第13話:ドタバタ☆カエル
「よぉぉぉーーっし!!」
マイルズが叫んだ。顔、満開のドヤ笑い。
「これで四百万やで!!」
「……え? なに?」
うちは、朝一番のくたびれ声で返した。ほんま、退屈な朝。
マイルズが、どでかい壺をガバッと掲げる。中は──バラ模様が刻まれた金貨でぎっしり。……あれ? これ、前にうちのポケットから消えたやつやん。
「おめでと、マイルズ」
気むうはもう一つのベッドに座って、本を読んでた。図書館のお嬢さんみたいに、しとやかに髪を直しながらページをめくる。
「終わりよければすべてよし、だなぁ」
フルカフトは二つのベッドのあいだで、床に腰を下ろしていた。まるでソファに埋もれた親父みたいに、ゆったりと──その顔はやたら落ち着いてた。
「なぁ! この顔ぶれ、ほんま分かっとらんのちゃう!? これが何を意味するか!!」
「え、貧乏ごっこしながらリッチになったってこと?」
鼻ほじりながら言って──あ、ちょ、マジで鼻くそ見つけたわ。
「……」
「ついにもっとマシな部屋、借りられる?」
気むうは視線を本から動かさずに言った。
「ちゃうちゃう! お前ら、うちらの任務忘れとるやろ!?!?」
「えーっと……魔王ぶっ倒すんやっけ?」
鼻ほじりながら言ってみた。……なんか、妙に気持ちええんよなこれ。
「魔王を……ちょっとイラつかせる?」
気むうは本から一切目ぇ離さずに、さらっと言う。
「な、なに言ってんだよお前ら!? 魔王じゃねぇ! ただの手紙だろ! 届けるだけだっての!!」
マイルズの声が裏返るほど、マジで焦ってた。
「ぷっ、タマ触っとけや……」
「やれやれ……ほんとマイルズは真面目だなぁ」
気むうはページをめくり、フルカフトは穏やかに笑って肩をすくめる。
──そこでハッと思い出した。
「おい、フルるん!」
「ん? どうした?」
「この前渡した手紙、持っとるか?」
フルカフトはちょっと考えてから、胸んとこに手突っ込んで──ごそごそ。
で、出してきたのは……妙に立派そうな封筒。
「これか?」
「せや! ……って、はよしまえやァァ!!」
「えっと……まあ、とにかく。もう馬鹿げた依頼はやめだ。俺たちの任務に戻る。働く時だ!」
マイルズがようやく真面目に口を開いた。
「は、働く……!? 働くううぅ!? やだやだやだやだあああああ!!」
うちは思わず床を転げ回りそうになった。
「……は? なに言ってんの、神い」
気むうは片眉だけ上げた。
「ハハハ、落ち着けって。マイルズが言いたいのは──もう村を出て、目的地へ向かうってことさ」
フルカフトは穏やかに笑いながらフォローを入れる。
「なぁんや、ビビらせんなよ……。うちはまだ、何年も働きたくないんやぞ」
深いため息。
「三年だけ」
気むうは視線を一切上げず、本に集中したままスッと呟く。
「なっ……こ、このガキィィィ!!」
「よし! 王に報告するぞ!!」
マイルズが勢いよく立ち上がり、フルカフトの正面に座り込む。その手に現れたのは──半透明の球体。中は画面みたいになってて、みんなで覗き込める仕様らしい。
「なんやこれ……」
うちは四つん這いで近づいて、じーっと覗き込む。気むうもようやく本から目ぇ上げて、姿勢を正した。
球体がボワッと光って、すぐに文字が浮かんだ。
【 呼び出し中…… 】
バックは……やけにパステルカラーな抽象模様。
なんやねんこの癒し系デザイン。
≪……もしもし。余だ。スウェトボーレ王である≫
「陛下!マイルズです!」
≪……おお、マイルズか。声を聞けて嬉しいぞ≫
「任務のためのフロリンはすべて集めました!ご覧ください、全員無事です!」
マイルズが球体を少し傾けると、映し出されたのはスウェトボーレ王の顔。
まるで孫の顔を確認する祖父みたいに、じっとこちらを見つめていた。
うちは両手でVサインして、ドヤ顔のスマイル。
気むうは小さく手を振るだけ。
フルカフトは柔らかく笑い、軽く会釈。
「最速で目的地に向かいます、陛下!」
≪……ふむ……≫
王は目を閉じ、荘厳に間を取った。まるで今から偉大な演説をぶつけるかのように。
