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雪上追跡

 十二月中旬になり、巷では年末気分とクリスマス気分で浮かれている頃、リー・シュンユはいよいよ追い込まれていた。本部への出頭命令をもらったのだ。「行けば間違いなく殺される」と思い、本部には来年最終ターゲットである美術品窃盗を行なうので、それで上納金の遅滞を必ずカバーすると頼み込んだ。成功すれば確かに遅滞した上納金はある程度カバーできる予想だったが、実行のタイミングが読み切れなかった。それに今度のヤマの情報源が少し気になっていた。技能実習生達が好んでアカウントを取得し、情報共有を図るSNSがそうだが、通常自分のような犯罪者側が仕込むようなネタを素人ぽい奴らが情報としてばら撒いている事だ。ネタ元は素人だと分るような条件でネタを売ってきたが、コンタクトしようとするとアカウントを削除して消えたのだ。それが二回ほど続いた。かなり良さそうなネタだったので、リー・シュンユは誰かに先を越されたと思い焦りを感じた。まさか日本の警察がそのような手の込んだ罠を仕掛けるとは思えないので、確信は持てなかったがやるしかないと思っていたので、かなり落胆していた。そんな事があったので、偶然ネットで見つけた<美術工芸品店の出品内容>には強い関心を持った。今度のヤマは品物の目利きが出来ないといけないので、自ら現場に行くことを決めた。そして、新年になるまでは長野の上東市に潜むことにした。そこには、例の高崎のナイトクラブのママの実家があり、今は誰も住んでおらず部屋が空いていたので、留守番がてらそこに滞在した。滞在期間もサブリーダーとつまらない窃盗を繰り返したが、ほんの小遣い程度にしかならず、やはり上納金の遅滞は続いた。そして、年が明け、待ちに待った雪が降った。これで、追っ手から逃れる事が出来るとリ・シュンユは思い込み、メンバーを緊急招集した。これまで、彼は実行計画と準備、そして実行を自分の手下に任せてきたので、実際に自ら計画・準備するのは久しぶりだった。集合場所は信濃沢だ。そこから上東市に寄り、荷物を積み、湯元高原を越えれば、最終ターゲットの店がある北浅間村に着く。信濃沢でメンバーと落合い、立て替えてもらった新幹線料金をメンバーに渡し、駅の近くの線路脇のレンタカー屋で白いワゴン車を借り、サブリーダーが運転する車で、美術品を梱包するために準備した用具を置いてある、ママの上東市の実家に戻り、用具を積んだ。梱包材を敷き詰めた段ボール箱と絵画をくるむのに適したサイズにした二十枚程の『エアーキャップ』と呼ばれている梱包材だった。


 その家の居間で、リー・シュンユは集めた三人のメンバーに対して、窃盗の手順をレクチャーした。まず、ターゲットの店の場所と店内の想像も加えたレイアウトを説明した。玄関の錠の壊し方、一階のレイアウトと盗む品はリー・シュンユが直接特定するので、メンバーへは梱包材を詰められた段ボールへの入れ方を教え、次に二階のレイアウトと盗む絵画は同様にリー・シュンユが指定するので、絵画の梱包の仕方と一階への運び方を指示した。そして、最後にワゴン車への積み込み方と固定のさせ方をレクチャーし、全体での作業時間等を指示し、レクチャーを終えた。メンバーは、

「これなら、五、六分もあれば全部いけますね。」と頷いていたので、リー・シュンユも

「貴重品だから丁寧に作業すること。それを効率良く行うこと、つまり時間が勝負だ!全員が抜かりなくやれば、警報が鳴っても無事に脱出出来るはずだ。」と最後に締めた。


 そして、雪が降り積もる中、北浅間村唯一の旅館に宿泊し、実行する前の最後のチェックで現地を訪れた。セキュリティの強化や環境が変わっていれば、予定を変更せざるを得ない。実行は明日か明後日だが、最終決定は現地を見てからにするつもりだった。とにかくセキュリティ状況を確認が大事なので、管理人が不在の日を狙い現場でチェックを行なった後、帰り道でこともあろうか、あの”にっくき二人組”に遭遇した。つまり、別荘地内の雪道ですれ違った丈一郎と牧野だ。間違いなくあの二人だった。顔は見られていないと思っていたが、奴らが何か勘づいて準備する前に行動に移ってしまおうと決めた。

「あいつらは、何故か勘が良い。俺の行動を読まれるかもしれない。今晩が決行日だ!」と決めて、宿に戻り自室でサブリーダー役と少し考えを整理して、若者たちとは別に他の客がいない間に大浴場に入り、部屋に戻った。宿の亭主は暗い表情の老人で、若いのは仲居ぐらいだったがかなり老舗のようで、立派な風呂と大広間があったが、食事は部屋に運ばせた。そこは、あの旧姓麻山拳が養子に入った『北浅間旅館』だったのだ。頼りにしていた養子は殺傷事件で服役中で、宿の亭主は息子の出所を辛抱して待つうちに、暗い表情がこびりついてしまったようだ。リー・シュンユは明日は早く出るので料金を前払いして、主人に挨拶をした。


 そして、彼ら以外の誰もが寝静まった夜中の二時に彼らは起き出して、内側からかかった玄関の鍵を空け、ワゴン車に五人が乗り込むとターゲットの別荘地に向かった。十五分ほどで目的地に着き、全員が頭につけたライトで足場を確保し、大胆にも正面玄関のガラスを割り、鍵を開けて室内に押し入った。事前のチェックで正面玄関のセキュリティが緩く、いくつかある窓のガラスには格子の柵が設置されていて、壊すのに時間がかかると踏んだからだ。何かが作動した気配がしたが、構わず作業を続けた。ネット検索で当たりをつけておいた美術工芸品と絵画の多くはすぐに見つかった。

