静かな秋の別荘地で
九月の北浅間村の朝はいつものように涼しくて、昼頃からは暖かくなってくる予報だった。丈一郎は別荘地内をいつものように散歩していた。別荘地の入り口位付近に近づいた時に、別荘地の脇を流れる小川にかかった橋の向こう側にある店舗の駐車場に数台の車が停車しており、五、六人の男女が忙しそうに積み荷を運び入れているのが目に入った。それを見て丈一郎は思い出した、「そうだ、あの美術工芸品店の開店が近いのだった。後で挨拶に行かなくちゃ」と。
店長の名前は守山信造で、長年東京と北浅間村の二拠点生活を続けてきたが、コロナ禍をきっかけに北浅間村に主要拠点を移し、ネット販売を中心に美術品・工芸品の販売業を営んでいる。文化的な暮らしにより地域の活性化を目指していて、倉庫兼ショップを北浅間村の丈一郎の住む別荘地の一角とも言える場所にある、店舗用の二階建ての建物を改装し開業する予定だ。美術品に関する造詣が深く、多くの作家と交流しており、信頼も厚いようだ。彼の仕事を手伝うのは彼の長男の守山功児だ。東京の大学の情報システム科を卒業したが、コロナで通学出来ない期間を自然豊かな北浅間村で過ごし、すっかりそこでの生活が気に入り、IT技術者としてリモートワークをしながら、父の仕事を手伝うことにした。彼らはこの数週間の時間をかけて、倉庫兼ギャラリーショップとして選んで改装した店舗に、展示品を並べる木製の家具の搬入や美術品や工芸品を運び入れ作業を手伝いの人と共にしていた。丈一郎も先日、気になって作業中の店舗の前を訪れ店舗の前で見学していると、店長が気づいて出てきたので挨拶をしていた。店長の守山はとても気さくな男で、店内で梱包を外したばかりの美術品の一部の油絵や陶芸品や木工品を中心とした工芸品を丈一郎に説明を交えて見せてくれた。丈一郎は金銭的な価値はともかく、珍しい色彩の壺や不思議な形の皿などを見せてもらい、感心しつつも、つい幾つかの作品の値段を尋ねた。守山は大凡の金額を教えてくれたが、数万円から数十万円の価値のあるものが多く、感嘆符混じりで驚いたり、感心したりした。中でも紺と紫の色が微妙に混じり合った長方形の陶器は、表面に目で確認できる大きさの凹凸があり、素人の丈一郎でも珍しい一品だと思い、少し遠慮気味に
「これは珍しいんじゃないですか?」
「ええ、これは人気のある作家さんの作品で、こちらからお願いして飾らせて頂いてます。でも、貴重な作品だと良く分かりましたね」と守山は少し驚いたような表情で尋ねると、丈一郎は
「ええ、たまたまですけど、さすがにこの作品の値段を聞くのは止めておきます」
「えっ、どうしてですか?」と今度は不思議そうな顔つきでたずねた。
「いや、失礼な事を申し上げますが、宜しいですか?」との丈一郎の返答に、ますます不思議そうに
「ええ、まあ、構いませんが・・」と言うと、丈一郎は少し躊躇いつつも次のように言い放った。
「あなたは度胸が良い」守山の目を見ながらそう言うので、守山は予想外の評価に戸惑いつつ、
「と、言いますと?」
「こんな貴重な品物を、こんな道路脇の単独の建物に保存陳列するのは、危なくないですか?」
「そうですかね?」と守山は少し困った表情で、道路に面した窓枠を見ながら返事に窮していたが、丈一郎は構わず続けた
「ここらにも悪い奴が結構居まして、今年もすぐそこでも銅線泥棒がありましたし、それをかなり組織的に行った連中が逮捕されました。でも、銅線を盗むよりこの貴重な品物を盗む方が簡単で高価ですよ!」 すると守山は
「ここは公道沿いなので、結構人目につきませんか?盗難をするのには目立ちすぎると思っているんですが。そうでもないですか?」と少し、言い訳めいた感じの反論をすると、丈一郎は
「そうですね、確かに犯罪者は人通りの少ない太陽光発電所を『GoogleMap』で探しだし、事前にこっそり事前調査をして盗みやすさを見極めて犯行に至るようです。でも、たまたまあなたのネット販売のサイトを訪れた『転売ヤー』が、倉庫と店舗の情報を調べて現地調査をすれば、裏社会とつながり太陽光発電所の銅線同様に狙われる可能性があるかもしれません」とかなり断定的に話すので、守山も少し不安になったようで、
「それじゃあ、どうすれば良いですかね?」と丈一郎は尋ねられ、
「私もセキュリティの専門家ではないので、プロにご相談した方が良いと思いますが、夜間はシャッターを閉める方が良いと思います。複数の監視カメラの設置と玄関と窓のガラスには格子のゲートを追加する方が良いんじゃないでしょうか?」と話すと、守山はどうするかを考えるような様子であった。丈一郎はさすがにちょっと言い過ぎたと思い、
「すみません、差し出がましい事を申し上げて、同じ別荘地の住民のようなものなので、もし、何かあったら嫌だなと思いましたので」そこまで話し、”この別荘地で起きた事件や自分が被害者となった事件”に関して今は話すのは止めておこうと思った。「”普通ならばあまり起こらないことが、ここでは起こるのだ!”」なんてことを聞くと、守山は気味悪がって出店を止めてしまうかもしれないと思ったのだ。
