第15話:なんやこの爆発する海辺
日々は相変わらず、混沌の連続だった。
この世界に来てから、どれだけ時間が経っても、それは変わらない。
神いは口を開けばアニメの話ばかり。
視界の端では、今日もまたグリッチがちらつく。
フルカフトは、根拠のない希望を抱えて笑っている。
マイルズは、諦めきれない教師みたいに延々と説教を繰り返す。
──そして、道ですれ違う人々は。
例外なく、頭のネジが飛んでいる。
……今、うちらが向き合っているのも、その手合いだった。
風は穏やかに吹いていた。
背後に広がるのは、ただの虚ろな景色。
……その中にぽつんと立つ「中国風の屋敷」が、異常さをさらに際立たせていた。
前方には、大きく開いた門。
そして──さっき神いを殺しかけた少女の家族が、整列するように立っていた。
「ワタシタチ、アナタタチノゴ訪問、トテモトテモ ウレシイデスネェェ〜!」
父親は片腕で顔を隠しながら、なぜか舞台役者みたいに叫ぶ。
「ホントホント、ワタシタチノ ムスメ……ゴメンナサァァイ!」
母親は片手で頬を押さえて、芝居じみた声。
「いえいえ! むしろ良い訓練になりましたよ!」
マイルズは尻尾をパタパタ振りながら、恐縮したように頭を下げる。
「……くそっ」
神いは小声で毒づいた。
「シャンディ! アンタモ、ナニカ イイナサァイ!」
母親の声は一段と厳しかった。
少女は静かに一歩前へ。
青白い顔で、しかし澄んだ声を響かせた。
「──わたしの、対戦相手に。別れを言わせてください。」
◆◇◆───≪ ✦ ≫───◆◇◆
「はあ? 今の、聞き間違いちゃうよな」
つい口から漏れてもうた。
「おいおい、本気やないやろ?」
一歩だけ下がると、シャンディは片手を背中に隠して、やけに上品に微笑む。
「大丈夫。これは──仲直りのハグ」
すっ、と距離を詰められる。
まるでキスを盗む直前、みたいな甘い動き。
(やめろや。今さら百合展開とか、マジで要らんから)
そっと両肩に触れられて、耳元まで顔が寄る。
息がかかる距離。ほぼ舐められる勢いや。
そして──砂糖みたいに甘い声で、刃物みたいな言葉が刺さった。
「……殺すよ、ドビッチ」
──はああああ!?
シャンディはにこっと笑って、するりと離れる。
何事もなかったみたいに、すまして両親のもとへくるり。背筋ピン。礼儀正し。
一方うちは、顔面フリーズ。
たぶん今の顔、写真あったら文化財。
説明不要や。「?????」だけで構成された最高傑作やで。
「オホホホホホ〜〜! ワタシノ ムスメ、ついにワビワビィィ〜! オホホホ〜!」
母親が、十八世紀の貴族ごっこみたいな笑い声を上げた。
「テ〜〜ン〜〜グン!! ヨイタビヲォォ!!」
腹ドン父が手をブンブン振りながら叫ぶ。
……え、いや、なんやこの茶番。
うちらも仕方なく、そろって門の方に振り返った。
「えっ……えー……はいはいっ、さよならぁぁ!!」←うち
「またな!」←フルるん
「ごきげんよう、良き一日を!」←マイルズ
「……」←気むう
風だけが残って、門の向こうに広がる空虚がやけに眩しかった。
無言のまま、うちらは歩いた。
……まるで三銃士。
誰も何も触れない。さっきの“殺すよ、ドビッチ”事件に。
──その沈黙を、破ったのは。
『……なかなかオシャレな“殺す予告”だったね? ドォ〜〜ビッチィ〜〜♪』
「うわぁぁぁ!?!?」
……イスシア!?