 予想通り、二階の階段を上がった正面にいくつかの絵画があり、それを十作品ほどを壁から下ろし、ワゴン車に手渡しの手順で乗せ、次に一階に降りメンバーに盗む美術品と壺を指定した。その場で『エアーキャップ』を敷いた段ボール箱に入れ、次々にワゴン車に運んだ。そして、五分もしないうちに作業を終え、撤収の指示をした。ワゴン車の運転はサブリーダーで、リー・シュンユは助手席にすわりシートベルトを締めた。メンバーは後部座席に横並びに座った。盗品は全てその後ろの荷物スペースに置かれ、段ボール十箱と『エアーキャップ』で覆われた絵画は段ボールの横に立て替えかけられて、ロープで動かないように縛られていた。後方で何かの明かりが見えて、誰かの大きな声がしたが、彼らは構わず乗車し発車した。まだ夜の闇の中を下調べした方向にナビを頼りにワゴン車で雪道を走らせた。運転するのはサブリーダーとして契約した中年の男で、ワゴン車は雪道用にスタッドレスタイヤを装備していたので、問題なく店舗の前のほぼ除雪された村道を三分ほど走り、右折してやはり除雪された『パノラマライン』と呼ばれる広域農道を順調に五分ほど走った。その時まで後部座席で緊張で言葉数が少なかったメンバーにも少し安堵感出て来たようで、


「なんか、ドラマのようにスリルが有りますね。」などと軽口をたたいた。リー・シュンユも助手席でそのまま上東市のママの家までたどり着けると踏んでいたが、頭上に何故か音のする物体が追いかけてくるのに気づいた。その物体からの照射されるライトが自分たちのワゴン車を照らしているのがわかり、追跡されていることを知った。

「また、あのじじい達が仕組んだんだな。あれはドローンだ。あれをくのは厄介だぞ」そして、かなり後方だが二つのヘッドライトが見えたが、しかしそのライトが急速に近づいてくる気配はなかった。パノラマラインはなだらかなカーブとほとんど直線なので、追いつかれる心配もあるので、リー・シュンユは

「よし、次の農道を右に曲がれ!地図には出ているから大丈夫だ。そこから数キロで国道に出る。それを左折だ」と運転する男に指示を出した。そして、目障りなドローンが先回りをしてパノラマラインの道を照らしていたので、それをあざ笑うように手前で右折した。

「よし、ざまあみろ!そんな小道具では俺たちを捕まえられないぞ」とリー・シュンユは珍しく浮かれた声を上げた。しかし、これが災いした。右折した農道には雪が積もっており、前も見えにくい状況になった。



 さて、十二月以降も丈一郎は毎月冬の別荘を訪れていた。そして、一月の中旬に定期訪問をした時にとんでもない事件に遭遇した。この時、牧野の養子のさとるの誕生日を祝うために彼は牧野の家を訪れていた。牧野の弟である牧野警部の家族三人と共に、聡の十二歳の誕生日を祝った。聡は今年の四月からは中学生になる。聡は勉強はクラスで一番で、運動神経も良く、顔も可愛いのでとても人気があった。ただ背が低く、前から三番目ではあったが、足が早く、駆けっこでもいつも上位で、牧野は彼の将来は明るいと感じていた。中学生になれば背も伸びるし、もしかしたら反抗期を迎えるかもしれないが、牧野は温かく見守る覚悟でいた。自分が元気なうちに何としても立派な青年に育てるのが、彼の今後の最大のテーマだった。丈一郎も聡の利発さには驚いており、トランプなどの知的なゲームをすると、大人以上に的確な判断力を示し、正にポーカーフェイスで勝負には強かった。牧野警部の娘は気は強いが優しい女の子で、聡を実の弟のように可愛がっていたので、誕生日の飾り付けを娘は積極的に行なった。この姉弟のような”従姉弟"同士は、学校の放課後にもどこかで待ち合わせて一緒に遊ぶほどで、近所の人たちも仲の良い二人を微笑ましく見守った。丈一郎は聡の誕生日に、若い人達の間で流行っているゲームと、有名サスペンス小説家の単行本を数冊プレゼントした。聡はそのゲームに興味を持っていたようで、とても喜んだ。そして、プレゼントされた小説家のファンでもあったので、

「丈一郎叔父さん、どうも有り難う。どちらも欲しかったんだ!」と嬉しそうに丈一郎の目を見ながら礼を言った。丈一郎は満面の笑みでそれを受け止めて、

「聡に喜んでもらって、叔父さんも嬉しいよ!」と話し、それを見ながら牧野は丈一郎に礼を言った。

「丈さん、有り難う。流石のチョイスだね」

 その後、丈一郎がプレゼントしたゲームを六人で楽しんだ後、九時を過ぎたので酒を控えていた牧野警部の運転で、丈一郎は自分の別荘に送ってもらった。十分ほどで到着するまでの間、聡の聡明さに驚いた事とやはり逃走しているリー・シュンユの話題になった。奴はどうやら長野県と新潟県を行き来しているようで、秋には米川の運営するドライブインに彼と彼の手下と思しき一行が訪れており、彼の居場所は大分限られてきているようだった。小規模な窃盗も起きており、奴の関与もありうると思ったが、きっと小遣い稼ぎのようなものだろうと予測した。


 次の日の午後に今度は牧野と聡が丈一郎の家を訪れた。除雪はされていたが、一昨日に降った雪が残る中での訪問で、昨日のお礼で聡が書いた漫画を数作持ってきた。丈一郎はリビングで牧野と聡が寛いでいる間に、その漫画を見ていた。感心しながら漫画を読み終わると、

「聡、どの漫画もとても上手に描けているし、ストーリーは相変わらずプロ並みだね!」と感心しきりであった。どれも八コマか十六コマの漫画でそれぞれテーマが設定されており、漫才の突っ込みとボケ役のような固定した登場人物と毎回異なる登場人物の間で繰り広げられる寸劇のような漫画だった。どれも、ニュースで取り上げられているような内容をテーマとしており、必ず微笑ましいシーンが登場する。丈一郎はアニメブームの昨今の傾向を痛感すると共に、聡の世の中に敏感な感性と気持ちの平安に心から安堵しつつ、

「この子はきっと人に良い影響を与えられるような人になるな」と確信した。二人が飲み物を飲み終えると、三人で別荘地内を散歩した。除雪された道路にも雪や凍った部分が残っているので、滑らないように気をつけながら静かな別荘地を歩き、雪の上に多くの獣の足跡を見つけながら楽しく歩いた。

