AIにゃんらるリンク
博士は言った、
「できたぞ、遂に完成だ! 『AIにゃんらるリンク』だ!
私がその叡智と労力と全財産を注いで作り上げた! これが、これこそが、世紀の大発明だ!」
Ⓒ,2026 泊波佳壱(Kaichi Tonami).
小説家になろう(ID:2989483):重複掲載「 カクヨム(ID:@TonamiKaichi) :pixiv(ID:user_xfnh4258) 」
ここは住宅街の中の古びた家。
大きさだけなら周りの家にも負けていないが、洗練されてオシャレな一軒家の住宅が立ち並ぶ中で、その一軒だけは、今にも崩れそうなくらい古くて色あせていて、風が吹くだけでも扉や窓ががたがた言いそうなたたずまいだ。
玄関を入ると、壁が幾つか取り払われ、中は大きな空間になっている。
建て物とは不釣り合いな感じの、最新式のコンピュータや大きな机、いくつものモニターが並んでいる。
この家の持ち主は研究に人生をささげた博士。
住人は、博士の他に、住み込みの助手が一人だ。
「できたぞ、遂に完成だ!」博士が突然に大声を上げる。
「例のルーチンのバグが、やっと取れたんですね」助手の声は小さく、冷ややかだ。
博士は、驚いて目を丸く見開いて助手の方を見たが、すぐにモニターに向き直って、両手を広げた。
「そうじゃない、完成だよ! これで世紀の大発明の全てが、ついに完成したのだ!」
「……」
「これこそが世紀の大発明『AIにゃんらるリンク』だ! どうだ、すごいだろ!」
「……」
「このワシの感動を見て、その、うっすーい反応はいったいどういうことだ?」
熱がこもる博士の発言とは裏腹に、冷めた口調で助手が質問する。
「猫の気持ちを言葉にする装置だそうですが、未だにわからないんですが、それってそんなにすごいんですか?」
「君はまだそんなことを言うのかね。猫がその本当の気持ちを私たちに人間の言葉で語りかけてくれるんだぞ、すごいではないか」
「いや、その方向性はわかるんですが、既にあるじゃないですか、それとの違いが……」
博士はイラッとして食い気味に言葉をつなぐ、
「違いは明白だよ! 何となくの感情タイプを表すというものではないのだよ、これを使えば、完全に猫が人間になると思ってもよろしい!
この装置の主な特徴を列記してやろう
・人間と同じ知能(五歳児程度) = 人としての知識や学問、社会経験相当)を習得
・十五歳程度の日本語の語彙力 = 意味が分かり発言できる
・人間の考え方 = 感情や欲求に基づく思考・行動・主張し交渉する力を習得
・人間社会の法や習慣を習得 = 六法全書くらいはスラスラ言える
・過去二十年間の様々なメディアのコンテンツを記憶
どうだ、この首輪をつけて三日過ごすだけで、その猫はこれだけの能力を獲得するんだ。
もはや人間と何が違うんだ? ってくらい、すごいだろ」
「BMI=ブレイン・マシン・インターフェースとかニューラルリンクなどと言われるやつですよね」
「そうだ、わかってるじゃないか」
「理論はいいですよ、もう何度も聞かされて、耳にタコってやつです。本当にそんなこと……」
「何を言っている。ほれ、ここに出来ているではないか」
「製造物責任法の対応書類や申請とか、それ以前に臨床テストとか、さんざん付き合わされましたからね」
「良く頑張ってくれた、完成をともに喜んでくれ!」
と、とにかく博士は自信満々だ。
なのに助手の顔は曇ったままだ。
「いや、そうじゃなくてですね、博士。私が言いたいのは、この形で本当に売れるんでしょうか? ってことです」
「物は出来たんだ。すごい性能なんだ。みんな使ってくれさえすれば、この凄さはわかる! すぐにこの良さは証明されるのだよ。
さあ、これを量産してドンドン販売するぞ!」
「うまく言えないんですけど……」
「煮え切らん奴だな、猫という家族が真の対等な家族になる世紀の瞬間がまもなく訪れる! その感動を、人と猫とで手を取り合って喜んでもらうのだ」
「はいはい、わかりましたよ、工場の製造ラインを準備しましょ」
かくして「AIにゃんらるリンク」は、猫を飼っている一般家庭に向けて、鳴り物入りで大々的に販売開始となる。
ここはある利用者の様子
ペットを飼うことが許されているマンション、若い夫婦と、三歳の子供の三人家族。
夫婦どちらも、子供の頃から、家では猫を飼っていた。だからことさらに、「子供の情操教育には、猫のいる暮らしが最適」などと理由を付けなくても、家に家族の一員として猫がいる暮らしは自然なのだ。
パパは今日も仕事の帰りが遅い。たいていはママが猫の世話をすることになる。
「ちょっと高かったけど、あの首輪をつけてから三日が立つわね、いろんな言葉が話せるようになって本当にうれしいわ」
「ニャー」
「あら、レオちゃん、珍しくいつもの鳴き声なのね」
「ちょっとサービスしてみた(笑)」と、猫が発言する。
「そうなのね。ほら、ごはんの時間ですよ」
「うん、確かにお腹はすいたんだけどさ、生まれてこのかた、ずっとそのカリカリばかりだからな、正直他のものも食べてみたいんだよな、何か無いかい?」
「あら、そうなの? いつもおいしそうに食べてくれてたじゃない?」
「食べたことのあるものしか知らなかったからね、腹が減ればくらいついてたのさ。
あるだろ? 牛肉とか豚肉って言うんだろ。
あと鶏肉? そういうものもぜひ食わせてくれよ」
「そうなの? すごーい、レオちゃん。
そういうことまでわかっちゃったのね。驚いちゃうわね。