『うんうん、“この俺様”の登場だぁぁ!!』
「……」
(頼むから消えてくれ……)
『聞きたい? 今さっきなぁぁ、薔薇評議会のディベートに勝っちゃったんだよ!! 勝者ぁぁ! はい、わたしぃぃ!!』
「……マジでどうでもええわ」
『ふっふっふ、カミイはほんと運がいいよ。こんな全能の相棒がついてるんだからね!』
「いやいやいや、お前ただのゴロツキ寄生虫やんけ!! 人の頭の中で勝手に実況すんな!!」
『……カミイお姉ちゃん、ほんといつもツンツンなんだからぁぁ……』
「そらそうやろが! お前、ケツの中の砂粒よりウザいんやぞ!? たまにはマトモなこと言えや!!」
『……お姉ちゃんって、オヤジ好き?』
「……は?」
『だって〜』
「はぁぁ!? ど、どういう意味やねんそれぇぇ!!!」
「おいぃぃ!!!」
……気づいたら。
空に向かって、全力で叫んでた。
フルるんとマイルズが、ぽかんとこっちを見てる。
「か、神い……落ち着けよ。鳥にも感情はあるんだ」
「……え、えぇ……す、すんません……」
……やっば。完全にアホの子やん。
しばらく、うちらは黙って歩いてた。
道の両側に並んだ木々……その揺れ方が、どう考えても“普通”ちゃう。
葉っぱがチカチカ光って見えるし。
近づいてよく見たら──いや、光ってるんやなくて、葉っぱ自体がバグみたいに折れたり伸びたり、ぐにゃぐにゃ動いとるやん。まるで下手くそな折り紙。
いやいやいや、何やねんこの世界。グリッチだらけやん。
──正直、書ききれん。
ここで報告してるのなんて、ほんの一部や。目についたやつ、トップ3レベル。
他はもう……説明のしようがない。
たとえば道端の棒が、勝手に“空気人形ダンス”始めたり。
ビニール袋が鳥みたいに群れを作って飛んでったり。
……おい、誰やねん。
誰が“空飛ぶゴミ袋”とかプログラムしたんや。
大気汚染のビジュアルエフェクト!? 環境省、仕事しろ!!
結局な、人間──いや、JKはなんにでも慣れてまう。
この世界のエラーも、正直そこまで致命的ちゃう。
むしろ、ちょっと笑えるくらいや。
……でも、マイルズはずっと言うんよな。
「油断するな、これは危険だ」って。
いやいや、分かってるけどさ。
だからこうして旅してるんやろ。
エラー直すために。
──でも、ほんまに直せんの? うちらに。
だってさ。
今の任務、たった一つやで?
「手紙を運ぶ」──それだけ。
……アホか!?
RPGのクエストでも、もうちょいマシな任務あるやろ!?
しかもその手紙、届け先は「悪魔」やぞ!?
悪魔に手紙って何!?
郵便局の配達員でもドン引きするわ!!
考えれば考えるほど意味分からん。
だって、悪魔って“悪”しかできん存在やろ?
助けになるどころか、トラブル製造マシンやんけ。
……あー……やっぱこの世界、バグだけやなくてストーリーもバグっとるわ。
歩き続けて、たどり着いたのは──ちょっと変わった海沿いの場所やった。
木がやたら多くて、なんかキャンプでもできそうな雰囲気。
「お、ここでしばらく休憩かな」って思った瞬間。
マイルズが、突然どや顔で叫んだ。
「──ようこそ! “稲穂の樹海”へ!!」
……え? は? 今なんつった?
イナホの……ジュカイ?
「いやいやいや!! どんなネーミングセンスやねん!!」
普通に突っ込んでた。
“稲穂の樹海”て。
そもそも稲なんか一本も生えてへんし!
ここどこ見てもただの木やし!
多分やけど、歴史のどっかでなんかあったんやろ。
村焼けたとか、米俵落ちたとか、昔の誰かが適当に付けたとか。
──でもな、もう誰も覚えてへんのに、律儀に名前だけ残っとるっていう。
いやぁ、ほんま謎やわ。
世界観までバグってるんか?
「おい、見ろよ、二人とも。ここのフルーツ、食べたことあるか?」
突然フルるんが指さしたのは、木の幹から突き出た──謎の実。
白っぽい果実に、黒い葉っぱがぴょんと付いとる。
「……なんやそれ」
「“ライス梅”だよ!」
フルるんはドヤ顔。
「……はぁ!? 梅って普通、ゴハンの中やろ!? なんで逆に“米梅”なんや!!」
「なに言ってんだ、カミイ。超ポピュラーだぞ? 知らないのか?」
「いや、知らんわ!! 常識みたいに言うなや! うちは異世界人やぞ!? 動物に日本史クイズ出すなって!!」
「……ああ、そうだったな。まあ、とにかく食べてみろ」
フルるんが手渡してきた。
うちは渋々、その“ライス梅”なるものを手に取った。
じぃっと睨む。……梅? なのに“米”?
