第2話 僕と彼 2
「きゃあ、王子様」
「毎日、イケメンよね……」
ーー毎日って、そりゃ赤ちゃんじゃないんだから、変化はないだろうけど……。
おもしろいことを言うなぁ、と僕はしゃいでいる女子生徒達を見た。彼の話をする女子達は皆顔を赤らめて、その容姿に好意の目を向けている。
彼ーー、そう、安曇野晴日のことなんだけどーー。
安曇野という人は、何も高2になってから注目されてるわけじゃない。高校入学当時からイケメンな上に物静かなところがあったため、王子様と呼ばれて度々女子の噂の的になってきた。年齢にそぐわない落ち着きが、モテるポイントなんじゃないかな?
だって、ほとんどの男子生徒って、女子生徒に比べると中身がガキだろ?落ち着かないわねーー、って目で幼い同級生を見てるから、ちょっと大人びた男子に弱いんだよ、きっと。
昨日、図書室にいた1年生の男子生徒達も安曇野の話を会話にだしてたし、彼は他学年や同性からも注目されてるんだろうな……。
だけど僕は、クラスも違ったし委員会なんかでも関わりがなかったため、彼のことを気にしたことがない。廊下ですれ違うことはあっても、「あっ、ホントにイケメンだ」、って思うぐらいだった。
「ーー遠野…」
声をかけられて見上げると、そこには噂の王子様がいた。前の席に座っていた女子が、きゃあきゃあ言ってるけど、ミーハーすぎないか?
「あっ……、安曇野。君も文系志望なんだ」
文系の説明会が行われていた教室にいるってことは、そうなんだろうけど。
「ああ。T大文学部を目指してる」
「え?まさか、文科一類?」
法学部ッ!!
「違う、違う。三類希望」
「へぇー。教育方面なんだ」
いや、うちのレベルからT大目指すって、隣りの市にはもっとレベルが高い高校もあっただろうに。
「似合わないか?」
「そうだね」
積極的にひとと関わるタイプには見えないけどな……。
「……」
安曇野の目が少し大きくなった。
「……あっ」
はっきり言ってしまってから気がつく。そんなに仲がいいわけでもない僕が、何を偉そうに上から目線で答えてるんだ?彼も呆れてるじゃないか。
「ーーははっ、はっきり言うんだな」
「……」
笑ってくれたということは、そこまでお怒りじゃないのかな……。
「失言だったね」
「いや、自分でもコミュ障だとはわかってる。ただ、T大の図書館に興味があってさ……」
「本当に本が好きなんだ。司書になりたいの?」
そうだとしたら、かなりもったいない気がしないでもないけどーー。いや、イケメンすぎる司書でバズるかもしれないぞ。
「憧れはある。遠野は?」
「僕は編集のほうに興味があるんだ。活字が好きだからさ」
「目標がはっきりしてるなんて、すごいな」
「全然。好きなものを仕事にしようと思ってるあたり、未熟なんだと思うよ」
「どうして?」
「世の中の大半のひとは、自分の好きな仕事をしてるわけじゃない、自分の得意なこと、もしくはできること、必要とされていることを仕事にするだろ?」
「ーー遠野は、人生二週目か?」
「はははっ!安曇野がなろうぞ系を語れるとは思わなかった!」
彼がそんなことを言うとは思ってなかったから、可笑しくなって大笑いしてしまった。見た目より面白いひとだーー。
「ーーなんでもいいけど、毎日活字に触れられる生活に憧れてるよ。一番好きなものは天声人語なんだけど、最近うちが新聞をとるのをやめてしまったんだ……」
母親が勧誘にきたおじさんに、「うちはデジタルで購入しています」、って言うけど、なんでそんな嘘をつくんだろ?普通にいらない、って言えばいいのに。
「そうなんだ。俺の家はまだとってるから、読みにくるか?」
「いいの?」
「誰もマメに片付けないから、箱に溜まる一方だ」
「安曇野がくくればいいのに」
「新聞や雑誌をしばるのって難しいだろ?」
「それは言えてる。うちは災害時に使えるからって、結構な量を押し入れに置いてるけど」
「災害時?」
「保温、防寒、食器、スリッパ、ーー簡易トイレにもなるんだって」
「意識高い系だ」
「うちの母親はメディアの影響を受けやすくて。すぐにグーグルル先生の話を鵜呑みにする。ただ、それがいいときもあるから困った話なんだよ」