≪……マイルズ≫
「はい、陛下。なんでしょうか?」
≪貴様らアホかァァァ!!一か月で準備完了と言ったろうが!!すでに一か月と三日、経っとるわァァ!!≫
「も、申し訳ありません陛下ぁぁ!!」
マイルズが深々と頭を下げる。
≪汝ら、本来ならすでに“カブリノ”の半ばにおるべきだ!!≫
「どうか……どうかお許しください陛下!」
……で、うちら三人は後ろで目ぇ合わせながら、必死に笑いをこらえてた。
≪……ところで、マイルズ≫
王が唐突に声を切った。
「は、はいっ!?な、何でしょう陛下?」
≪お前らから預かった“試料”の解析が終わった。大きくは進展せなんだが……ひとつだけ確かな成果がある≫
「成果……?」
≪……現実が完全に崩壊する期限。それが判明した≫
「えっ……いつ……?」
≪七年後だ≫
「は、はぁぁぁ!? 七年!?!?」
うちは思わず飛び上がった。
「じゃあ……なんでそんな急がせるん?」
気むうが少し身を乗り出し、四つん這いで球体に近づいた。
≪……理由は単純だ。我が飲む珈琲が──カップの底から漏れてくるのだ。理不尽極まりない!!苛立ちで余は発狂しそうであるッ!!≫
≪……コホン。ともあれ。このレンダリングの歪みは他の地域にも波及しかねん。そうなれば……都市機能の崩壊、あるいは内乱に発展する危険すらある≫
「ほんなら、うちらも全力で飛んで王国行ったらええやん!」
うちは勢いで叫んだ。
「そう簡単じゃねぇぞ、神い」
フルカフトが落ち着いた声で割って入る。
「もし急ぎすぎれば……魔王側の密偵に怪しまれるし、魔王国の防空にも引っかかる。つまり──歩きか、普通の速度で飛ぶしかねぇってことだ」
「……でも」
気むうはベッドの端に腰を下ろして、淡々と続けた。
「近くはないよね。何か月もかかるんじゃ……」
≪……その通りだ。この調子では到着まで凡そ半年かかろう≫
「こんなん受け入れられるかいッ!ただの手紙届けるのに半年やぞ!?せめて馬車とか──なんか乗り物ないんか!?」
うちはベッドから身を乗り出して叫んだ。
フルカフトは静かに目を閉じ、マイルズも、そして王も同じく沈黙した。
≪……理屈は悪くない。だが神いよ、理解せねばならん。この旅の目的は、単に書簡を渡すことにあらず≫
「……ど、どういうことや!?」
≪我らは“エラー”を観測せねばならん。景観をどう蝕むのか、住民にどのような影響を及ぼすのか。その過程を知ることこそが肝要である≫
「……」
≪そして……この旅はお前たち自身の鍛錬にもなる。魔力を磨き、迫り来る脅威に備えるためのものでもある≫
「その通りだ」
マイルズが真剣に頷いた。
「仮に三日で王都に着いたとしても、情報がなければ“制御の薔薇”を修復できない。それに──お前たちの魔力量じゃ、今はまだ敵に太刀打ちできん」
「……まあ、言われてみれば……筋は通っとるんかもな」
腕を組んでうなずいた。──いや、正直あんま理解してへんけど。
≪……よし。ならばもう時を浪費するな。さっさとそこを発て!!≫
「「「「「 は、はいぃぃぃぃぃ!!!! 」」」」」
───◇───
宿を出るとき、うちらの荷物なんてたかが知れてた。ボロい布袋に突っ込んで──もう二度と戻らんつもりであのオンボロ宿をあとにした。
……が。
目の前に広がったのは──人、人、人。うちらを待ち構えてる、アホみたいな群衆。
「エクスプロージョン隊ーーっ!!!」
「な、なんやねんこれぇ!?」
思わず叫んだ。
「本当に行っちゃうんですか!?!」
「やめてくれ!!」
「村に残ってくれぇぇ!!」
「カエルどもがビビり散らかしたの、お前らが来てからやぞ!!」
「ちょ、ちょい待ち!みんな落ち着けって!!」
うちは両手をぶんぶん振りながら、必死に場を収めようとした。
「……うちらにはな、大事な任務があるんや。ほんまやで」
……いや内心、恥ずかしすぎて死にそうやったけどな。
そのとき。
気むうがスッと袖を引っ張った。
「……なに?」
「姉さん、多分ここは──」
小声で言いかけた、その瞬間。
──ズバァァン!!