「肥後さんでしたよね、色々とアドバイスを有り難うございます。以前、そこの管理事務所で事件があったことは管理人に聞いて知ってますが、そうそう起こることではないと思ってます。でも色々と検討してみます」と守山のコメントに少し安心して、丈一郎はそこを後にして、散歩を続けた。歩きながらこれまでの一年半で実際に起こったことを振り返ると、
「普通では経験しないことにずいぶん直面して来たなあ!」と思わざるを得なかった。「守山さんのように何事もないと思うのが普通なんだろうな」と思い、「きっと俺のことを変な”心配症”の爺さんだと思ったかもしれない」などの考えながら歩いていたが、鳥の囀りに包まれていくうちにそれらを忘れて、自然を楽しみながら自分の別荘にたどり着いた。
その後、しばらくはその美術工芸品店の開店はされず、時々、工事関係の人が出入りしているのでセキュリティ対策を追加したようだった。丈一郎は自分が余計な事を言ったがために開店が遅れたのではないかとも心配したが、これ以上の関与は無用と思い、陰ながら賑やかに開店する日を期待していた。
北浅間村の九月は、平地に比べると比べものにならないほど涼しいが、それでも平地が三十六度を超えるような猛暑日には三十度を超えることがある。この日もそんな朝から暑い日で、北浅間村の万座温泉に向かう有料道路の途中にある『最愛の丘』ドライブインで働く米川肇も、駐車場から名物の『嬬恋の鐘』というオブジェに向かう道を清掃しながらも、額から頬へとつたう汗をタオルで拭いながらの作業となっていた。いつもは谷からの風が吹き抜けると、汗が引くほどの快適さなのだが、今日に限っては無風に近かった。この米川肇は丈一郎と牧野兄弟とは縁浅からぬ関係で、彼の生活が荒んでいた頃からの関係で、事件の加害者側にいた米川を彼らは真っ当な側に引き戻したのだ。その後の彼はその恩を忘れずに心を入れ替えて真面目に生きている。
さて、米川は既に室内の清掃を終えて、建物の玄関入り口、ウッドデッキ、駐車場周りという順番でいつも清掃しており、清掃の最終場所である『嬬恋の鐘』への通路の清掃に入っており、それも間もなく終わりそうであった。ドライブインの営業開始は九時で、今の時刻は八時五十分なので、定刻通りの営業開始に間に合うはずである。
その時、駐車場に二台の黒いセダンが駐車しようとするのが目に入った。米川はそれを見て、最後の掃き掃除を切り上げてドライブインの玄関に慌てて向かった。案の定、二台の車で来た彼らの目的は、ドライブイン内の自動販売機で何か冷たい飲み物を購入するつもりだろう、と彼は予測して玄関入り口に急いだ。幸い来訪者より早く玄関入り口にたどり着き、フロアの蛍光灯のスイッチを慌てて入れ、向い入れる準備が間に合った。二台の車から降りてドライブインに来訪したお客は五人で、二人は中年の男で三人は若い男たちであった。中年の男たちの服装は一人は半袖で襟のある水色のシャツにグレーのスラックスといったサラリーマンぽい格好で、もう一人は紺色で格子模様に襟のあるシャツと茶色に近いベージュ色のスラックスだった。米川は自分が不動産会社で営業している頃にしていた格好と同じようなので、営業関係の仕事だろうと想像した。若者はカジュアルな格好でそれぞれの車から降りてきて、ドライブインの玄関に近づいたので、米川は入り口で笑顔で「いらっしゃいませ」と彼らを出迎えた。時計は九時五分前だったが、時々少し早く開店することもあったので、問題ないと思っていた。この暑い中、外で五分待たすのは失礼だとの判断だ。米川は部屋の奥にある飲み物を提供するカウンターと、簡単なキッチンのある仕切られた空間に、腰まで高さのある両開きの扉を腰で押して開けて入った。昔の西部劇に良く出てきた扉で、飲み物や荷物を持っての出入りの際には便利で、彼は店内が見渡せるいつもの定位置についた。一方、五人のお客さんは自動販売機が三台並ぶ前でどんな飲み物があるのかを品定めをしていた。部屋の両サイドには土産物を飾ってあり、真ん中にはテーブルと椅子が六セット置いてあり、自販機で購入した飲み物とスナックを食べてもよいコーナーで、米川のいる奥のカウンターの上には、飲み物と軽食のメニューを書いた白い看板が天井から吊してあった。カウンターの端にはレジがあり、土産物の精算もそこで行なっていた。米川はさりげなく彼らの行動を観察したが、若者はTシャツにジーンズというラフな格好で、サラリーマン風の中年の男二人との関係がよく分からなかったが、グループである事は間違いなさそうだった。中年の男の一人が若者に対して、「何か好きな物をこれで買って良いよ」と言ったようで、彼らにお札を渡した。若者は軽く会釈をして、「あざーす」といったように見えた。多分千円札が二枚だろうと米川は推測した。中年の男二人は米川のいるカウンターまで来て、メニューを数秒見て、
「俺はアイスコーヒーにするよ」小柄な男が言うと、もう一人の痩せた男が