食ったら、口の中で何が起こるんや……?
恐る恐る──パクリ。
……まじで米の味やった。
でも、噛んだ感触は完全に梅。
「……いや、意味わからんやろコレ!!」
頭の中でツッコミが爆発する。
ご飯のおかずなんかデザートなんか、カテゴリすら分からん。
……さすが異世界。やっぱり全部バグってる。
「そういや……思い出しました。僕、子供の頃よく食べてましたよ!」
マイルズが目をキラッキラさせながら叫んだ。
「気むうさんもぜひ! はいっ!」
長い尻尾をにゅるんと伸ばして、木から数個もぎ取る。
そのうち一つを、うちの妹に差し出した。
気むうは……なんや、その顔。
普段の無表情クールじゃなくて、ほんのり眉を寄せて、興味深そうに見とる。
「……まあ、いい」
短くそう言って、すっと“ライス梅”を受け取った。
いやいやいやいや!?
お前も混乱してるやろ!?
顔に「意味不明」って書いてあるやん!!
結局、うちと同じや。
心の中で「???」飛ばしながら、黙って受け取っただけやった。
……突然やった。
後ろから、ギシギシ音が近づいてきて──振り返ると。
そこにいたのは、フードを深くかぶった怪しいオバハン。
手押し車をガラガラ引きながら、わけのわからん声で叫んだ。
「フルーツ〜〜! 安いよ〜〜! 買ってけぇぇ!!」
……おい待て。
ここ、フルーツだらけの森やぞ!?
どんな商売やねん!!
思わず視線が手押し車に吸い寄せられる。
中には──サイズも色もバラバラの果物が山盛り。
オレンジ、白、青、黄色、水色……カラフル過ぎて逆に食欲失せるレベル。
「す、すみません。この水色の果物、おいくらですか?」
マイルズ、即行で食いついた。お前なに興味津々になっとんねん。
フード女は、わざとらしく間を取ってから答える。
「……その名は“カランビンガ”。 二百フロリン」
「カ、カランビンガ……?」
……なんやその名前。
エキゾチックっていうか……もうRPGの雑魚モンスターやん。
絶対ドロップ品の素材やん。
「じゃあ、これください!」
マイルズがなぜか誇らしげに水色の果物を抱えた。
……ほんまに買うんかい。
次の瞬間。
ガブッと一口──
ドッッッッッッカァァァァァァン!!!!
「ぎゃあああああ!!!」
マイルズの毛が青く逆立って、ほぼ綿あめ状態。
鼻からモクモク煙まで出てるやん!!
「おいコラァァァ!! 説明不足にもほどがあるやろ!! 爆発物やんけ!!」
思わず叫んだら、フード女は一瞬黙り込んで──
……次の瞬間。
「オホホホホ……!」
妙に低い声から、だんだん若返るみたいに変化していく。
ガバッとフードを外したら──
「爆発フルーツだも〜ん!!」
──うわぁぁぁあああ!?!?!?
出たぁぁぁぁ!!
さっきのチャイナ女やぁぁぁ!!!
「「「「シャンディィィィィ!!!!」」」」
──全員、同時に絶叫。
完全にアニメの“全員合唱シーン”やった。
そしたらアイツ、フードをブチ破って空中に飛び出す。
バサァァッ!!
くるっと宙返りして、こっちを睨み下ろす。
その目は──完全に殺意100%。
「ドビッチィィィィィ!!!!」
「うわぁぁぁぁぁッッ!?!?」
空から直滑降。
完全にうち目がけて突っ込んできよった!!
「ま、またかよッ!? もう勘弁してぇぇぇ!!!」
慌てて魔法式を全力起動。
両腕に炎の紋様がバチバチ走る。
「な、なんで毎回うち狙いなん!? 親はどこ行ったんや親はァァァ!!!」
……マジで誰か、説明書付けてくれ。
あいつの服……前とちゃう!?
今回は、なんかチャイナドレスっぽいけど……浴衣っていうより完全に戦闘用コスやん。
しかもピンク!! ピンクやで!?
肩から裾まで、フリフリした装飾まで付いて……なにこの“チャイナ格闘プリンセス”スタイル!!