「あれはウサギの足跡だね。それは、狐か何か大きくない獣だね」と聡は嬉しそうに獣の足跡を見つけると、その足跡の主を推理し指摘しながら歩いた。牧野と丈一郎は滑って転ばないように気をつけつつ、聡の推理に頷きながらも、ようやく百四十センチぐらいになった聡の成長を、感じ合っていたようだった。

 そのうち、管理事務所に近づき、別荘地の外郭をなぞるような比較的幅の広い道を、一台の白いワゴン車が結構な勢いで彼らの横を走り去った。彼らの横を通過する際もスピードを落とすことなく過ぎ去ったので、丈一郎も牧野も少し嫌な感じを持ったが、それ以上に聡の反応が鋭かった。

「今の長野ナンバーの車の助手席の人が、振り返るようにお父さんと叔父さんを見ていたよ」と聡は二人に言った。

「聡、お前は良くあの短い時間でそこまで観察出来たね。動態視力が良いんだな」と丈一郎は感心した。

「うん、本当に。でも、何故俺たちを振り返ったのだろう・・まさか」牧野は疑問と答えを示唆した。

「ああ、その”まさか”かもしれない。聡、ナンバープレートの番号は覚えているかい」牧野が聞くと、聡は視線を左上に向け少し考え、すぐに応えた。

「えーと、長野33わ5684だったと思うよ」それには丈一郎は

「すごいな、聡は。俺なんか、少しはスピードを落とせよ!としか思わなかったよ」その後に、牧野は

「きっと、余り見られたくなかったのだろう。”わ”ナンバーだからレンタカーだな。調べれば特定できそうだ。弟にすぐに電話をしなきゃ」と言ってスマホから牧野警部に連絡した。連絡を受けた牧野警部は、

「兄さん、有り難う。すぐに調べるよ。別荘地の裏道側だとすると、『北浅間駅』方面に向かったのかな」と話し、電話を切った。


 三人はそのまま管理事務所とその近くの守山の店の前まで歩いて行った。事務所の前の駐車場には管理人が使用している軽トラックがいつものように雪をかぶって駐車していて、その横にはもう一台車が止まっていた形跡があったが、周辺には誰も居なかった。やはり今行き過ぎた白いワゴン車が停車していたと考えるのが素直だろう。そして、その先の小川の上にかかった橋を渡り、守山の店の前で様子を見ると、雪の上に何人かが歩いた足跡があった。開店していると思い覗いていたとも考えられるが、偵察に来ていたとも考えられる。彼らは少し店の前にいると、別荘地の住民の相模の軽トラックがスノーモビルを牽引して彼らの前に現れて停車した。停車した車の窓が開いて相模が笑顔で挨拶してきたので、丈一郎は

「相模さん、これから雪上運転ですか?」とたずね、

「ええ、これから息子とちょっと遊んできます」と相模は笑顔で応え、助手席の息子の研人けんとも会釈してきた。

「気をつけて!」

「有り難うございます。行ってきます」と告げると、すぐに目の前をゆっくりと走りだし、大回りに方向転換をして農道方面に向かって行った。牧野はそれらを見届けながら、

「彼が『ちょい悪親父』風の相模さんか。農道でスノーモビルを走らせるそうだね」と言うと、聡が

「僕も一度乗ってみたい」と好奇心あふれる表情で言うので、丈一郎は

「今度、相談してみるよ」と聡の目を見ながら約束した。孫の居ない丈一郎にとっては、聡は突然現れた孫のような存在だった。牧野はリー・シュンユかもしれないセダンの助手席の男が何を考えてここに来たのかを想像し、沈むような気持ちとムラムラと絶対に奴を許さないと言う気持ちの両方を感じていた。

「守山さんはいないようだね」

「ああ、冬の間はお客さんも来ないようだから、倉庫として時々商品の出荷に来るだけみたいだね。息子さんは近くの自宅でリモートワークだそうだよ」

「連絡しておいた方が良いね」

「ああ、そうだね。後で、連絡しておくよ。そうか、今日と明日は管理人は定休日だから、危ないかもね」そこから引き返して、丈一郎の家に向かった。いつもなら5、6分で着くところを、ゆっくり滑らないように歩いたので10分以上かかったが、丈一郎と牧野はリー・シュンユらしき男を捕まえるチャンスかもしれないと思い、聡が二人より10メートル以上前を歩くのを見て、丈一郎は

「もしかしたら、今日か明日かを狙っているかもしれないな、あの店を」と問いかけた、牧野は聡の耳に入ることを少し心配しながら、

「リー・シュンユはいつものように来ないかもしれないね」すると、丈一郎は

「いや、今回は彼は来るような気がする。全部盗むわけには行かないから、美術品の良し悪しを自分で判断したいはずだ」

「なるほど、でも奴は我々の存在に気がついたようだけど、決行するかな?」

「ああ、このところ監視がきつくて奴はきっと資金不足になっているはずだよ。金が欲しくて堪らないはずさ」

「そうだな。でも、この寒さでは待ち伏せや車中での待機は無理だな。管理人室の暖房をつけていると気がつかれるし」

「俺の家に剛君と麻山刑事に泊まってもらっても良いよ。この後、守山さんにその事を話し、お店の警報は彼の携帯を鳴らす仕掛けになっていると聞いている。警報がなったらすぐに連絡してもらうようにしたら良いと思う」と丈一郎がアイディアを話す。

「それなら、数分で駆けつけることができるな。美術品を盗むのは結構手間取ると思うよ」と牧野は同意した。

「それと、相模さんに支援を頼んで、雪道はスノーモビルで追いかければ、自動車よりも速いはずだ」

「それはグッドアイディアだね、じゃあ、早速、丈さんの家から弟や守山さんと相模さんに連絡しよう」二人は千載一遇のチャンスと捉えた。先を行く聡は聞こえないのか、さっさと雪道を進んで行った。先に牧野警部に事情を話し、対応の了解を得た。丈一郎は守山に連絡を取った。事情を話し、牧野警部から連絡が行くことを伝えた。スノーモビルで農道を走らせていた相模の携帯にもすぐにつながり、事情を話すと何をすれば良いのかを警察と相談することを条件に了解してくれた。一時間後の昼前に牧野警部以下数人の警察官の乗った覆面パトカー二台が丈一郎の家に着き、そこに相模親子と守山親子が合流した。相談を始める前に、聡は丈一郎の書斎に移された。そこには本棚がありどれを読んでも良いと言われ、喜んで従った。さすがに子供の前でする話しではなかったのだ。