「はい、分りました」と言って、米川に
「アイスコーヒーを二つね」とオーダーした。米川は
「はい、分りました。出来ましたらそちらのお渡し口でお渡しします」と言って、早速アイスコーヒーの準備に移った。ガラスの透明なグラスを棚から二つ取り出し、冷蔵庫から氷を掬いグラスに入れ、同じ冷蔵庫から早朝ドリップして冷やしておいたコーヒーを注いだ。お盆にのせてシロップとミルクとストローを添えてから、テーブルで待っている二人に声を掛けた。
「アイスコーヒーをオーダーされたお客様。ご用意が出来ました」痩せた男がすぐにカウンター横の受け渡しの所に来たので、
「コーヒー、お二つで八百円になります」と言ってお盆を差し出した。男は財布から千円札を一枚出したので、米川は
「千円頂きましたので、二百円のお釣りになります」とレジスターを操作してお釣りを渡し、カウンターの中から笑顔で
「有り難うございます」と大きな声を出したので、テーブルで待っていた小柄な男は思わず米川の顔を見て、軽く微笑んだ。米川は彼の顔を見て少し違和感を感じた。どこが?と言うと適切に表現できないが、以前仕えていた悪い連中と同じような陰と威圧感を持っているように感じたのだ。ただそう感じただけなので、あまりジロジロと見ないように気をつけようと思った。
その男がテーブルに戻った頃には、若者三人も自販機で購入した飲み物をそれぞれ持ってテーブルについていた。彼らの話し声が、かすかに米川にも聞こえてきて、「おお、このコーヒー上手いね」「ええ、本当に。ここでわざわざ煎れてるんじゃないですか」「ああ、そんな感じだな」と言うのが聞こえた。米川は密かに「よし、分ってくれた」とほくそ笑んでいた。彼は、知り合いのカフェの店長から紹介されたコーヒー焙煎店から直接コーヒー豆を数種類仕入れ、毎朝その豆を組み合わせてコーヒーミルで挽き粉にして、紙フィルターでコーヒーをいれて、急速冷蔵で冷やしていた。氷もドライブインの途中にある美味しい水の湧き出る場所で、毎日汲んだ水を冷蔵庫で製氷した物を使っていた。今日はシロップを足さずにストレートで飲んで、コーヒーの香りと涼感を得られるような組み合わせにしたつもりだった。しかし、米川のお客さんの感想に満足している、その心地よい満足感はすぐに打ち消されてしまう。それは、彼らが十分ぐらい滞在している間に、「ばれないように」とか「さりげなくスマホで撮れ」「カメラの位置」「大体の大きさ」のようなキーワードもかすかに聞こえてきた。米川は以前関係した事件の後遺症で、会話の中で犯罪に関連するキーワードをどうしても自然と聞き取ってしまうようになっていた。米川は「まさか」とは思ったのだが、先ほどコーヒーを取りに来た男がコーヒーを飲み終えて、お盆を持ってきて「ごちそうさん」と言ったので、「有り難うございました」と少し大きめの声で言ったときに、もう一人の小柄な水色のシャツにスラックスの男が席を立ち、駐車場に向かう前に米川の方を振り返った時に顔を見て「あっ、どこかで見た顔だ」と思ったのだ。その瞬間には思い出さなかったが、彼らが車に乗り山道を下っていった後に、突然思い出した。一月ほど前に以前よりお世話になっている牧野警部がドライブインに立ち寄り、指名手配犯の写真入りのポスターを持ってきたので、目立たないようにカウンターの内側に貼っておいたのだが、その写真に似ていると思ったのだ。手配犯の写真の男は眼鏡をしておらず、髪も長めで髭も生やしていなかったが、先ほどの男は眼鏡を掛けて、髪は短く、鼻の下に髭を生やしていた。しかし、やや細く冷酷そうな目つきと鼻筋がそっくりだった。身長は手配書と同じく小柄で、どことなく暗い陰湿な雰囲気にゾッとしたのだった。確信はなかったが、牧野警部に連絡しようと思ったのだが、すぐにその後は次々にお客が訪れて、電話をするタイミングを失ってしまった。客足が途絶えて米川が牧野警部に連絡できた時には時間は十一時過ぎになっていた。その時には逆に牧野警部が電話に出れずに、その後電話がかかってきた時にはお昼を過ぎていた。米川が電話に出ると、
「米川君、ごめん、ごめん。重要な会議が始まってしまい、遅くなったね」と相変わらず気さくな牧野だった。
「あっ、警部。お忙しいところをすみません。実は、今朝例の指名手配のポスターに似た男がドライブインに現れまして、」と事のいきさつを話すと、
「そうか、やはりこの辺りに出没しているようだね。実は他にも奴の目撃情報が入っていてね。顔写真と違う所は髪が短く、口ひげと、眼鏡だね。それに、何か窃盗する前の下調べのようなことをしていたのかもしれないね」
「はい、そうです。それに黒いセダン二台で来て、相棒のような中年男と若いメンバーが三人です」
「ありがとう。参考になるよ。すぐに共有しておく。コーヒーを気に入っていたのなら、また、寄るかもしれないのでその時はまた連絡くれないか?ただ、奴はとても危険なので絶対に余計な手出しは無用だよ!」