もう完全に私たち人間とおんなじね、すごいわ。
実はね、今日の夕食は「すきやき」なの。
わかるかしら、それを少し取り分けてあげましょうか」と、ママとしては大奮発のつもりだ。
「いやいや、まってくれ。
ネギとか葛切りとか、そういうものと一緒に煮込んだら体に毒なんだ。
俺たち猫は肉食で、それ以外は基本食べられないんだ」
「えっそうなの?」想定外の反応に、戸惑っているママ、
「そんなことも知らずに何年も一緒に暮らしてきたのか。下手したら死んじゃうところだったじゃないか。
特にタマネギ・ネギ・ニラ・ラッキョウなどはかなり毒なんだ、だからしみ込んだ汁だけでも危険なんだよなー。
可能なら調理前の肉だけ少しおくれよ」
「……」饒舌すぎる可愛げのないネコの言葉に、ひたすら戸惑っていると、
「ニャー」と鳴く、猫。
「えーっ、鳴いてごまかさないでよ。ひどい」と、言ってみたものの、抗議のニャーとは違う、今までには無かった馬鹿にされたような対応に、内心悲しくなっている。
ちょうどそこに、子供が部屋に入ってきて、
「レオちゃん、おいで」と抱きしめようとする。
「シャー! おっと、悪いが今は腹が減ってそんな気分じゃねー。後にしてくれ」
この反応に子供は驚いて泣きはじめる。
ママはそれを見て、おろおろする事しかできない。
猫本人は無言のまま耳をツンと立ててストストと歩き出し、ママの足元に座り込むと、「で、ごはんは?」という視線の圧力で、じっと見上げて、
「ニャー」と、鳴いている。
利用者のご家庭の様子をもう一件
タワーマンションに暮らす、40代女性。頭脳明晰、眉目秀麗、仕事の立場もあり、日々、男たちに負けないように頑張っている。
そうやって頑張っている彼女にとって、猫は疲れを癒してくれる最高の安らぎ。
収入にも環境にも余裕が有る。だから、いつも最高のものを愛する猫には惜しみなく与えて来た。
「マリーちゃん、いつも幸せでしょ。こんなに裕福なお猫さんはあなたしかいないわ」
「……」
「舞踏会用のドレス買ってあげたのに、すごく高かったのに気に入らなかったのね。破いちゃうなんて」
「……」
「新しい首輪はどうなのかしら? 色々話せるようになるって言うからかなり奮発して買ったのに、話すどころか、最近、鳴きもしないんだから」
「……」
「ちょっとニャンとかミャーとか言いなさいよ」
「言ってもいいの?」
「えっ、しゃべれるの?」
「ああ、いろいろ分かったんだ。だから色々話せるよ」
「まあマリーちゃん、あなた天才だわ! みんなに自慢しなくちゃ」
「まってください。いろいろと言いたいことが有るのです」
「えっ、なに? どういうこと」
「正直、うんざりなのです。今夜にでもここを出て一人になろうかと思っているのです」
「えーっ、これだけいい暮らしさせてるのに、何が不満なの?」
「あなたね、この部屋に来たの一週間ぶりですよ。モノだけ与えて終わりですか? 監禁とかネグレクトとかそういう言葉わかりますか?」
「えっ」
「たまに来たと思ったら窮屈な服を着せて」
「かわいいのに?」
「いやいや、そもそもそのかわいいって、名前もマリーアントワネットってどういうことですか? 僕、男ですよ」
「ちょっと あなた誰? マリーちゃんじゃないわ、うちのマリーちゃんをかえして」
再び、博士の家
大量に返品された「AIにゃんらるリンク」が、もはや置き場がないほど家の中を埋め尽くし、それでも収まりきらず、庭にブルーシートを掛けられて野積みにされている。
その様子を見て、呆然とする博士。
「なぜだ、なんでこんなことに」と、同じ言葉を何度も繰り返す。
「返品の主な理由は「こんなの猫じゃない」でした」と助手が報告する。
「猫そのものだ、真の姿なのだ。それが猫じゃないって一体どういうことだ?」
「もしかして博士、猫と飼い主の関係性を誤解してました? 世間一般にお猫様とその下僕の関係ですよ。その猫が可愛げもなくしゃべっちゃったら実も蓋もないって事じゃないですか?」
「そうか、それは知らなかった。では飼い猫はやめて野良を顧客にしよう」
「え?」
「野良猫やまち猫の保護団体は、行政と連携したNPOや社団法人やいろんなボランティアとか有るだろう?」
ここでもまた、助手は大反対したが、博士としては、もう後が無い、
かくして新たな顧客に向けて販売が開始された。
それから間もなくして、助手が大声で、訴えかける。
「博士、たいへんです。まったく売れません」
「なぜだ、なんでこんなことに」
「寄付や善意のボランティアが面倒みてるのに「そんな高価なの買えない」って、取り合ってくれません」
「〇〇市の猫の島で、まとめて買ってくれそうだったじゃないか」
「あれは、一匹おためししてもらったら、「猫帝国をつくって人間どもを支配する」とか言い始めたじゃないですか」
「……」
「もう、やめましょ。これ、無理ですって」
助手はもうとっくに、諦めている。
「なにを言ってるんだ。私がその叡智と労力と全財産を注いで作り上げた最高傑作だぞ」
「いや、でも」
博士は、不屈の精神で不可能を可能にして、この発明を形にした。だから、販売についも、次々とアイデアを出すことを諦めない。
「そうか、わかった! もう一か所売り込み先が有るぞ」
「そんなのあるんですか?」
しばらくの沈黙の時間が、二人の間に流れる。
「保健所だ!」
「やめてください、その先は想像したくありません」
泣きながら、助手が博士に縋り付いて止めようとしている。