 最初に牧野警部から最新の情報をこれからの活動に協力してもらう前提で伝えられた。それはリー・シュンユらしき連中が乗っていた車は、信濃沢にあるレンタカー屋の所有車で、借りたのは新潟県に住居がある45歳の男で、窃盗の前科があるようだ。彼はリー・シュンユの目撃情報のある繁華街から程近い所に住んでおり、つるんでいる可能性が大きいという事だった。集まったメンバーに緊張感が走った。つまり、今日か明日の窃盗に関しては、かなり確率の高い予測だということだ。

 これからの相談は一時間ほど続いたが、犯人達が逃走した場合のスノーモビルの運転を誰がするのかと、どちらに逃げたのかをどうやって確認するのかで行き詰まった。すると、スノーモビルは二台は使えるので、それぞれを雪道になれた相模親子が運転する方が良いという意見と、流石に民間人を危険にさらす訳にはいかないと牧野警部は心配していた。すると、相模が

「私と息子はモトクロスバイクの国際試合に出れるライセンス資格もあるし、スノーモビルはそう簡単に乗りこなせる物ではない。後ろに警官が乗ればいざという時は対応できる」と主張したので、危険かどうかはその場で牧野警部が判断することにした。スノーモビルで追いかける担当は、牧野警部と麻山で、それぞれ相模親子が運転し、後ろに乗って無線を使って連絡を取り合うこととした。もう一つの、どこに逃亡したかを確認する手段に関して、守山功児が驚くような意見を言った。

「それなら、僕がドローンを飛ばして犯人の車を追跡しましょうか?別荘地の先のキャベツ畑方面に逃げた場合は、簡単に姿を捕まえられますよ。雪道を走る自動車よりドローンの方が圧倒的に速いですから。それにドローンには照明代わりにライトを照らす事が出来るようにしてますから、暗くても追いかけられます」と言う事らしい。これには牧野警部は、

「それは良い。仮に逃げた方角が国道経由で高崎方面ならば、警察車両の待ち伏せが出来るので、これなら穴はない。守山功児さんだったですよね、お願いできますか?」

「ええ、もちろん!うちの商品を取り返すためですから、当然です」

「うん、それは良いな!こいつのドローンの運転の腕は国際ライセンス級ですから」と、守山父が少し冗談めいた事を言うので、一同は少し笑ってしまった。

「ただ、守山さん達も現場近くに待機しておかないと行けないのですが、どうしましょうか?」すると、即座に相模が、

「それなら、家に泊まって下さい。お店には肥後さんの家より近いですから」守山はその提案に感謝し、

「では、相模さん、ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします。この後、支度をしてから伺います」と相談が成立した。


 そして、その夜は丈一郎の家と相模の家に、いつもの倍以上の人数の対応部隊が宿泊することとなった。極力目立たないように、車の台数は制限されたが、丈一郎の家に覆面パトカーが二台、相模の家に同じく覆面パトカーが一台と、倉庫にはすぐに発車できるように準備したスノーモビルが二台が用意された。一人が交代でお店の見張りをしつつも、零下十度に迫る寒さなので外での待機はせず、三十分ごとに外に出て監視することにした。夜になり雪が降り出して道の積雪は増える一方で、追跡が困難になることが予想された。全てのメンバーは部屋の中で食事後も、仮眠を取りつつもほぼ徹夜に近い状態で、夜が更けるのを待った。


 深夜から早朝に移る朝三時頃に、かすかに自動車の排気音がした。メンバーに緊張が走り、守山の携帯の警報が鳴った。奴らが窃盗に入ったのだ。すぐに、丈一郎宅で待機していた牧野警部に連絡が入り、二分後には牧野と麻山と他に二人の刑事が、パトカーで守山の店のある別荘地入り口に向かった。途中の相模宅で刑事二人と合流し、別荘の管理事務所側から小川の向こう側の店の様子を伺うと、店の駐車場の暗闇の先で数人の黒い影が作業をしているのがぼんやりわかった。パトカーで急いで店に向かったが、今も降り続けている別荘地内の雪でスタックしそうになり、思ったより店に近づくことが遅くなった。逆に泥棒達の手際は良く、予想よりも早く彼らは作業を終えて、車に乗り込むところだった。牧野警部が守山の店の横の駐車場からライトを彼らに向けた時には、彼らはワゴン車に乗り込んでしまい、大きな声を出して静止を命令したが、彼らは一目散に逃走した。

「しまった、このままでは逃げられる」と牧野が声を上げたので、麻山は相模親子に

「すぐにスノーモビルをスタートさせて下さい」と要請した。しかし、犯人達の乗ったワゴン車は比較的スムーズに村道を走り出し、『パノラマライン』方面に逃げた。牧野警部と麻山は守山の店に到着した相模親子のスノーモビルに、それぞれ分かれて乗り追跡を開始した。そして、すぐ後にドローンの操縦桿とカメラモニターを持った守山功児が駆けつけ、パトカーに乗り込んで追跡を開始した。最初は一般道なので、スタッドレスタイヤを履いた自動車の方が早いと読んでいたが、案の定スノーモビルは逃走車との距離を詰められず300メートルほどの距離だ。守山が同乗するパトカーと牧野と麻山の同乗するスノーモビルとの距離は100メートルほどで、合わせると逃走車との距離は400メートル。見失う危険があったが、パトカーに乗った守山研人はドローンを巧み操って、逃走車を画面に捉えた。彼のドローンは高速通信が可能な5.7GHz帯のものだが、障害物には弱い特性があるのでパトカーである程度近くを追随する必要がある。また、電波を確実に送信するためにパトカーのウィンドーを開けての操縦となるので、まともに冷風を受けていた。それにもめげずに

「今、犯人の車はパノラマラインに向けて、道路を右折しました」と守山功児が無線で報告した。

「了解、こちらもあと1分ほどでパノラマラインに入ります。守山さん、そのまま追跡をお願いします」と牧野が返答をした。そして、もう一台のパトカーは国道側に周り逃げ道を防ぐ作戦に移った。そして、守山の店に残った刑事は臨時捜査本部となり、丈一郎と牧野も合流して状況を見守った。