「はい、もちろんです」と言って、会話は終わったが、米川の心はざわめいていた。「あの若者達はここらでは見かけない連中だが、どうせSNSのサイトで募集して集めた連中だろう。でも、実行犯をさせられるのは彼らだ」と牧野警部が言っていたので、可哀想だとも思うが自分も犯罪に近い事に加わった経験もあり、安易な行動に腹も立った。牧野警部やそのお兄さんや肥後さんと知り合うようになって、自分の生き方や考え方が大きく変わっていたが、身近な若者が犯罪に巻き込まれるのは何とか阻止したいとも思っていた。
米川はそれから、数日間、また彼らが訪れるような気がして気をつけるようにしていたが、現れず終いだった。そんなときにある親子のような二人連れがドライブインを訪れた。平地では”茹だる”ような暑い日の午後に彼らは訪れた。玄関から二人で並んで入ってきた。まさに傍目にも仲の良さそうな雰囲気で、五十代から六十代の父親と二十代の息子のようだと米川は予想した。二人はお土産をよく見ながら、奥に進んできたが、父親の手には『愛妻の鈴』が握られており、息子の手には『愛妻の鈴』の焼き印の施された『コースター』が握られていた。父親が「コーヒー飲むか?」と息子に向かって聞くと、息子は「ああ、良いね」と答えながら二人は米川の待つカウンターに近づいた。そして、メニューを見て父親が、息子にメニューを見たまま「アイスで良いよな?」と聞き、息子も「ああ、良いよ」とやり取りをした後、
「ええと、このお土産とアイスコーヒーを二つお願いします」といって、すぐに息子の手にあるお土産に気づき、「それは、どうする?」と聞くと息子は、「ああ、これは自分で払う」と言うので、米川は
「アイスコーヒーをお二つですね。コーヒーは準備が出来ましたら、お声をおかけします。精算はこちらでお願いします」と話し、レジの前に誘導した。米川はお土産をそれぞれドライブインのロゴの入った茶色い袋にいれて、二人に丁寧に渡し、お釣りを渡した後に、
「有り難うございます」と笑顔で言った。二人は一番近くのテーブル席に座って、お土産の袋から自分の買った物を出して見せ合っていた。米川はアイスコーヒーの準備をしながら、「やっぱり、仲の良い親子だ」と感じていた。そして、出来上がったアイスコーヒーをカウンターから渡した後に、乾かしていたグラスやお皿を乾いた布巾で拭き、後ろ側の棚に整理しながらさりげなく二人の様子を伺った。まず、父親がアイスコーヒーをストローで飲み、すぐに
「おお、これ美味しいね」と感想を言い、息子の顔を見ると息子も同じようにストローで飲んだ後に、頷きながら
「うーん、上手い。アイスなのに香り良いし、苦みも丁度良い」すると、父親は「うーん上手い」と言いながら、シロップを足して味見をして、「シロップを入れても良いよ」と息子に話しかけた。息子も同じようにして良く味わっている様子だった。カウンターの中に居る米川はこの様子を見て、「ひょっとしたら同業者かな?」と思った。親子は飲み終わった後に、二人でカウンターに近づき、米川の顔を見ながら、
「いやー、コーヒー美味しかったよ。ご馳走様」と丁寧に挨拶してくれたので、米川も嬉しそうな顔で
「そうですか、良かったです」と答えた。
「また、来るね」と父親が言い、息子も笑顔で米川に軽く会釈をして二人はドライブインを後にした。米川は彼らに
「また、お待ちしています」と声をかけたが、こういうお客さんが増えるように、「コーヒーだけではなく、他のメニューでも喜んでもらわないと!」と前向きな気持ちを強くした。
そして、その親子は社交辞令ではなく、宣言通り数日後にドライブインを訪れた。今度は午後三時頃で、やはり暑い日だったがドライブインは標高千二百メートルの高地にあるので、平地ほどの暑さではなく、特にその日は風が吹くと涼しさを感じるほどであった。二人はメニューを見ながら
「今日はホット・コーヒーとサンドイッチにしようかな」と父親はオーダーし、息子は
「俺はアイス・コーヒーとホットドックをお願いします」とオーダーした。米川はオーダー内容を確認し、レジで精算した後に、今日は少し組み合わせを変えてきたなと思いつつ、自慢の軽食の組み合わせの準備に入った。そして、調理が完了し
「サンドイッチとホットドックとお飲み物の準備が出来ました」と調理した軽食を提供した。簡単な調理であるが、米川としては工夫をした料理であり、きっと満足してもらえると自信を持っていた。サンドイッチには耳を切った地元のパン屋の食パンを使い、前日の夜に作ったポテトサラダとシャキシャキのレタスと卵を特製のドレッシングを掛けて作ってた自信作だった。ホットドック用のソーセージは軽井沢に工房がある結構有名なお店の物を使い、マスタードソースも幾つかの候補から選んでおり、パンは同じく地元のパン屋から毎朝直接仕入れしていたのだ。地元の食材をふんだんに使った物だった。その日はカウンター近くには家族連れが席を占めていたので、親子は調理が出来るのを、少し離れた席に座り室内を観察しつつ待っているようだった。