「おいコラぁぁ!!神い、気むう!!」
人ごみを割って、あのうざ可愛い声が響いた。
「お前らを、このゆみ様をスルーして行ける思っとんの〜?!」
「ゆ、ゆみ!?前に言ったやろ、彼氏探してやるって!マジで約束するから──!」
「はぁ!?そんなんちゃうわ! 彼氏とか別にいらんし!!」
「……じゃあ、なんでやねん?」
「決まっとるやろ〜!うちはまだお前らと勝負してへんやん!つまりぃ……友情は、まだ正式に結ばれてへんってことやぁぁ!!」
「はぁぁぁ!?!?」
「だから──二人まとめて来いや!相手はこの、最強美少女ねこみみ戦士・ゆみ一人やで〜!!」
両腕をガッと広げて、観衆の前でド派手な挑発ポーズ。
……そう、ゆみやった。しかも──例の、あの時と同じ。カエル戦で見た、猫耳セクシー衣装のまんま。
群衆は一気に爆発した。
まるで“何かのサバイバル番組”に勝ち残ったみたいに、拳を振り上げて大歓声。
飛び跳ねるやつ、泣き出すやつ、もう祭り騒ぎやった。
「な、なに言うてんねん!!うち一人で余裕やっ……!」
必死に叫んだけど、声は完全にかき消された。
──いや待て。
「二人でなら、絶対負けへん!!」
結局うちは気むうの首をガシッと抱き寄せて、強引に相棒に仕立て上げた。
……が。
もはや群衆のボルテージは限界突破。
どう見ても、もう勝負する流れに決まってもうた。
───◇───
『ったく、ほんまアホみたいな戦いやな』
イスシアの声が、頭の奥でバチンと響いた。
「せやな」
うちは鼻で笑って返す。
「……まあ、同感や」
気むうも本から顔を上げずに呟く。
どうやら、ほんまに近くにおるらしい。
気むうにも、イスシアの声がちゃんと聞こえてる。
『がんばってね、二人とも!』
別の声が、ふわっと重なった。
「……ルッチア?」
気むうが、少しだけ表情をやわらげる。
『そう、私よ。白の薔薇。……初めまして、神い』
「……あ、ど、どうも。よ、よろしく……」
思わず挨拶がぎこちなくなる。
イスシアとは違って──気むうの薔薇は、ずっとまともそうやった。少なくとも、発情したバグ虫じゃなく。
場所は……なんや、厩舎っぽい部屋。
いや、正確には「闘技者の待機所」ってやつやな。
──そう、うちらがこれから見世物にされる直前の。
……てか村全員、どんだけノリええねん。
こんな茶番を「伝説イベント」扱いするとか。ほんまタマ触っとけや。
「なぁ、あんたら……知り合いなん?」
うちは頭ん中に向かって問いかける。
『まーねぇ。いわば“仲間”やな!』
イスシアが、即答でドヤってきた。
『そう……目的を同じくする同志、でしょうか』
ルッチアの声は、対照的に落ち着いてた。
「目的ぃ?」
『んー、簡単に言えば……反逆組? アタシらは“信じとる側”やねん。あんたら二人を』
『ええ。他の薔薇は──少し距離を置いていますから』
「はぁ? 他の薔薇は、うちらのこと信じてへんの?」
『逆に言うと……あいつらは噂話ばっかで忙しいんよ。“神いと気むうはトラブルメーカーや〜”ってな!』
イスシアはケタケタ笑ってる。
『……残念ですが、否定はできませんね』
ルッチアは小さくため息。
「……やれやれ」
気むうは短く吐き捨てた。
「ま、まぁ……えっと、気むう。こうなったら二人で戦うしかないんやし……作戦でも立てる?」