 守山功児は巧みにドローンを操作し、遂に犯人達の車両の上空にほぼ追いついた。しかし、スノーモビルは距離を縮められていない模様だった。除雪されたアイスバーンになっている道路では、スタッドレスタイヤの乗用車の方が、二人乗りで慎重に走らざるを得ないスノーモビルより早いようだ。傍で状況をみていた丈一郎も少し焦りを感じて、「このままでは追いつかない」と呟き、例の瞑想するようなポーズをして暫く目を瞑った。そして、横にいる刑事に例の未来予測イメージによる思いつきを丈一郎は伝えた。

「何とか犯人達を雪の積もった農道に誘導できないでしょうか?そうすればスノーモビルは絶対に追いつけますよね」

「なるほど、でもどこで誘導すれば良いでしょうか?」と刑事が尋ねるので、

「犯人達の行く先に地ビールの工場があって、その先に確か農道があったはずです。そこに誘導すれば、犯人達との距離を縮められるはずです」と例のイメージと実際の記憶を合わせた提案をした。

「なるほど、そうすれば、深い雪道になるのでスノーモビルで追いつけると言う事ですね。でももうすぐ近くですね」丈一郎は

「守山さんにドローンを犯人達の前方に出して、奴らを農道に誘導するように言ってもらえませんか?」その刑事はすぐにそれをパトカーと牧野達に無線で伝えた。パトカーに同乗している守山功児は、

「分りました、後1分もしないうちにその農道との交差点に着くはずなので、全速力で先回りします」と話し、すぐにドローンを操作して先回りさせ、ドローンのライトの明かりをマックス点灯にして目立つように交差点の少し先で待機させた。


 リー・シュンユ達は丈一郎達の作戦にまんまとはまり、ターゲットの交差点の先のドローンの存在に気づいたらしく、少しスピードを緩め国道に向かう農道に向けて右折した。しかし、そこには大量の雪が残っており、除雪が余り出来ていないようで、犯人の車両のスピードが俄然遅くなった。ドローンを操作する守山はその事を把握しており、牧野警部に右折したポイントを伝え、減速したことを伝えた。

「よし、農道に入ったぞ。これで追いつける。相模さん、宜しくお願いします。麻山!逮捕の準備だ」と牧野警部はチャンスが来たことを麻山に告げた。麻山も

「はい、分りました。研人君、宜しく!」雪が数十センチは積もった雪道で時折道を外しながら、ふらふらと走る犯人達のワゴン車に対して、牧野警部達の二台のスノーモビルは水を得た魚のように猛スピードで差を詰めて、距離はみるみる近づき、ほぼ十メートルぐらいに近づいた。

「よし、追いついたぞ。待ってろよ、リー・シュンユ!」と牧野達は二羽の猛禽類のノスリが、ウサギを捕らえるようにワゴン車を射程距離に入れた。


 一方、リー・シュンユは焦っていた。ついさっきまで追っ手との距離を広げていたのに、ほんの数分で一気に距離が縮まった。バックミラーに映る乗り物は何とスノーモビルだった。

「畜生!あれはスノーモビルじゃないか!あいつら、あんな物まで用意してたとは!少し、スピードを上げろ!」と、運転手に命じた直後に、前方に大きなカーブが見えて、上手にハンドリングしたと思えた瞬間にワゴン車はスリップし、運転手が慌てて逆方向にハンドル操作すると路肩に脱輪し、道路右側の雪の塊に運転席側から正面衝突してしまった。強い衝撃を受け、運転手はハンドルから出たエアーバックと後部座席から飛び出してた若者に挟まれた。リー・シュンユも危うくフロントグラスに頭をぶつけそうになったが、なんとか手で防ぎやや衝撃を和らげていた。しかし、後部座席の真ん中にいた若者はもろにフロントガラスに頭から衝突していた。シートベルトをしていなかったのだろう。


 牧野警部の方では、犯人達との距離をさらに狭めながら少し縦に連なって走ると、ワゴン車が急カーブで曲がり損ねスリップし、あわてて路肩にタイヤを落として嫌な音をさせて半分横倒しになり、右側の雪の塊なのか、岩を雪が覆っていたのか、ドカンという大きな音をさせてそこに衝突して停止した。それを見て、牧野警部達たちは5、6メートル後ろにスノーモビルのライトをつけたまま停車させた後に、相模親子を安全のためにさらに少し後ろに離れさせ、牧野警部と麻山刑事が拳銃を構えて近づいた。犯人たちのワゴン車はスノーモビルのライトに照らされ、はっきりと確認できたが、犯人達も武器を持っている可能性が高いので、拳銃を構えたまま静かに近づいた。ワゴン車はかなり雪の中に潜り込んで硬いものに衝突したらしく、車の前面は大きくへこんでいて、フロントガラスは粉々に割れていた。特に運転席側が大きくへこんでおり、そちらからは出られそうもなく、助手席側からやっとの思いで一人男が降りてきた。牧野がライトを当てて確認した。リー・シュンユだ。牧野はずっと追いかけてきた本星を目の前にして、嬉しくもあったが緊張感を保ち