実はこの親子は、丈一郎の住む別荘地の管理事務所の横に、美術工芸品のお店を出店する準備をしている守山親子だった。米川が彼らに調理が完了した事を告げ、親子は二人でお盆を取りに来て、自席に戻り食べるのを米川はカウンターの中から見ていると、美味しそうに頷き合っているのが見えた。彼はこの春に調理士免許を取得しており、コーヒー以外の料理も出せるようになっていたが、一人でほとんど全てを切り盛りしているので、込み入った料理や手間のかかる料理はメニューに出来なかった。カレーやスープなどのように、冷蔵庫などに保管し、鍋などで暖めるだけで出せるメニューには挑戦しようと準備はしつつあった。今はYouTubeなどで料理・調理方法の動画が見れるので、休みの日には色んな料理に挑戦し、家族や知り合いに提供し、代わりに感想やコメントをもらうようにして、ドライブインで提供するメニューの充実を計画していた。そんな時にこの親子は訪れたのだった。
親子は食後に笑顔でカウンターの中の米川に会釈をしながら近づいてきて、父親が名刺を差し出してきた。名刺には"美術工芸品取扱”『浅間高原屋』店長守山信造と書かれていて、店舗コーディネータという資格が併記されていた。次に、息子が名刺を出してきた。そこにはシステムエンジニア守山功児と記載されていて、ITコーディネータとか米川が聞いたことのない資格が幾つか併記されていた。そして、父親が自己紹介がてら話し出した。丁度、店内のお客が引けたときだったので、途中から近くのテーブルへと三人は移動し話しの続きをかなり和やかに続けた。最初はお互いの事を知るための和やかな会話に始まり、それぞれのこれからの計画に関するテーマとなり、知らぬ間に三十分ほどの時間が過ぎていた。次のお客さんが来たタイミングで、
「今度、休みの日にうちのお店に遊びに来てよ」との父親の誘いに、息子が「いいね。是非、おいでよ」と友達のような追いかけた誘いに、米川も「ええ、是非、お邪魔させてください」と応え、二人は去って行った。米川はなんとも言えない良い気分になっていて、営業終了まで二人との会話を思い出しながら仕事を続けた。彼は仕事を終えて、彼らの名刺を良く見て驚いた。肥後の住む別荘地で、何と彼が以前関わった事件の舞台となった管理事務所のすぐ側の店舗で彼らは開業しているのだった。米川の高揚感は一気に冷めて、「流石にあそこには行けないな」とがっくりと頸を項垂れた。かれは、家に帰っても浮かぬ顔つきをしてたので、姉が心配して
「肇、何かあったの?ドライブインはすごく評判が良いと聞いているよ」と尋ねると、米川は
「ああ、順調にいってるよ。コーヒーも軽食も美味しいってよく言われているよ」
「じゃあ、どうしたの?」と聞かれるので、今日訪れた親子の名刺を出しながら説明をした。姉は喜んで
「へえ、良いお友達が出来そうね」と少し脳天気に言うので、米川は「名刺の住所を見てよ!」少しだけ苛ついた口調で指摘すると、姉はそれを見た瞬間に表情を曇らせ、
「ええっ、あそこなの?・・寄りによって」と少し黙ったが、姉の夫で同居している義兄も名刺を見て、後ろ向きのことを言うのかと米川は予想したが、
「そうなんだ。でも、もうそんなに肇君が気にする必要はないと思うよ」と逆に元気づけてくれた。姉も夫の意見に同調し、
「そうよ、もう気にしないで良いよ。行ってきなさいよ」と励ますのだが、肇の気持ちは晴れたようではなかった。次の休みの日に米川は思い切って丈一郎の別荘を訪ねた。もし、在宅なら相談しようと思っていた。あの事件の後、丈一郎や牧野兄弟とは何度か会っていて、丈一郎の別荘を尋ねた時に「いつでも気軽においでよ」と暖かい言葉をもらっていたので、その言葉に甘えて例の件を相談しようと思って訪問したのだ。
土曜日の朝十時頃に別荘を訪ねると、丈一郎は日除の帽子を被り、虫刺され防止なのか長袖のシャツを着て、手には小さな鎌を持って、草刈りをしていた。訪れた米川にすぐに気がつき、
「おう、米川君。今日はどうした?」と明るい声を掛けてきた。
「すいません。突然お邪魔しちゃって」
「いや、いや、全然構わないよ。ちょっと待ってて、すぐに終わるから」と行って、草刈りの最後の仕上げをして、鎌を倉庫に片付けに行き、米川を別荘の中に招き入れた。米川は丈一郎の別荘に入るのは三度目だった。居心地の良いリビングで冷たい麦茶をもらい、丈一郎が汗を拭った頃に、米川は丈一郎に
「肥後さん、守山さんはご存じですか?」と尋ねると、情報通の丈一郎は当然のように
「ああ、知ってるよ。別荘地の入り口に今度お店を出したよね。守山さんがどうかしたの?」と逆に聞かれ、先日からの話しを丈一郎にしたのだ。丈一郎は笑顔で話しを聞き、
「それは良い出会いだね」と喜んでいる様子だが、米川が尋ねてきた理由を察し、
「米川君、過去のことは気にせずに進めば良いよ。そうだ、これから一緒に行こうよ、ねえ」と誘ってきたので、驚きはしたが、
「良いのですか?ご一緒してもらっても?」
