第1話 僕と彼 1
お目をとめていただき、ありがとうございます。
サスペンスではありませんが、やや緊張をはらんだ作品になってます(たぶん……)。
「知ってる?2―Aの安曇野先輩ってさ、中学のとき付き合ってたひとが死んでるんだってーー………」
その会話が耳にはいったのは、本当に偶然だったんだーー。
放課後、図書委員の貸し出し当番だった僕は、修繕の必要な本を調べながらカウンター席に座っていた。陽当たりがいいその場所は、心地が良くてとても気に入っているんだけど、座っていると眠くなるだけだから、寝落ち防止で手を動かしてるんだ。
当番中はスマホ禁止なんて、信じられないよね(本を選ぶひとの邪魔になるから、当たり前といえば当たり前だけどさ……)?
そんな状態だったから、近くにある新刊コーナーで目当ての本を探す男子生徒のふたりが会話をはじめたとき、聞く気はなかったけど、なんとなく耳が言葉を拾ってしまったんだ。
「マジッ?だからあれだけ面イイのに彼女いないんだーー!」
大げさなぐらい声をあげる彼らに、僕の眉は寄る。
……ちょっと、うるさいな。
「らしいぜーー。その死んだ子の母親にすげー好かれてるんだって!」
「へーー、親公認ーー。死んだ恋人を想って生きてますってかーー、超純愛じゃんーー!」
「ーー噂だとな…………」
「ーーーマジーーッ!?」
……マジじゃない、マジでうるさいよ、あなた達……。
コホンッ。
「ーーすみません……。静かにしていただけますか?勉強中の方もいますのでーー」
まったく、騒ぐなら場所を考えてくれ。
「あっ、さーせん」
「そうだ。『最強の魔法美少女3』って本、予約できます?」
注意も気にならないのだろう、親しげにカウンターに肘をついて男子生徒のひとりが尋ねてきた。ちらりと名札を見ると、1年生のクラス章をつけている。1年坊主が、いつまでも中学生の気分かい?
ーーそれって有名なラノベだ……。エッチな美少女しかでてこない……。なかなかこいつ、羞恥心ゼロだな……。
「……新刊は無理です。でも、その本なら明日返却の予定です」
言われた本は新刊リストに載っていた。新刊は1週間の貸し出しはしない、みんな借りたいから3日に設定されている。
「ちぇっ」
男子生徒がじろっと睨みながら僕の前を通っていく。あえてカウンターを大げさに叩きながらーー。
ーー仕方ないだろ、決まりなんだし……。
もちろん、個人の采配で本を置いておくこともできるけど、それをするほど僕は彼らに義理はないね。
「ーー遠野君、最後鍵をお願いできる?」
僕の後ろで本の破れをなおしていた川村さんが、鞄の中にぬいぐるみみたいな筆箱を入れ、後片付けをしはじめた。
「いいよ」
「ありがと」
黒の長い髪がきれいな、誰もが振り返るような正統派な美少女だ。
『おまえ、川村さんとふたりっきりになるんだろ?』
『姫と一緒なんて、役得だな!』
と、クラスメイトの大石君達からうらやましがられるけど、僕は彼女のことなんて何とも思ってないから、後ろにいても話しかけることはない。
だいたい、向こうも僕なんてただのモブとしか認識していないから、最低限の会話のみで親しくなることもない。ほんと、一軍の女子も男子も僕なんかとは違う世界を生きてるんだから、会話をしたところで何が生まれるのさ。
「はあ……」
さて、時間も迫ってきたし、僕も戸締まりをして帰ろう。誰もいないならパソコンの電源を切りたいんだけど、滑り込みで持ってくるひともいるからな……。
見回りをはじめると、奥のほうで話し声が聞こえた。ひょいと、覗いて後悔する。
「ーーもー、やだぁ」
「いいじゃん……」
カップルだろう、男子生徒が女子生徒に迫っている姿にため息をつく。
「ーーもうすぐ締めま~す。残ってる方は退出してくださ~い……」
優しさで、遠くから聞こえるように声を出してみた。
「ーーほらぁ~」
「ちっ!」
ーーちっ、じゃねえ。まったくどいつもこいつも舌打ち族か。
パタパタとカップルが足早に去っていく。何だろうね、いちゃつく場所がないのか、どこでもいちゃつきたいのかーー。
ふと、風の流れを感じたので窓が開いているのだと思い、僕は奥へと進む。
奥には自習用の長机が置いてあるんだけど、そこにひとりの男子生徒が座っていた。僕の声なんか耳に入らないのか、その視線は本に落とされている。
「あの……」
彼のことはよく知っていた。図書室の常連だからね。
「ーーーあっ、悪い。戸締まりができないな」
同じ歳の男子生徒のような、ガツガツした雰囲気は一切ない。落ち着いた柔らかい声。暗めの茶髪に、ダークブラウンの瞳。
女子生徒達が「目の保養」、「癒やされるわ」、と口々に噂するだけはあるよ。芸能人かって思う人もいる、驚くぐらいのイケメンだ。
何冊か重ねた本をどうしようかと眺めて、首をかしげる。そんな普通の仕草も、イケメンがやるとドラマを観ているみたいだ。
「ーーこっちにしようかな……」
「安曇野はいつもきちんと返却してくれるから、多少の融通はするよ」
そう言うと、彼は僕を見て少し笑った。
「ーーありがとう。ーー遠野は図書委員が好きなのか?」
「あー、1年のときもやってたからねーー……。正直、他の委員会はパリピの比率が多いから、入りたくないんだ」
ぷっ、と吹き出すのも上品に見える。イケメンはいいなあーー。
「ーー遠野……」
「うん?」
「さっきの……」
「さっき……?」
まさか安曇野、いちゃついてたカップルが気になるのか?いや、もしかして、女子生徒の子が好きなのかなーー?