「リー・シュンユ!両手を挙げて、その場で膝をつけ!抵抗すると容赦なく撃つ」すると、彼はまぶしそうに顔を背け、指示通りに両手をあげて、雪の上で膝をついた。

「麻山!逮捕!」との声とほぼ同時に、怯えて動けなくなったウサギをノスリが捕獲するように、麻山はリー・シュンユの手を後ろ手にして、手錠を掛けた。そして、彼を強く引きずるようにしてワゴン車の後ろに座らせた。牧野は無線でつながっている刑事達にリー・シュンユ逮捕を告げ、至急に応援を要請した。まだ、犯人達がワゴン車の中に残っていて、武器を持って応戦する事が考えられたので、最悪銃撃戦を想定していた。数分後に後続の守山が同乗したパトカーが到着した。刑事二人が同乗していたので、相模親子と守山をパトカー内で待機させ、リー・シュンユを一人の刑事が見張り、牧野と麻山ともう一人の警官が慎重にワゴン車に近づいた。後3メートルほどに近づいたとき、ワゴン車の後部座席のスライドドアがゆっくり開いた。牧野と麻山は拳銃を構えたままその場で静止し身構えた。ドアから一人の若者がフラフラと降りてきた。牧野と麻山がライトをその男に照射したが、男はその場で倒れ込んだ。どうやら負傷しているらしい。ゆっくりと三人は男に近づき、ライトで照らすと男の額から血が流れていた。さらに、三人は車に近づき開いたスライドドアから社内をライトで照らした。後部座席の二人の若者が前座席に倒れ込むようにしていた。麻山はまず倒れ込んだ男をリー・シュンユと同じように後ろ手に縛り、やはり車の後ろまで引きずるように移動させ車の後ろに座らせた。その男は寒さに震えているようだった。そして暗い車中をライトで照らすと、後部座席の真ん中の男はほとんどフロントガラスに突っ込むようにしていて、麻山が揺さぶってみたが反応がなかった。後部座席の奥で運転席の方に突っ込んでいた男に、外へ出るように指示したが、頭かどこかを強く社内でぶつけたようで、返事はしたがすぐには動けないようだった。牧野は助手席から運転席をのぞき込んだが、運転手はエアーバッグに突っ伏すような格好で、体を揺すったが「うーん」とうめいてそれ以上の反応はなかった。


「麻山!救急車を要請しろ。犯人五人が怪我をしていて、三人は重傷だとな」そして、三人でまず運転席の男と、フロントガラスに突っ込んだ男を車中から引きずり出し、ワゴン車の荷台部分に積んであった段ボールを数枚重ね、その上に男二人をゆっくり横たわらせて、荷台に積んであった『エアーキャップ』を使い掛け布団のように重ねて寒さを凌がせてあげた。運転席に突っ込んでいた男は自力で車から這い出してきたので、手を貸しながらワゴン車の後ろに手錠を掛けて拘束している二人と並べて座らせ、『エアーキャップ』の残りを使いかぶせてあげると、震えていた若者と最後に救出した若者は二人とも、子供が布団にしがみつくようにエアーキャップをしっかりと肩から被り膝を抱えていた。リー・シュンユはそれを見て、くだらない物を見たと言わんばかりの表情で横を向いた。彼だけは真冬の暗い雪に囲まれた世界で、彫刻のようにじっとしていた。その頃には雪はほぼ止んでおり、時折ハラハラと桜の花が散るように降る程度だった。数分で応援のパトカーが二台到着し、牧野の所に寄ってきて、指示を受けワゴン車の後ろで拘束されているリー・シュンユと若者二人を別々のパトカーに乗せた。そして、パトカーに乗せている毛布を数枚持ってきて段ボールに横たわらせている男二人を毛布でくるみ、二人の呼吸を調べたが、運転手は額から少し血は流していたが息を吹き返した。後部座席からフロントガラスに突っ込んだ若者は頭から血を流し、頸が異様な角度に曲がっていて、呼吸はしていないようだった。警官がその男に心臓マッサージをしたが、呼吸は戻らず皆が諦めかけて居た頃に、救急車が到着した。牧野が状況を説明し、息をしていない若者から処置を始めたが、蘇生せずにその場で死亡が確認された。運転手とやはり後部座席からフロンガラスに衝突した若者への手当が続くなか、牧野はリー・シュンユをパトカーに乗せて話しかけていた。尋問というより、身の上相談のような口調だった。


「リー・シュンユ。これで万事休すだな。お前さんの罪状は多くあるが、お前にも仲間やボスがいるんだろう?」と何気なく聞くと、リー・シュンユは驚くほど素直に応えた。

「ああ、いるさ。でも、これで俺は奴らから自由になる。かえって、せいせいするぜ。それに、俺は直接自分で集めたのは今回が始めてさ」これを聞いて牧野は

「これからお前が自由になるはずがないだろう。徹底的に事実を追求され、裁判に掛けられ、刑務所の中で不自由な人生を送ることになるだろう」と思ったが、それを今言っても意味がないので、彼が縛られている組織の事を聴き出すべく、

「ずいぶん、苦労したんだな。お前でも命を狙われたりするのか?」ときっと一番気がかりで心を占めているであろう心配事を突いた。

「ああ、奴らは俺の命なんてなんとも思っていないさ。金さえ稼げれば良いんだ。日本でも言うだろう、金の切れ目が縁の切れ目って」

「そうなんだ。あんたは幹部だと思っていたけど、そうじゃないんだ」

「ああ、もう少しで幹部になれそうだったけど、お前等のせいでなり損なった。特にあの爺達のせいでな」

「あの爺達ってのは、誰だ?」と牧野は思いがけない指摘に、つい少し動揺して質問した。

「はあ?お前等の一味だろう?あの爺達は!昨日もあの別荘地をうろちょろしていたから、俺は計画を早めたんだ。それに、ドローンとかスノーモビルとかは警察のアイデアじゃねえだろう?」と少しムッとしたが、的確な指摘に牧野は変に感心した。

「ドローンは邪魔だったかい?」これには、リー・シュンユは言葉に出さず、軽く頷いた。きっと、気にしすぎたと感じているのかもしれない。そして、スノー・モビルでの追跡は大正解だったと牧野は感じた。

「ところで、あんたの職位は何だ?」とリー・シュンユが逆に聴いててきた。牧野は少し迷ったが正直に「警部だ」と応えた。

「なに、そうか!世間話のように聴いてきたから油断してしゃべってしまったけど、警部か!それじゃあ、これ以上は何も話さないよ。失敗した」と後悔を口にしたので、牧野も見張りを麻山に指示して、救急車の様子を見に行った。運転手の出血は止まったようで、いわゆる命に別状はないという症状で、死亡が確認された若者と共に病院へ搬送することとなった。そして、二人の若者とリー・シュンユは警察署に連行される事になり現場に二人の警察官を残し、それ以外のメンバーは警察署に向かった。


 その頃、別荘地の守山の店にもパトカーが数台訪れ、現場での被害状況の確認を始めていた。牧野警部の同僚の雲野警部補と小平警部も訪れ、丈一郎と牧野兄、順次戻ってきた守山親子、相模親子から事情を聞き始めていた。雲野は丈一郎に、