彼と話しているとあちこちから視線がくる。注目されるのは僕の場合、居心地が悪いとしか思えない。
いや、僕自身のことでは目立つことはないんだよ、見かけも典型的な地味モブだからね。でも、僕の親は案外有名人だ。良い方にじゃなくて、悪目立ち、ってやつなんだけどーー。
「ーーいつ来る?いまからでもいいけど」
「バス?電車?」
尋ねているけど、実は知っている。
「電車だ」
何度も見かけたことがあるからね。
「同じ方面ならいいけど」
「ーー一緒だ」
彼も僕のことを、見たことぐらいあるらしい。
「そう。ならお言葉に甘えてお邪魔しよう」
片付けて席を立つ。机の傾きはきちんと直しておかないとね。
「ーー安曇野く~ん」
歩き出した僕達の前に女子生徒が3人立ち塞がる。進路を阻むなんて、失礼なひと達だよ。
「ーー何?」
安曇野の声が低くなる。自分でコミュ障って言うぐらいだし、話しかけられるのが嫌なんだろうな。
「遠野と仲良いの?」
「ああ。悪くはないよ」
そっけないけど、それもまたカッコいいんだよな。ズルいな、イケメンてさーー。
「やめなよ」
「恥ずかしいよ」
女子生徒の僕を見る顔。
僕はゴキブリとかじゃなくて、人間だよ?全力で拒否るような目はやめてくれないかな。
「ーーどうしてだ?」
こっちを気にしながら安曇野が口を開いた。
はあ……、僕はため息をつく。大丈夫、大丈夫ーー、僕は気にしない、いつものことですから。ーーけど、……彼の前ではいいカッコしたかったな……。
「ーーだって、遠野、ラブホの息子なんだよ」
「いやーー、マジ無理!」
教室がざわざわとうるさくなった。ふん、どうせみんな知ってるだろ?
「……」
「キモいよね」
「両親がラブホテルで働いてるなんてね」
「わたしだったら泣いて止めるわ」
余計なお世話だよ、って思うけど、そういうのって女子のほうが嫌だろうなーー。うちの親も「娘がいたら考えたかも」、って言ってたし……。
「……本当、キモいな」
少し張りつめたような声が安曇野からした。
ーーそうだよね、そう思っちゃう気持ちもわからないでもないけどさ。ーーこんちきしょう。将来絶対に使うなよ……、な~んて言わないよ、僕大人だし。
「でしょ?」
「マジマジ、最低だよね?」
女子生徒が安曇野に近づいていく。女子ってイケメンには警戒心ゼロなのはなんでなの?他の男子を見る顔そんなに乙女じゃないだろ。顔がよければ何されてもいい、むしろ来い!って考えてんの?
「ほんと、同じクラスなのも最低よね」
「そうそう」
ーーそこまで嫌か……。
僕は申し訳ない気持ちになって、安曇野を見た。離れてくれていいんだよ。こういうの、慣れてるからーー。
「ーーいや、君達のほうがキモい」
「え?」
僕は驚いて彼の顔をマジマジと見る。
「あ、あのーー」
「い、えーー?」
「他人の親の職業なんか、自分になんの関係があるんだ?何の関係もないのに蔑むような発言をするのは、ひととして、よっぽどどうかと思う」
「………」
「だ、だってーー……、平然としてるのが、キモいじゃない……」
じゃあどうすればいいのかな?俯いてても、根暗な底辺っていうのにねーー……。
「どこが!」
「ーー!?」
僕は目を見開いた。
安曇野の顔が怒っていたからだ。
「……いいよ、安曇野。僕自身は何とも思ってないから」
こんなことで怒ってくれるやつなんかはじめてだな……。ーーとは言っても、親の仕事のせいで僕には友達がいないから、前例がなくて戸惑うしかないけど。
「それに僕は両親を尊敬してるよ。あれもないと困るひとが多いからね」
「ーー遠野……」
「まっ、安曇野も割り引き券が欲しいのなら、卒業のお祝いにぜひプレゼントさせてもらうから。みんな勘違いしてるやつが多いけど、高校生は18歳になっても利用できないからね」
「きゃあーー!」、と女子達から悲鳴があがった。「やめてよー!」「最低!」、と罵ってくるけど、君達はよくわかってるんだね。
そうだよ、この世には彼に抱かれる光栄な女性がいるんだ。ただし、読書好きの人間は感受性豊かだから、他人を悪く言うやつは苦手なはず。君達では無理だろうねーー……。