「……作戦なら、いつものパーティの役割分担でいい。姉さんが前に出て攻撃、私が後ろから援護。治癒はすぐ飛ばせるから……姉さんは前後に跳ねるように立ち回って」
「……なんやそれ。まるでレスターの盗み計画やん」
「……へっ」
気むうはわずかに口角を上げただけ。
「でもさ、お前の精神魔法……ホルモン下げたら楽勝ちゃう?」
「……それじゃ観客が楽しめない。楽しめなければ、きっと村人は納得しない」
「……なるほど。せやな……」
「え、ちょ……待てや!気むう、それって……ホルモン操れるんやったら、誰でも余裕で倒せるやん!?なんでカエルとかゴリラの時に使わんかったん!?」
「……動物と知性ある存在は違う。前者は衝動だけで動く。だからこそ、ホルモンの流れが単純すぎて、逆に制御が難しい」
「……あ、そうなん」
「それに──誰かを操るには、まずその“心”を読まなきゃならない。それが簡単とは限らない」
気むうは淡々と続ける。
「たとえば……姉さんは“本”みたいなもん。『セックス』って言えば──すぐ中身が読める」
「なっ……な、なに言うてんねん!!!」
うちは真っ赤になって、思わず声を裏返した。
「……にしても、そんな難しい勝負やないやろ。さっき“余裕”って言ってたやん?」
気むうがページを閉じずに、淡々と放つ。
「う、うるさいッ!!」
思わず声が裏返る。
「男みたいに戦えばいい」
「こっちは女や!!」
「なら──せめて“物語”のためにやれ」
……は?
なんやこの子、急に毒舌レベル上げてきとるやん。
「……ちっ、しゃーない!!でも絶対近くにいろよなっ!」
気むうは下を見つめたまま、静かにうなずいた。
その顔は──また“無表情クール”に戻っとるやん。
……ほんま、毒舌モード終わったら急にクーデレに切り替えるんかい。
やってられんわ。
そのとき──。
突如、腹の底から響くような声が、メガホン越しに村中を揺らした。
『レェェディィィース&ジェントルメェェン!!ご老体もお子さまも!カエルも犬も猫も虫けらもぉぉぉ!!
耳をかっぽじって、魂で聴けェェェ!!!』
「……なんやねん、今の」
≪さぁッ!今宵も始まったぞォォォ!!
村民待望!混沌必至!爆裂と熱狂のラジオ番組ッ!!
その名もぉ──“ドタバタ☆カエル”だァァァーーッ!!!≫
観衆「うおおおおおおおお!!!!」
≪さあリスナー諸君!思い出すがよい!!
数日前、村の半分を吹き飛ばし、四日四晩を灰に染めた──伝説の爆裂娘ッ!!!
その妹と共にッ!!今ここに再臨なりィィ!!≫
「やめろォォォ!!言い方おかしいやろォ!!!」
≪そして対するはァァ──!
村一番のウェイトレスにして、猫耳セクシー戦士ッ!!
最強美少女、唯一無二の存在ッ!!その名は──ゆみぃぃぃィィィィ!!!≫
観衆「うおおおおおおおおおお!!!!」
≪さぁ見届けよォォ!爆裂姉妹vs猫耳戦士!友情か、栄光か、はたまた村の未来かァァ!?
勝利するのはどちらだァァァ!!!≫
「勝手に村の未来背負わすなやァァ!!!」
うちの声はもちろん雑音にかき消された。
≪なおチケットは現在、“プラザ・ススペンディーダ”にて大好評発売中〜!
お値段なんとォォ──五万九千九百九十九フロリン!!