「肥後さん、またもや事件に巻き込まれて災難でしたね。しかし、あなたがいると何故か事件が解決するのは、ありがたいけど不思議ですね?」と感心するような口調で問われ、既に顔見知りになっている雲野に対して、

「いや、雲野警部補、たまたまだと言いたいけど、これが私の運命なんですよ」と丈一郎は応え、牧野兄が横から

「雲野さん、実は昔から丈さんの周りではいつもそんな事が起きるんですよ。本当に」

「はあ、そんな人が居るんですね。でも、本当に気をつけて下さいよ、お二人とも」とその後の言葉を飲み込んだ。多分、「お年なんですから」と言おうとしたようだが、普通の心配するような声掛けに終わらせて、戻って来た人からの聞き取りを始めた。守山が盗まれたのは、絵画十点と工芸品の壺が数点だと話し、丈一郎は

「破損したりしていないと良いですね。」と心配したが、守山は

「一応、保険は掛けているんですが、貴重な美術品が壊れたりしているとショックですね。肥後さんからリスクを指摘されたときに、もっとセキュリティをしっかりしておくべきでした」と項垂れながら反省しているようだった。

「でも、こんなに早く犯人を逮捕してくれたので、本当に良かったですよ」と警察への感謝と、丈一郎達の勘の良さに驚いた様子だった。


 でも、この三人はその後、警察官がいない場所で秘密の立ち話をしていた。

「丈さん、上手く行ったね。SNSへの投稿はドンピシャだったね」と牧野が言うと、丈一郎は静かに頷き、守山は

「牧野さんのヨミ通り、あいつらはやっぱりかなり焦っていたようだね。でも、うちが狙われるとはびっくりしましたよ。かなりヒヤヒヤ、ドキドキしたけど、上手く逮捕してくれて本当に良かったよ」と話し、丈一郎は 「剛君にははっきりとは言えないけど、彼も何か感じていた様子だね」

「丈さん、守山さん、この話は我々三人の秘密だよ」と牧野が念を押すと、二人とも頷いた。


 逮捕された犯人のうち、運転手は病院での治療が優先されたが、リー・シュンユを含め三人は警察に連行された。そして、若者一人はその場で死亡が確認された。またも、犯人とはいえ若い命が奪われた。早朝ではあったが、郡警察署は大変な騒ぎとなり、山本課長と本部から刑事部長も駆けつけた。その頃、やっと夜が明け快晴の北浅間村に朝が訪れた。

 梟である丈一郎達が夜の闇の中を見張り、ノスリである牧野警部たち警察官が獲物である犯罪者を捕らえたのだ。


 リー・シュンユ等は逮捕後、被疑者として写真撮影や指紋採取をされた後に、取り調べが行なわれたが、リー・シュンユの取り調べは最重要被疑者として、牧野警部と落としの雲野警部補によって行なわれた。一連の彼が関わった犯罪での彼の関わりは大筋明確になっており、それを前提として取り調べを始めたが、警察側は四十八時間以内に取り調べを行なう必要があるが、それを見越したように彼はノラリクラリとした返答を繰り返した。しかし、ある質問をきっかけに彼は感情的になり、多くの自供を始めた。それは雲野が述べた彼のプライドを刺激する一言だった。

「リーさん、あんたほどの人が何故このタイミングで盗みをしたんだ。もう少し遠くに逃げて大人しくしていれば、警察からも逃げおおせたんじゃないの?」リー・シュンユは、不満そうに雲野の顔を睨み付け

「俺だって逃げたかったよ。でも、あいつらは警察より早く俺を必ず見つけ出し、俺を殺しただろうよ」

「そんなにあんたの組織の連中は怖いのかい?」

「ああ、有無を言わせずな」

「へえ、それは危ない連中だな」と雲野が驚いた様子を見せて、次の質問をした。

「ところで、あんたが雇っていた危ない二人はあんたの手下なのか?」

「違うよ、あいつらは上から押し付けられて使っていたんだ。それにしても、あいつらを捕まえたのはあんた達か?」と逆に質問をしてきたので、雲野は牧野の顔を見たが、牧野は平然とした面持ちで、

「ああ、俺ともう一人の刑事で捕まえたよ」

「へえ、そうなのか。良くあいつらを無傷で捕まえたな!」

「ああ、危なかったけどね」と牧野が応えると、

「あいつらは、相当危険な奴らだけど、何人で捕まえたんだ?」牧野はリー・シュンユの関心事は何なのかを想像できずに、

「二人だけど」

「ええっ、あんたともう一人だけで捕まえたのか?」「へえ、それは凄いな!」とリーは変なことに感心した。

「そうかね。ずいぶん変わった事に興味があるんだ」と思わず牧野が聞くと、

「ああ、あいつらは、『傭兵』で戦場にも行っていた猛者だぜ。それを、たった二人で捕まえたって?これは凄いよ」「もう一人は、あいつだな。俺に手錠をした奴。あんたが“マヤマ”と呼んでた奴だな」と興奮気味に聞いてきた。

「ああ、そうだよ」と牧野が応えると、リーは大きく頷いて、

「そうか、思い出したよ、全部。あんたは、去年の監禁事件の時の刑事か!でも、犯人も“マヤマ”だったと記憶してるぞ。違うか?」

「あんた凄いね!良くそんなことを覚えているね」

「ふん、当たり前だろう。自分の敵のことは忘れないさ。それに、俺の上の奴らもその話題で持ちきりだったんだ」

「へえ、そうなんだ。上の連中もニュースを見るんだ?」

「はあ、何を言ってるんだ、あんたは?あいつらは、国に帰ると役人みたいなもんで、情報エリートだぜ」

「へえ、そうなんだ。そいつは凄いな。だからあんたのような大物でも奴らを恐れているんだ!」

「そうさ、ただの犯罪者なんて怖くもなんともないが、あいつらの後ろは強大さ!」とリーは吐き出すように言った。

「つまり、中満国党と言う事かい?」その質問には流石にリーは答えず、右上を見ながら黙ってしまった。左上を見ながら考えるのは過去の記憶であり事実で、右上を見ながら考えるの将来の事で、不確かなことだと言われているが、それをみて次には雲野警部補の出番で、

