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特別編3:『 休 息 』

「……吉水さん。本当に申し訳ない。今回の件は、かなり複雑でして。

ですが、ご家族の捜索には全国の警察が動いています。

きっと……仏さまが、お力添えを――」


またや。

こいつ、毎回ほとんど同じことしか言わん。


「子どもが急に消えるかいな! 絶対、国の連中、なんか隠してるやろ!」

近くにいた婆さんが、勝手に話に割り込んできた。


そのまま、そっと俺の手を握ってきて、しわだらけの手のひらで包み込むみたいにして。

まっすぐ目ぇ見て、言うてきた。


「大丈夫や、息子さん。あの子ら、きっと帰ってくる。

……希望、捨てたらアカンよ」


そう言い残して、何事もなかったみたいに

その婆さんは近くの八百屋に向かって歩いていった。


俺だけ、取り残されたみたいやった。


朝になって、

「今日こそは、なんも起きへん……普通の日やろ」

そう思い込みたかった。


けど――無理やった。


頭の中では、さっきまで聞いてた上司の声が、

水槽の底で鳴る太鼓みたいに、ずっと反響しとる。


『吉水くん……最近、元気ないって皆 心配しててな。

まあ……ニュース見たら、そら……なあ』


「い、いえ……自分は大丈夫で――」


『ほい、これ。』


机に置かれたんは、

見ただけで頭痛がするレベルの書類の束やった。


『しばらく休め。奥さんと娘さんがまだ行方不明なんや。

“その父親”が無理して働いとるって広まったら……

会社のイメージに関わる。分かるやろ?

ここいらの企業文化っちゅうやつや』


「でも、自分は……まだ――」


『心配すんな。給与はそのまま出す。

ええから、印鑑押して休め。』


……。


書類には、“嘆願休暇”とか “遺失家族支援制度”とか、

えげつない名前の条文がびっしり並んどった。


読めば読むほど、胸ん中が冷たくなっていく。


選択肢なんか、最初から無いような書き方や。


結局、俺は――

ため息ひとつついて、印鑑を押した。


乾いた音が、やけに大きく響いた。


この判子で、今日から俺は“働かんでもええ男”になったらしい。

……笑われへんわ。


……それより、もっと頭に残っとる声がある。


弁護士の声や。


あの人と話した、最後のときのことを、まだはっきり覚えてる。


『吉水さん、まあ……落ち着きや。

娘さんらは、遅かれ早かれ見つかる。

でもな――ちょっと真面目な話をしよか。』


軽い言い方やのに、その裏で空気がピリッとしとった。


『警察が“答えがない”って言うのはな……

ほんまに、答えを出せる状況やないからや。

理屈も仮説も立てられん。事件として、形にならんのや。』


俺は、ただ頷くしかなかった。


『全部、あまりにも急すぎた。

朝のほんの数分で、ぽんっ、て消えたんや。

あの五重塔ごとな。

――しかも、その時間帯に中にいたのは娘さんらや。』


「……せやけど……なんで、あの子らだけが……?」


俺の問いに、弁護士は一瞬だけ黙った。


そして、小さく肩をすくめて、声を落とした。


『そこが……面白いというか、妙というか……』

『警察な、あの日、寺の近くにいた常連客らに何人か聞き込みしたんやけど――』


少し身を乗り出して、続けた。


『“あの日の寺は、なんかおかしかった”

“変な気配がしとった”

“重たい空気というか……禍々しいもんを感じた”

みんな、そんなこと言うてるらしい。』


「……気配?」


『せやけどな、そんな話……警察は使えへん。

“霊感”も“オーラ”も、捜査資料にはならん。

だから、公式には――

ただ “原因不明” のまま、止まってる。』


弁護士は深く息をついた。


『……正直なところ、警察も詰んどるんやと思うわ。

せやからこそ、俺がおる。

あんたにできること、ひとつずつ整理していこ。』


その声だけが、妙に現実味を連れてきた。


俺はただ、黙って座っていた。


目の前の世界が崩れていくんやと、

ようやく、はっきり分かった気がした。


……ふと、胸の奥がざわついた。


今さらやけど――

冷静になって考えたら、全部おかしい。


言葉にならん。

理屈にもならん。


警察が“霊的なもん”を相手にできへんのなら……

もう、俺が考えるしかないやろ。


……嫁が、よく言うてた。


「人間が“不可思議”って呼ぶもんは、

ただ“説明してへんだけの現象”や」って。


あの言葉が、急に重たく響いた。


あのネコも、ただのネコやなかった。

目ぇに映っとるもんが、普通やなかった。


五重塔が一瞬で消えたことも。

神いと気むうと、嫁が残らず消えたことも。


あれは……偶然やとか、

“原因不明”で片づけられるもんとちゃう。


はっきり言うたら――


あの日、あの場所には。

人間の尺度では測れん“何か”があった。


……絶対に、あったんや。

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