「ああ、もちろん。ちょっとだけ待ってくれる。この格好じゃ他のお客さんがいたら、みっともないから」とリビングから出て書斎に着替えに行った。米川はそれでも一抹の不安を抱えていたが、これからもあの事を忘れることはないし、何かの時には正直に話すしかないと覚悟は決まっていた。そして、丈一郎と守山のお店に歩いて向かった。お店は朝日が当たり明るい雰囲気で営業していた。二人が玄関に入り、「こんにちわ」と声を掛けると、すぐに奥から守山が玄関に歩いて来て二人を出迎えた。
「いらっしゃいませ、肥後さん」と挨拶をすると、丈一郎の横に立っている米川に気がついて、
「ああ、ドライブインの米川さん。先日はご馳走様!」「あれ?お二人はお知り合いなんですか?」と驚いた様子で二人を交互に見た。丈一郎は、笑顔で
「ええ、そうなんですよ。縁があって親しくしてます、ねえ」と米川を見たので、米川はその場は頷くのみにした。
「へえ、驚いたな。彼のお店には二度ほどお邪魔してましてね。美味しいコーヒーとサンドイッチとかを食べさせてもらって、今度一度ゆっくり話しがしたいと申入れていたんですよ。いや、それにしても驚いた。肥後さんのお知り合いとはね」
「ああ、そうか守山さんもお店で出来ればコーヒーや軽食を出したいと言ってましたね」丈一郎は守山と米川の共通項を見いだした様子だった。
「ええ、そのために米川さんから色々とお知恵をお借りしたいと思ってまして」と守山が話すと、米川は照れた様子で、
「私のつたない知識、いやただの工夫レベルですけど、それで良ければ・・」と言い、丈一郎はすぐに
「米川君のところのコーヒーは美味しいですよね。私も毎日家でコーヒーを煎れるけど、あの味は出ないね」と褒めると、米川は照れくさそうに頭の後をさすった。守山はそれを笑顔で見ながら、「どうぞこちらへ」と、洒落た応接ソファに二人を招き入れた。ソファーの周りには綺麗に整理して陳列された美術工芸品が並んでいた。以前、丈一郎が来た時とは比べ物にならないほどに整理されていた。米川は初めてなので、キョロキョロと品物を見ていたが、
「凄いですね。こんな立派な物が並んでいるを見たのは初めてです」と素直に驚いていた。すると、彼らの訪問に気がついて二階から息子の守山功児が降りてきた。彼も丈一郎と米川が並んで座っているのを見て、目を大きく広げて驚いていたので、父の信造が二人が知り合いだと説明をすると、「へえ、そうだったんだ」と納得した様子だった。父が功児は別の仕事もしているので、二階にワークアエリアを作ってあると説明すると、功児は
「私はIT関連の仕事を個人事業主で請け負っていまして、リモートワークで対応しているんです。中身はWEBサイトやメールでの広告のデザインの仕事で、大抵夜に集中してやってます」と自分の仕事を説明した。米川は前回名刺を見た時は良く理解できなかったが、その説明を聞いて感心しきりで、
「いわゆる”ITエンジニア”という花形の仕事ですね。はあ、すごいなあ!」などと、守山家側の話が一頻り終わると、本題の美味しいコーヒーと軽食の作り方の話になった。米川がドライブイン出しているコーヒーは、北浅間村で焙煎している豆を使って出していることと、毎朝彼なりに厳選したコーヒー豆を挽いて、フィルターでドリップして冷蔵したアイスコーヒーを出していることを説明した。サンドイッチのパンは毎日パン製造会社から仕入れていること、そしてソーセージは軽井沢の美味しいことで有名なお店の物を仕入れている事などを話した。まさに”地産地消”を目指していることを説明した。守山親子はそのことに大いに賛同し、米川に是非その仕入れ先を紹介して欲しいと申入れて、米川は快く承諾した。仕入れ先は彼の姉や義理の兄の紹介による店なので、問題なく相談に乗ってくれると思ったのだ。
そんな話しを進めているうちに、守山のお店の前にサイレンを鳴らさずにパトカーが停車した。守山と丈一郎が気になって玄関まで行くと、パトカーから降りてきたのは牧野警部と麻山刑事だった。丈一郎は、気軽に手を上げて挨拶をすると、玄関口まで二人は笑顔を浮かべながら歩いてきた。横で守山はちょっと緊張した面持ちでいたが、牧野警部が刑事らしくない明るい口調で、
「丈さん、この間はどうも」と軽く会釈をし、隣の麻山刑事は頭を下げてきたので、守山はこのくだけた関係にやや驚いた。丈一郎は警察関係者なのか?と一瞬思ったが、牧野警部は
「実は米川君にちょっと用事があったので自宅に電話したら、丈さんの家に行くと行っていたので、次に行く予定のところの途中なので来ました」そこまで話して、守山に挨拶していないのに気づき、
「ああ、失礼しました。群馬県警の牧野と申します。こちらは、刑事の麻山です」丈一郎は米川に用事があるというのが気になっていたが、牧野警部がその心配を打ち消すように、
「米川君から貴重な情報提供を受けてまして、そのお礼と今後の事を少し相談したくて彼に会いたかったんですよ。その情報は例の手配中の男に関係する情報なので、丈さんも一緒にいた方が好都合かなと思いましてね」丈一郎はそこまで聞いて、「なるほど」と納得した。その話はすぐに聞きたいと思ったが、流石にここではまずいと思ったので、守山に
