時期に感電の心配の無い夜間を狙われたようだ。丈一郎は彼女の目の前で、発電設備の看板に記載されている管理会社に電話を掛けた。すると、既に状況は把握しているようで、
「ご通報を有り難うございます。こちらでも異常は発見しています。その設備の所有者の方から警察に連絡がいってますので、警察への通報はご不要です」とのことだった。
翌日に丈一郎が散歩がてら現地を見に行くと、警察官の現地調査が行われており、被害にあった設備の所有者の人もいたので立ち話で聞いたところでは、昨日の夜中の二時頃に犯行が行われたようで、
「地中に埋めた銅線をコンクリートで固めた集線部分を含めて引っこ抜かれたんですよ」
「ええっ、そうなんですか!」と丈一郎は犯罪者のエスカレート振りに驚き、「災難でしたね」と同情を示した。
「去年もやられたので、銅線を地中に埋める工事をしたのにこれではね」と所有者はかなり落胆している様子だった。
ネット上でのこのような銅線泥棒の犯罪者側の珍しい告白記事によると、犯行の流れとしてはまずGoogleマップ等でターゲットを決め、現地での事前調査で警備システムや人通りや管理状態を調べ、ケーブルを盗みやすいかどうかをチェックした上で犯行に及ぶそうだ。
そもそも別荘地の北西側を囲むように数カ所ある『太陽光発電設備』は、たびたび銅線泥棒に狙われており、大凡が厳重な柵で覆われ監視カメラもついているのに、泥棒は隙を見て巧みな方法で盗んでいくのだ。そもそも銅線泥棒が頻発しだしたのは一昨年からで、世界的な銅線価格の高騰が影響し、外国人グループの窃盗団が犯罪を繰り返している。発生件数の多い群馬県警が昨年、あるカンボジア人グループによる犯行と特定した100件以上の窃盗事件を地検に送致し、その被害総額は3億円を超えていたという。これらの窃盗団は銅線を金属スクラップ買取業者のところに持って行って現金化している。一般的には、金属の買受を行う際に必要となる「古物商」や「金属屑商」の許認可を取得するハードルは比較的に低く、基本的には誰でも取得できる。都道府県によっては他の条例がある場合もあるようだが、スクラップ業者に銅線などを持っていき、買取を依頼する際には本来は身分証明書などの提示が必要だが、実際には提示を求められない場合もあるといわれている。このような緩い法令も事件頻発の要因でもあるようだ。
そもそも、銅線は電気伝導率が高く、加工しやすく安価に入手しやすいが、1994年の花岡鉱山(秋田県)の閉山を最後に日本の全ての銅山が閉山したため、近年では米国や中国、チリ、ペルー、オーストラリアなどの銅山から採掘したものを輸入している。つまり、限りある資源なので、できる限りリサイクルをすることが大切なのだが、銅の価格が高騰していることにより、外国人も転売目的で盗む事に関与しているようだ。このような事態を警察庁も重く受け止めており、金属の買い取り業者に対し、取り引きの際に顔写真付きの書類で本人確認を義務づけるなど、規制を強化する新たな法律を整備する方針を固め、国会で法案を成立をさせている。さらに、銅線を切断するケーブルカッターなどの工具を、隠して持ち歩くことを禁止することも検討されている。
ただ、法律が制定されて実運用が定着するのには時間を要するので、山間地や丈一郎の住む別荘地などのような、夜間の人通りの少ない場所に設置されることが多い太陽光発電所では、当面は警備を強化するしかなさそうだが、同じ別荘地のすぐそばで犯罪が起きていることは由々しき事だと丈一郎は痛切に感じた。昨年も晴れた夜に自分の別荘の周りは樹木が生い茂っているので、太陽光発電設備がある付近で星空を観測しようと懐中電灯を持って出かけると、警備をしている人にライトを向けられる事もあった。怪しまれるのも嫌なので別荘にすぐに戻った。そのぐらいなら良いが、犯罪に遭遇して暴行を受けるなんて事が無いとは言えない。誠に迷惑な話だと感じているが、今の彼には何も解決に向けて出来ることはなさそうだと思っていたが、思わぬ所で関わることになった。
この後、牧野警部が実習生の事件関与の可能性の捜査中に、村役場の副村長に相談したところ、村役場の総務課長から丈一郎と友人の牧野巌に直接相談があり、役場と協同でキャベツ農家と特定技能制度での派遣社員と技能実習生の実態を調査する事になった。丈一郎達には牧野警部から事前に相談があったので、村役場から相談を受けたことに特に疑問を示さなかった。村役場では丈一郎が昨年の大事件の時も活躍したことは承知しており、観光課や総務課では牧野兄弟を含めてちょっとした有名人のようになっている。私立探偵か顧問のような位置づけのようだ。
要請を受けて役場の職員と丈一郎達が任意で聞き取りをしたところ、農家の主人達は誰もが実習生や特定技能での派遣外国人の事を大変気に入っており、家業を継がない息子以上に彼らを頼みにしていた。彼らのために自らの住宅の敷地内や近くに住む家を用意し、衣食住の面倒を見る代わりに、早朝から夕方までのきつい労働をお願いしていたので、切っても切り離せない関係となっていた。給与水準は悪くなく、母国に十分に仕送りを出来るような額で、実習生側も労働条件には大いに満足していた。時々、キャベツ農家仲間同士での集まりにも彼らを招き、食事や酒を振る舞っていた。実習生側も農家の主人を日本での父親のように敬い、奥さんを母親のように慕うような関係になることもあるようだ。しかし、課題はあった。北浅間村でのキャベツ栽培は春から秋にかけての作業が中心で、冬の間の作業は限られており、実習生の採用もその影響を受けた。その結果、冬の間は母国に帰国したり、他の地域での短期アルバイトのような作業を請け負うことが少なくなかった。つまり、かなり不安定なのである。その結果、前述したように彼ら独自のコミュニティを悪用した、『闇バイト』に応募するようなことも増えてきているようだ。
並行して牧野警部は四月に発生した丈一郎の別荘地をはじめ、複数の拠点で同時発生した『銅線泥棒』の捜査を継続していたが、当初、実習生や特定技能での派遣外国人は直接の関係は無いと思っていた。しかし、主犯格にはたどり着いていなかったが、この事件に関与した事が疑われる人物の中に、北浅間村で技能実習生として働いていた若者の名前が複数浮上したのだ。一人は一昨年まで働いていたタン・ファンという若者で、テキパキと仕事を進める実習生仲間のリーダー的存在だった。そして、もう一人がグエン・バンで、彼は昨年まで働いており、二人とも母国に帰国したはずだった。牧野警部は彼ら技能実習生の評判が良く、何人かとは面識もあり、まさかと思ったが捜査を進めることにした。二人の現状に全く当てがない訳ではなく、一人は丈一郎から聞いていたグエン・バンで、高崎のクラブで見かけたという噂があった。牧野警部は二人は一緒にいるような気がしたので、早速高崎の繁華街への聞き取り捜査を始めていた。毎晩、同じ顔の刑事が繁華街をうろつくと目立つので、丈一郎の家に集合して兄と三人で相談をした。内容は牧野警部がある程度当てをつけた段階で、二人にさりげなくナイトクラブを訪問してもらうように協力を求めた。