「ちょ、待てや!? 誰がこんなコーデ監修したん!? 衣装スタッフ出てこいやぁ!!」
……いや、真面目に戦闘中やのに、笑い止まらんわ。
──その瞬間、空気がギュッと縮んだ。
「アンタに関係ないでしょォォ!!!」
ピンクの戦闘チャイナをひらめかせて、香蒂 が一直線。
こっちは反射で身をひねって──でも間に合わん! 肩、ガッと掴まれて、そのまま地面にドーン!!
「いってぇぇぇ!! どこの恋愛漫画やねんこの体勢!! 離せや、ドビッチィィ!!」
砂埃の中、香蒂 の口角がゆっくり釣り上がる。
胸元の飾りポーチから、ころん、と丸い実が一つ──いや、二つ、三つ……待て、めっちゃ出てくるやん!
「え、ちょ、ちょ待っ……それ、もしや──」
「プレゼント♡」
ボフッ! ドカン!! ポフポフポフッ!!!
青、桃、黄、緑の煙が一斉に弾けて、視界がソーダフロート。鼻の奥まで味が付くレベルや!
「誰が炭酸バトルしろ言うたんやァァ!!」
耳の横でさらに一発、ドゴォォン!
地面が跳ねて、うちと香蒂 ごとゴロゴロ転がる。背中に小枝、頭に落ち葉、頬に“ライス梅”直撃。
「おいコラァ! お前、そのフルーツ爆弾、何個仕込んどんねん!! 工場から直送か!!」
「黙れ、ドビッチ♡」
また一個、ぱちんと親指で弾いて投げてきた。
目の前でポフンと爆ぜて、米の匂いだけ一人前。なんやこれ、空腹に紛れてくるタイプの嫌がらせやん。
「……学芸会、なの?」
気むうの声が真横で無感情に落ちた。無慈悲。
「学芸会ちゃう!! 戦場や!! あと助けろ!!」
「危険です!! これは極めて危険です!! 爆燃反応、未知の化学式──」
マイルズが必死に分析しながら駆け寄ってきた瞬間、空からブルーの実がひゅんっ。
「危険言う前に伏せぇぇ!!」
ボフン。
マイルズ、顔だけ綿あめ二号。尻尾まで真っ青でスンスン煙出とる。なんで毎回こいつは芸人枠キープしてくんねん。
「落ち着け!」
フルるんが前に出る。大きな手で空気を切るみたいに爆煙を裂いて──
「危ないってぇぇ!! 右!!」
スパンッ。
フルるんの額で、水色の実が無慈悲に弾けた。
ポフッと可愛い音のくせに粉塵は容赦なし。彼、即席パウダーイケメン完成。似合うのがムカつく。
「くっそぉぉぉ!! やめんかい!!」
うちは香蒂 の手首を掴んでひねる。ぐっと体重を乗せて押し返す──けど、相手もバネみたいに跳ねて戻ってくる。
視界の端、樹上の実がぶるんっと震えて……降ってくる雨あられ。爆弾デリバリーサービス。
「わざわざ“フルーツの森”でフルーツ爆撃すんなや!! ここ、ストック無限やんけ!!」
香蒂 は笑いながら、さらにポーチを叩く。カラカラと不吉な音。
まだ出るの!? 終わりしらずガチャかよ!!
「逃げられないよ、ド・ビ・ッ・チ♡」
「はぁぁ!? 漢字に刻むなその愛称!!」
次の一撃。
彼女の膝がスッと上がる。やばい、顎に来る──瞬間、地面を蹴って頭をずらす。
膝は砂を噛んで、代わりに香蒂 の髪飾りがほつれてキラリ。
……針、何本差してんねんこの子。どこまで武装や。
「っ……!」
がしっ。
今度はこっちの襟首を掴まれて、後ろへ引き倒される。視界が逆さ。空と樹冠と青い煙がぐるぐる回る。
「や、やめぇぇ!! 誰が百合展開や!! これは殺し合いや!!」
「殺すって言ったでしょ、ドビッチ」
言いながら、香蒂 は片手でうちを抑えつけ、もう片方の手で果実を二個──いや三個まとめて握る。
親指に力、関節が白く光る。
投げる気や。至近距離で。終わる。終幕。エンドロール。
「待っ、近距離はマジで死ぬやつやって!!」
「それが狙い」
「そういうとこ真面目やめろ!!」
ボンッ! ボフッ! ドカン!!