「この方達は歴とした刑事さんなんですが、二人ともたまたま私の友人のご親族なんです。実はある事件で私も少し被害を受けたのですが、その関係で相談に来てくれたんです」と話し、守山の疑問は大方なくなったが、丈一郎が被害を受けたとはなんだろう?と思ったが、差し出がましいと思い黙っていると、丈一郎の
「ご相談は私の家でしましょう」という一言で、守山の店を出ることになった。丈一郎の別荘には外からはやや目につきにくい駐車場があるので、パトカーで先に行ってもらった。丈一郎と米川は守山親子に挨拶をして、徒歩で少し遅れて牧野警部と麻山刑事に合流した。すると米川と麻山は顔を合わせた瞬間にお互いに、
「ああ、やっぱり北浅間中の米川だよね?」
「はい、もしかして群馬元中の麻山さん?」
「おおう、そうなんだ。元気かい?」 と麻山は嬉しそうな声をあげた。米川の方も
「麻山さんは刑事をしていたんだ?そうか?えっ、もしかして牧野警部が上司なんですか?凄いな、それは!」 麻山は笑顔で頷いた。
「あれ、二人は知り合いなのか?」と二人で盛り上がっていたのを見て、牧野警部と丈一郎は驚いた様子だった。麻山刑事は手短に中学時代に郡大会の決勝で対戦したことを話した。群馬元中の麻山が三年生で四番でピッチャー、北浅間中の米川は二年生で同じく四番でショートだったそうだ。最終回に一点差でランナー二、三塁でツーアウトになり、先行の守りはピッチャーが麻山で、後攻の攻撃側は米川に打順が回ってきていたそうだ。そして、麻山のストレートを米川が強振し、大きなセンターフライが上がり、あわやサヨナラ打となりそうなのを、センターがナイスキャッチして試合終了となったそうだ。
「そんなつながりがあったんだ。世の中、本当に狭いな。ねえ、米川君」と丈一郎は奇遇に喜ぶと、米川は
「私がお世話になっている肥後さんと牧野警部が麻山さんとお知り合いだったなんて、本当に驚きました」そんな話しから始まったが、牧野警部と麻山は休日にもかかわらず仕事中の様子なので、本題に入った。麻山はリー・シュンユの手配中のポスターの写真をコンピュータ処理した、短髪で口ひげを生やし、眼鏡を掛けた写真を持参したPCの画面を米川に見せた。米川はその写真を見て、
「そっくりだけど、頬はもっと削がれた感じだった」と付け加えた。同行していた男の特徴や人相に関する情報も付け加えた。米川は
「確かではないが、彼らが話していたのは、もしかすると次のターゲットに関する話かもしれない」と付け加えた。守山親子には言うのはさすがに躊躇ったそうだが、丈一郎もドキッとした。
「まさか、あの店が狙われているとは!本当に犯罪者は常にターゲットを探しているんだな」と寒気さえ感じた。牧野警部ももしそうだとしたら、絶対に阻止したいと考え、
「お店のセキュリティに関しては、警察から連絡して強化するようにアドバイスしてみる」と約束して、次の予定の場所に向かって、パトカーで去っていった。米川も程なくして、バイクで帰って行った。
その数日後、もう一つの出会いが別荘地の中で有った。丈一郎の別荘と管理事務所の間には十件以上の別荘が建っていたが、その中に丈一郎よりも一年早く移り住んでいる初老らしき男の家があった。名前は相模勇治。長年静岡で建築関係の事業を経営していたが、年齢的な限界に挑戦するべく趣味のアウトドアスポーツを極めるために北浅間村に本拠を移した人だ。見かけは以前流行した『ちょい悪親父』風で、モトクロスバイク、バギー、スノーモビルを数台ずつ所有し、小ぶりな別荘を大幅に自分で改造し、新たに新築した大きな倉庫に、数台ずつ持っている乗り物を保管していた。夏場はモトクロスバイクの試合に出たり、大会の運営支援をしたりしている。バギーは山菜採りの際に林道を上るときに使い、多くの山菜を採ってきて料理を作る。そして、冬場はスノーモビルで農道を走らせるそうだ。別荘には遊びの拠点としての宿泊のほか、乗り物のメンテナンスや色んな作業があるときは数週間滞在する。母屋は仲間が泊まりに来ても困らないように、一部屋分増築し、基礎工事から床板張り、柱の増築、壁板作成、窓枠設置等の工事を自分で実施しており、倉庫は前述の通り趣味の乗り物を保管できる大きさの立派な建物を、ほとんど自分で設計・製作した。この相模も早朝に別荘地内を朝や夕方に散歩することが多く、管理事務所の向かい側のテナントにお店が出来たのも知っていた。今度覗いてみようと思っていたが、営業日が週後半に限っており、自分のレースや予定とぶつかることが多かったが、ある週末の土曜日に何も予定がない日が出来たので、少し遅めの朝の散歩の途中でお店を訪れた。別荘地の入口の橋を渡った先にある守山のお店には、既に日差しが強く差し込んでおり、明るい雰囲気をより強めていたので、相模も入りやすかった。彼が玄関のドアをくぐると、店の中から元気な声が聞こえた。守山の声だ。