はい今すぐ並べェェ!早い者勝ちィィ!!
特典はぁぁぁ〜“激レア☆カエルのキーホルダー”だァァァ!!!≫
……
……は?
グッズまで売っとるやん。
この茶番でボロ儲けすんなや、アホか。
──延々と続くハイテンション。
言葉の半分はマジで意味不明やった。
……うちら姉妹の顔?
そらもう、「はよ黙れクソマイク……」の一言やで。
やっとのことで、司会の声が切り替わった。
≪──さぁさぁお待ちかねェェ!!
チケットは完売御礼ッ!売れ行きは熱々の焼きパン並みィィ!!
そして今まさにッ!運命の一戦が始まろうとしているゥゥ!!≫
観衆「うおおおおおおお!!!!」
≪リスナーの皆さまぁぁ、ご安心を!余が最後まで!
この“ドタバタ☆カエル”がぁぁッ!!
生でぇ!実況解説いたす所存でござるぅぅぅ!!≫
≪おぉぉぉっとォォ!!今まさにゲートが開いたァァ!!
右サイドから登場するのはァァ──
黒き影より舞い降りしッ!!スーパー!カワイイ!セクシーガァァール!!
にゃんにゃん♡戦士ッ!!ゆぅぅぅ〜〜〜みぃぃぃぃぃィィィ!!!!!≫
──ドンッ!!
ギターのリフが爆音で鳴り響いた瞬間、観客の声援が爆発した。
「うおおおおおおおおお!!!!!」
耳がバグるほどの轟音。
どうやら──マジで派手に入場してきたっぽい。
(……え、なにこれ。うちらも派手に入場せなあかん感じ??)
気むうはずっと無表情のまま、まるで周囲の轟音を耳で測ってるみたいに、じっと集中してた。
そのとき──。
目の前の木の扉が、ギィィ……とゆっくり開き始める。
差し込む光がだんだん強くなって、目がチカチカするほどまぶしい。
「……準備、ええか?」
差し伸べた手を、気むうは無言で取って、ただ一つうなずいた。
≪──さぁぁぁ左サイドォォォ!!
今宵の舞台に立つはッ!!
火と水ッ!!灼熱と氷結ッ!!
混沌のシスターズッ!!爆裂と静寂ッ!!
\*\*神い&気むう──ミッショォォンインッファァァームドォォォ!!≫
……どんだけ盛るねん。
とりあえず、うちらは普通に手ぇ振って出ただけ。
なのに──なんでや。
頭上からド派手なライトショー、床から吹き出す謎の魔法エフェクト。
観客の目には、めちゃくちゃドラマチックに見えたらしい。
「EX──PLO──SION!!!」
「EX──PLO──SION!!!」
「EX──PLO──SION!!!」
……観客全員でコールまで始まっとるし。
(ちょ、やめてや!?うち、ただの女子高生やぞ!!普通に朝ごはん食わせてやァァ!!)
目の前に立ちはだかるのは──ゆみ。
例のセクシーねこみみ装備に身を包み、腕を構えて仁王立ち。
ほんま、観客の前で芝居してるつもりか。
「……気むう、覚えとるやろ。計画やで」
小声でささやく。
「当然。あんたほどアホちゃうから」
冷たぁ〜い返事。
はいはい、うち刺さりましたぁ。
「フフ……!」
ゆみが髪をかき上げながら、わざとらしく叫ぶ。
「思い出すわぁッ!! あの時の……あのクソカエルどもに囲まれて、うちが辱められた夜をッ!!」
観客「おおおおお!!!」
「最強のねこみみ戦士が泥だらけで転げ回った……あの恥ずかしさ、忘れられるかい!!」
──はい、始まりました。セルフ恥さらし実況。
「だからこそ……ここで叫ぶッ!!」
両手を広げ、わざとらしい決め顔で。
「我が痛みを──味わえぇぇぇぇッ!!」
ズバァァァッッッ!!
床をガリッと裂いた爪から、衝撃波みたいな光の爪が飛び出して……こっちへ!!