地面が穴あきチーズみたいに抉れていく。土の匂い、米の匂い、煙の甘み、耳の中でキーン。
うちの心拍だけズンドコBPM200。BGMはフォルテッシモで頼む。
「……まだやる?」
気むうの声がどっか遠くで響いた。冷たいけど、少しだけ急いでる。
「見りゃ分かるやろ!! 今、殺される側!!」
香蒂 の額に汗。けど笑顔は消えへん。むしろ楽しそうに目を細めて、もう一つの実をつまむ。
やめろ。投げるな。投げるな。投げ──
「フルるん!!」
喉から勝手に出た。
声が割れて、煙の海に突き刺さる。
「リュックや!! 猫耳カチューシャ出せぇぇ!!!」
……ここまでや。次の瞬間、世界がどうひっくり返るかは、フルるんの手の中や。
「な、なにに使うんだよ!?」
「ええから渡せやァァ!!!」
「わ、わかったって!!」
フルるんがリュックをガサガサ、慌てて中を漁る。
「はいっ、いっけぇぇぇ!!!」
ブンッと投げられたネコ耳カチューシャ。
「よっしゃぁぁ!!」
──うちの超反射神経で、空中キャッチ成功!!
「 香蒂ィィィ!!!」
……ボフッ。
「……へ?」
次の瞬間。
勢い余って、枝から落ちたカボチャ直撃。
「ぐわぁぁぁぁッ!?!?」
頭にガツン。星が飛ぶ。視界ぐらんぐらん。
「ワオォォォ……」
そのままスローモーションで、地面にドサァァ……。
……はい、ネコ耳の前に、カボチャヘッド完成や。
「……ほんと、使えんやつ」
気むうが淡々と言いながら、ネコ耳カチューシャを掴んだ。指先は氷みたいに冷たい。
「うっ……黙れや! 見えへんかっただけやん!!」
必死で言い返した瞬間、耳を裂く絶叫がぶち抜いてきた。
「殺すぅぅぅぅ!! ドビッチィィィ!!!」
ピンクのチャイナドレスが爆風をはらみ、シャンディが地面を割りながら突っ込んでくる。
空気ごと押し潰されて、うちは四つん這いで必死に後退り。
肺が焼ける。心臓が爆竹みたいに跳ねてる。
──その時や。
気むうが一歩、前に出た。
何のためらいもなく、ただ冷たく静かな軌跡。
彼女の手のひらから淡い光が広がり、爆音すら吸い込むみたいに──場の時間が一瞬、凍り付いた。
シャンディの突進が空気に押し戻され、砂塵の中で弾かれる。
世界は止まったみたいなのに、鼓動だけが耳をぶち破る。
「……姉さん、動かないで」
低く、鋭く、氷みたいな声。
その言葉に背骨まで貫かれた。
短く。濃く。完璧に決まった。
──プスッ!!
気むうが、ためらいゼロでネコ耳カチューシャをシャンディの頭にブチ込んだ。
「わ──」
思わず声が漏れた。
……その瞬間。
シャンディはピタリと固まった。
四つん這いのまま、まるで獣のポーズでフリーズ。
瞳は虚ろに開いたまま、光を完全に失ってる。
動かん。
……いや、これもう完全に“石像”やん。
「……」
風の音だけが場を流れる。
フルるんの喉が、ごくり、と鳴った。
「な、なんだ……これ……」
空気が凍りつく。
全員が同じこと思ってた。
──効いたんか?
いや、効きすぎてるんか?
──瞬きする間もなかった。
シャンディがネコになった。
……いや、ネコっていうか、ネコバグや。
木をガリガリ引っかき、フルーツにダイブ、宙返りで回転、ぐるんぐるんでスピードバフMAX!!
「にゃにゃにゃにゃにゃあああああ!!!!」
速すぎて目がバグる。
残像が十体ぐらい走り回ってんねんけど!?
ポケモンの新作かよ!!
そのまま枝から枝へ飛び移って──
「ピョーーン!!」
……次の瞬間、森の奥へ消えていった。
……ぽかーん。
「…………お、おけぇぇぇい……?」
沈黙。
煙と葉っぱだけが、ひらひら舞ってた。
「……今の、なんだったんだ」フルるん。
「記録に残さないと……未知の行動パターンです」マイルズ。
「……くだらない」気むう。
うち?
震える声で、ただ一言。
「──あいつ、マジでキャットタワー登って消えよった……」
……はい。戦場、完全にネコカフェ化。