「いらっしゃいませ。」
「おはようございます」と相模は玄関口で柔和な感じの笑顔で挨拶した。
「あれ、あなたはこの先の別荘に住んでいる方ですよね?」と守山は尋ねた。
「ああ、そうです」相模は少し驚いて応えた。
「時折、お見かけしたので、まあ、どうぞお入りください」と守山はソファに手招きした。相模は周りを感心したように見ながらソファに腰掛けた。守山は相模が美術品の数に驚いた様子なので、
「これらの美術品は別の場所に倉庫があって保管していたのですが、人にお見せできるような環境ではなかったので、ここに倉庫兼ギャラリーショップを構えたんです。私はこの近くのシャクナゲ台に住んでいるんですが、別荘の運営会社が一緒なのでこのテナントの紹介を受けて今年から開店することにしたんです」
「へえ、そうなんですか?この辺には数軒の飲食店しかないので、こんなオシャレなお店は珍しいんで寄らせてもらいました。美術品には詳しくないので、ほんの冷やかしですが大丈夫ですか?」と相模はいつもの渋い笑顔で話し、守山は
「ええ、大丈夫です。今後、コーヒーや軽食も出来るようにしたいと思っていますので、お気軽にお越し下さい」と機嫌良く応え、
「ああ、そうなんですか?そうなったら、是非また寄らしてもらいますよ」と相模も応じた。その後、守山が美術品に関する事と店のコンセプトについて話し、相模は興味深く話しを聞いていた。少し、話しが途切れた後に、守山は気になっていたことを尋ねた。
「相模さんのお宅には、スノーモビルがありますね。あれは冬場にこの辺で乗るんですか?」
「ええ、この先の農道で仲間と乗って遊んでます。一応、村役場と警察には相談し、許可を取ってます」とルールは守るちょい悪親父を強調した。
「結構、坂もあるし、面白そうですね。それから、大きな倉庫をお持ちですが、あの中も全部スノーモビルなんですか?」
「あの倉庫の中には、モトクロスバイクとバギーが数台が有ります。この近くにモトクロスのレースをできるコースがありまして、そこでレースに出たり、運営をしたりしてます。バギーは山道を登って山菜採りをしているんですよ」
「ほう、そうなんですか!アクティブで良いご趣味ですね」とお互いの趣味や事業の話しや子供達の話しで大いに盛り上がり、
「そうですか、息子さんと趣味も一緒だなんて羨ましいですね」と守山が羨ましがると、相模は
「ええ、それは良いんですが、女房が仲間はずれのようになっていたんですが、この頃は息子の嫁と観劇やら芝居なんかを一緒に行ってまして、お互いに干渉しないようにしています。お宅はどうですか?」
「うちは女房は三年ほど前に病気で亡くなっていまして、自由気ままな身分です」
「そうなんですか。余計な事を聞きまして済みません」二人は気が合いそうな人だとお互いに思い、今度は一杯やりながら話そうと約束し、相模は守山の店を後にした。この出会いが冬に守山の危機を救うことになる。
米川と麻山、米川と守山親子、守山親子と相模親子というつながりの間に、丈一郎と牧野兄弟そして太子が絡んでいるが、秋が深まる季節の中では彼らにしては平穏で前向きな日々が続いていく。一方でリー・シュンユを捕まえる手がかりもつかめていない事でもあったので、牧野警部にとっては歯がゆい日々でもあった。県外では新潟県と栃木県を中心に情報を入手したが、どれも盛り場で見かけたという類いの情報で追跡が難しく、その後の栃木県や群馬県内での闇バイトによる窃盗や強盗の発生も、リー・シュンユの関与が疑われる事はなかった。彼とは無関係の"雨後の竹の子"のような闇バイトでの犯罪が多く、これらも実行犯が数人逮捕されるが主犯につながる証拠がないものだった。つまり、実行犯は首謀者である犯行の企画者のことは知らないままに犯行を犯し、強盗や被害者に大けがをさせるような犯罪の場合、軽くバイトのつもりで加担したにもかかわらず、実行犯として重罪になる裁判もあった。牧野警部はリー・シュンユのような裏で犯罪をコントロールしている主犯を捕まえない限り、この傾向は変わらず、相変わらず国内外の若者が安易な犯罪に手を染める、不幸な状況を解決出来ていないことに苛立っていた。
しかしある時、休憩時間に麻山が愚痴のように牧野警部に
「警部、リー・シュンユの行方はつかめませんね。このまま逃げ切られるのでしょうか?」と牧野に言うと、牧野はいつもと違い能天気な返事をしてきた。
「麻山、果報は寝て待てという格言を知らないのか?」と言うでははないか!麻山は
「ええっ、警部どうしたんですか?警部らしくない」
「麻山、肥後さんとうちの兄貴がそう言うので、俺もそれに乗ることにしたよ」と牧野が暢気なことを珍しく言うので、麻山は牧野警部も諦めたのかな?と思う有様だった。しかし、牧野はリー・シュンユの情報が少ないのは、奴が干上がってきているのと同じ事だと思っていた。彼のような広域に指名手配されている被疑者が、一般人と同じ仕事をして、稼ぎを得ているとは思えなかったからだ。