「ーーカウンターの近くにいた……」
「……あっ、ああ!あのうるさいふたり組か。読書の邪魔だったよね」
窓を閉めて戸締まりを確認する。静かな場所って、ちょっとの音も気になるよね。
「ーー話の、内容だけど……」
「内容……」
なんだろう?何か変わったことでもあったかな……。
「えっと……」
「……死んだ恋人っていう………」
「あーー。えーー、あーー!あれって安曇野の話だったの……?」
彼らも本人が同じ部屋にいることを知らなかったんだろう。知っていたらあんなに堂々とプライベートな話をぶっ込めるわけがない。
「ーー気づかなかった、のか……?」
「え?特に興味ないし」
「……」
ん?なんだ、その顔?ーー僕は興味ないよ、他人の恋愛事情なんてさーー。
「ーーそっか……」
「あ、あの……。何か相談があるの?」
「ーーどうして、そう思う?」
「だって、プライベートなことを噂されてて、聞かれて嫌だったでしょ?なのに、興味もってほしそうなのは、聞いてほしいことがあるからじゃないーー……?」
僕の言葉に、安曇野が何かを考えるように口を閉じた。そのまま少しの間、僕達は互いを見たまま次にでる言葉を探るみたいに沈黙する。
彼が何を言うのか先を予測してみるけど、もちろんわからない。
「ーー遠野は、勘がするどいな」
ふっと柔らかい笑みで彼が僕をじっとみてくる。イケメンに穴があくほど見られると、恥ずかしさしかないや。
「そんなことないよ」
「ふふっ。いろいろ噂されてるんだけどーー」
「うん」
「当たってる部分もあれば、はずれてる部分もある」
「噂ってそういうもんだろ?」
本人が違うと言っても、多数決で真実になるのが噂ってやつだ。
「ーーああ。本当に怖いよ……。特に、大人が言えば嘘でも真実になるところがさ……」
「う、うん。それはあるあるだな。安曇野の噂はどこが違うの?」
すっごいデリケートな部分に切り込むような質問をすると、彼が困ったように笑ってみせた。
「ーー向こうの母親から好かれているのは事実だ」
「ふうん」
良いこと、なのかは判断が難しいな……。相手は亡くなってるんだよね?じゃあ、彼女をつくらない、っていうのが嘘なのか?すでに、彼女もち?
「本当はーー……」
「うん」
「亡くなった子のこと、全然知らないんだ」
「ーーえ?」
僕は、それだけ言うのが精一杯だった。
よく、わからないんだけど、知らないひとの母親になんで好かれてるの?、とか、そもそも付き合ってるって言われてるのはなぜなの?、とかぼんやり考えてみたけど答えがでないーー。
「えーと……」
こんがらがってきちゃうな……。
「信じられない話だよな……」
「ま、まあ。向こうの誤解があったのかな……?」
「ーーははっ、誤解……、そうだな……」
力なく笑った安曇野が、鞄を肩にかけて歩き出した。
「あっ……」
「じゃあ、遠野。また明日ーー」
長い足を動かし、スタスタと去っていく。僕はその後ろ姿を目で追った。
シャンとした背中なのに、何だろう、憑き物でもついているような哀愁を感じる。本当に同じ歳なんだろうか……。
「ーー何が言いたかったんだ?」
考えてもわからないけど、心に爆弾を落とされた気分だ。何日の何時何分までにこの問題を解かないと爆発する、っていう爆弾だな。彼の発言が気になって仕方がない、彼の問いの真相を暴きたい。
野次馬っぽい真似は嫌なんだけどねーー……。
「いや、煽ったのは向こうだし……」
何だろう……。彼の聞いて欲しそうな表情が、印象的だった。心に強く残るっていうのかなーー……。
ーー僕こと遠野悠月と、彼、安曇野晴日とはこの日以降、妙に距離が近くなる。そして、まさかあんなことになるなんて、このときの僕には想像もできなかったんだーー……。
最後まで読んでいただき、ただただ感謝しております。
濃子、というしがない書き手ではありますが、応援していただけるとうれしいです。
2話以降も読んでいただけると、幸いです。