「リーさんには子供はいるのかい?」と全然違う質問を始めた。リーは雲野を軽蔑するような目で睨み、

「さあね。もし、いたら、どうだって言うんだ?」

「いや、おいくつぐらいの子かなって思っただけさ」と雲野はわざとゆっくり話した。さらに、「女の子は可愛いよね」と断定的に決めつけた。

「ふん、知ったような事を」とリーは否定をしなかった。

「私にも娘がいて、こんな仕事をしてるんで、学校行事にも行けずに可哀想なことをしているからね」とさりげなく被せる話しをした。リーの表情が曇ったのを、雲野と牧野は見逃さなかった。

「ママとの間の娘かい?」と雲野が尋ねると、リーは俯いた。「当たりだ」と二人は確信し、

「娘さんにも危害を加えないと良いんだけどな」と、脅しに近い殺し文句を投げかけた。リーは流石に目を落ち着かないように左右に動かし、

「あんたらに何が出来るんだ!」と吐き捨てるように言った。「よし、乗ってきた」と雲野は感じ、

「多少相談に乗ることはできるかもしれないけど、あんたの協力次第だな」

「本当か?」とリーは切迫していて、かつ救いを求める目つきで聞いてきた。

「ああ、相談してみることは可能だけど、これからの話次第だな」と牧野は聞き出す価値はあると思いそう言った。

「何を話せば良い?」とリーは本気で娘と妻らしい女の身を案じているようだ。

「リーさん、あんたの上の組織の事だ。知っていることを教えてくれるかい?」

「ああ、こうなったら知っていることを話すしかないだろう」と言って、それから一時間の間に恐ろしい事を話し出した。


 この取り調べは、録音・録画されていて、山本捜査一課長と刑事部長経由で、本部長に伝わった。本部長はあまりの内容に、

「ジャーナリズム的に言うと凄いスクープだな!私が県警に来てから、最大の外交的な問題を含む事件だな」刑事部長も、

「これは、よほど慎重に扱わないと大変な外交問題になりますね」とあまり多くを語りたくない表情だった。これを聴き出した雲野と牧野も事の重大さに次のアクションが浮かばない様子だった。

 そして、この報告を受けた県警本部の幹部達は、この情報の扱いにはさらに上部に相談することとして、警視庁の外事課に相談した。外事課の担当官は、この話の信憑性はどのぐらいだと刑事部長に尋ねるので、刑事部長は

「九十パーセント以上だ」と応えた。担当官は、

「分りました。課長に相談して、連絡します」と即答した。そして、半日後に警視庁の幹部から県警本部長に指示があった。

「リー・シュンユを単独で起訴して、それ以降は警視庁で捜査を引き継ぐ」との回答と指示であった。県警本部長は半ばホッとすると同時に、部下の刑事部長以下捜査一課長と彼の優秀な部下へ話す内容を頭の中で整理した。


 そして、拘留期間があと一日となった翌日に、県警本部長に刑事部長と山本課長、そして牧野警部、小平警部、雲野警部補が呼ばれた。本部長は彼らの活躍と成果に労いの言葉を述べた後に、最大の関心事であるリー・シュンユの扱いと、彼から聴き出したとんでもない情報に関する今後の方針を伝えた。それを聞いて、皆は納得したように見えた。この情報を自分たちで扱うのは、余りに荷が重いと感じていたからだ。牧野は敢えて質問した。

「リーの妻と子供のことはどうするんですか?」本部長はこれに対して、

「それを含めて警視庁が後を引き継ぐと言っている」と冷静に話し、牧野も流石に自分たちの手には負えないことを自覚しており、大きく頷き、

「分りました」と納得した様子だった。その後に、本部の休憩室で牧野は山本課長と雲野と小平と少し談笑した。山本が、

「牧野さん、とんでもないヤマを掘り起こしましたね。でも、後は外事に任せましょう。それにしてもまたもお兄さんと肥後さんが大活躍ですね。でも、今回も一般民間人が危ない場面に巻き込まれずに良かったですよ」と少し皮肉に聞こえたので、

「私の兄も肥後さんも一般人ですが」と牧野は少しおどけた感じで質問すると、山本課長は冗談めかして、

「あれ、そうでしたっけ?もはや<別班>のような存在感ですね!」と珍しくジョークを言うので、皆が大笑いした。

「また、お二人と支援をしてくれた守山さん親子と相模さん親子にもに特別にお礼をしないとね」と山本課長が話しさらに

「今度本部で、本部長と刑事部長に会ってもらいましょう」と締めくくって、彼らは本部を後にした。リー・シュンユの身柄は警視庁に送致され、県警本部からは離れることになった。それ以降の情報は県警本部の誰も知り得ない機密となった。


 今回の事件の発端は、技能実習生のあり方が中途半端だったことにも起因しており、制度の不整備に対して犯罪者達がその穴を悪用したことがきっかけだった。そして、SNSを悪用した『闇バイト』を見逃している事も大きな要因の一つだった。事件の被害者は何の罪もない善良な事業者だったし、犯罪者側も根っからの悪人だけではなく、軽率な行動ではあったが罪を犯したくて関わった者だけではなかった。しかし現場で悪事を働き裁かれるのは、得てして指示を受けて実行している海外からの元実習生であったり、仕事にあぶれている若者であったり、その事件の中で命を失う者さえいた。裏で糸を引いている連中にも階層があり、上に進むほどに闇が深くなる。そして、今回は一介の警察組織では手に負えないほどの闇にぶつかってしまった。それでも、闇を照らす存在は必要であり、闇の中で蠢く邪悪な犯罪者達を果敢に捉え、法の下で裁く事で闇の存在は暴かれるのだ。今回も、闇夜で警戒し、睨みを利かせたのは『ふくろう』のような存在の丈一郎達であり、犯罪者達を上回る連携で犯罪者達を捕えた、『ノスリ』のような猛禽類の牧野警部を先頭にした警察組織であった。今後も彼らの活躍に期待したいが、丈一郎達は高齢者の仲間入りをしており、今回も危うく命の危機があったし、そろそろ若い人達に役割を譲る年になってきたようだ。

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