特別編2:『 遊 び 猫 』
「おいコラ、ネコ。……お前、なんでここにおんねん。てか、毛玉?」
返事なんか、もちろん返ってこん。
ただのネコやしな。……いや、せやけど、その目ぇはなんや。
緑の瞳、じーっとこっち見つめて……まるで「審判」でも下してるみたいやんけ。
冷蔵庫の上にちょこんと乗って、しっぽをユラユラ……。
あれや、時計の振り子みたいに、左右に揺れとる。
ほんま、どこの家猫やねん。ちゃっかり居座る気かいな。
「……はぁ。」
思わずため息。
追い出す気力もない。
……せめてや、家具だけは壊さんといてくれよ。
テレビをつけた。
「……フジテレビでも見てみるか」
けどな……心ん中では、あんま気乗りせんかった。
あのチャンネルつけるだけで、神いの顔が浮かんでまう。
胸の奥に、妙な懐かしさが広がった。
まるで、何百年も前のことみたいや。
──あの頃は、普通やったんや。
家族そろってここに座って……
神いと一緒にアニメ見て、声出して盛り上がって……
その横で気むうは、本読みながら「別に興味ないです」みたいな顔して。
なんの変哲もない日常。
せやけど今思うと……あれ、奇跡みたいに遠い光景やな。
「……ミャアァ」
懐古モードに入りかけてた俺を、ネコがあっさり現実に引き戻した。
気づいたら、あいつ──冷蔵庫から飛び降りて、
今度はタンスの上を綱渡りみたいにスタスタ歩いてる。
しかも置いといた写真立てとか、飾り物の上を容赦なく踏んづけながらや。
そこには……神いと気むう、そして奥さんとの写真が並んどるのに。
「おいおい、やめんかいコラ、ネコ!!」
慌てて手を伸ばした瞬間、
そいつはシュタッと床に着地。
しっぽをピンと立てて、ユラユラ揺らしながら──
やっぱり、こっちをじっと見とる。
……まるで、「お前やろ?」って責めてくるみたいに。
仏壇をチラッと確認した。
……真ん中には、ちゃんとした仏像。
その両脇には──ロウソクと、なぜかLのフィギュアと、五つ子の三女・中野三玖のねんどろいど。
もちろん、神いの差し金や。
「あの二人はウチらの神様や!」って、勝手に飾りよったんや。
アホやなぁ、思たけど……まあ、おもろいから放っといた。
嫁もな、たまに帰ってきて寝るだけで、ほとんど気にしとらんし。
──いや、ほんまは“うちの仏壇”やのに。
「……ふぅ」
ため息ひとつ。
ネコはまだ、こっち見とる。
しっぽユラユラ揺らしながら……まるで「追いかけて来いや、さっさと追い出せや」って挑発しとるみたいや。
せやけど──今さら、騒ぐ元気もあらへん。
ただ、不幸せそうな顔したまま、毛玉を見つめ返すしかなかった。
ネコが急に──スッと身をひるがえして、俺の部屋へ滑り込んだ。
「お、おいコラァ!!」
慌てて追いかける。
ドアを開けた瞬間、息が詰まった。
ネコが──冷蔵庫の上から飛び降りて、床に落ちとるカードをペロペロ舐めてたんや。
「おいおい!何しとんねん、毛玉!!」
慌てて拾い上げてみたら──
「……は?これ……」
カードには、俺の名前が書いてあった。
『吉水 宗二郎1987年1月25日』
そこに貼られとるんは、若かりし頃の俺のクソダサい証明写真やった。
なんで……なんでネコが、こんなもん舐めとるんや。
ペロ、ペロ……その緑の目ぇは、やっぱり俺を試すみたいや。
──背中がゾワゾワする。
冗談やろ……?
ネコはスルリと俺の足の間をすり抜けて、
家の奥へ──まっすぐ走っていった。
「お、おい、待てや!」
慌てて追いかける。
たどり着いた先は……神いと気むうの古い部屋。
机の上も床も、出て行ったあの日のまま、ぐちゃぐちゃに散らかってる。
ネコは部屋の真ん中で立ち止まって、きょろきょろと辺りを見回して──
けど、俺が近づいた瞬間、ピョンッと飛び上がって窓辺へ。
「お、おい──!」
声を出した時には、もう遅かった。
ネコはひらりと、夜の窓から飛び降りた。
一瞬、心臓がギュッと縮んで「死んだんちゃうか!?」って思ったけど……
窓の外を覗いたら──
あいつは平然と、壁のパイプに着地して、ひょいひょいと器用に降りていく。
緑の瞳が最後にチラッとこっちを見て、
そのまま闇に溶けるみたいに消えてしもた。
「……なんやねん、今の……」
俺の声だけが、やけに空っぽな部屋に響いた。