……いや。角度おかしすぎて、普通に横通過。
まじで一歩も動かんでも当たらんやつ。
「……ナイス攻撃」
腕組んだまま、うち冷静に一言。
≪──っ!! 見事な回避ィィィ!!≫
会場中に響く、ドタバタ実況。
……いやいやいや。
誰が避けたんや。うちただの棒立ちやぞ!?
ズザァァッ!!
ゆみが高く跳ね上がって──そのまま、うちめがけて飛び蹴り!!
「ちょ、待っ──!」
反射で拳を燃やす。ブワッと炎が走って、身体が一気に軽くなる。
スピードも力も、いつもの戦闘モード。
ギリギリで横にずれて──バシュッ!
ゆみのかかとが地面を抉った。
そっから先は……もう完全にネコ科の動きやった。
「にゃっ! にゃにゃにゃにゃにゃにゃぁぁッ!!」
爪を振り回して、めっちゃ引っかいてくる。
……マジで猫のケンカ。音まで完全に“みゃお”。
「はぁ!? なんでうち、こんなキャットファイト相手せなあかんねん!!」
必死で身をひねって、最小限の動きでスルスル避ける。
正直、反撃する気にもならん。
バッと大きく跳んで間合いを取った。
「おいゆみぃ!! マジで勘弁して! うち急いでんねん! 宇宙がヤバいんやぞ!?」
……けど、全然聞く耳ゼロ。
ゆみは獲物を逃すまいと、さらに牙をむいて突進してくる。
「おいぃぃぃ!!」
たまらず後ろを振り返る。
──気むう。
仲間として援護してくれるはずの妹は。
のほほんと鞄からパン取り出して……もぐもぐ。
「……なに食ってんねん!!!!!」
叫んだ。
「バトル中やぞ!?!? なんで悠々と菓子パン食うてんのや!!」
気むうはちらっとだけ目を上げて──完全スルー。
……で、またパンに集中。
──結局またか。
またうち一人でバタバタしてるやんけッ!!!
「っは、っは……マジで速っ……!!」
必死で横っ飛び、かがみ込み、バックステップ。
爪の風圧だけで頬がヒリヒリする。
正直──一撃でも食らったら、マジで終わりや。
……のに。
≪おおっとぉーー!!見ましたか皆さん!?神い選手、余裕の表情でスルスルと避けております!!≫
≪さらにぃぃ!!後方の気むう選手!なんと菓子パンを食いながらの余裕っぷり!!これは前代未聞!!≫
「はぁ!?!?余裕やないわ!!死ぬほど必死やっちゅうねん!!」
叫んでも観客席に届かん。ラジオの声は、さらにヒートアップ。
≪これはもう……自信の現れ!!勝利を確信したからこそ、食事の時間を設けているのです!!≫
「違ぁぁぁう!!」
……避けながら全力でツッコむ。マジで呼吸苦しい。
「──もうええわ」
思わず口から漏れた。
迫ってくる爪を、ガッと腕で受け止める。
火花と炎が散って、腕がじりっと熱を帯びる。
その反動を利用して──拳を握り、腹めがけて全力でぶち込んだ。
「ごふっ……!」
ゆみの体が一瞬のけぞる。炎が腹に残像を刻み、観客がどよめく。
けど、あいつ──すぐに後方へ大ジャンプ。
猫みたいに軽やかに着地して、まだ目が死んでへん。
≪うおおおおーーっと!!神い選手、ついに反撃!!爆炎の拳が炸裂ゥゥ!!≫
……いや。
うちからしたら、ただのガチ喧嘩やねんけど。
はっきり言って、もうサーカスにしか見えんわ。
「次は……どんなアホ技くるんやろな」
うちは腕を組んで、冷ややかに睨み返した。
──やっべ……!
マジで本気モード入ったやん、ゆみ。
爪が雨みたいに降り注ぐ。
右から左から、上から下から。
横薙ぎ、踵落とし、そして着地の瞬間に跳ね上げる猫パンチ。
「ぅぐッ!!」
紙一重で避けたと思ったら、頬に浅い傷。じんわり血の味。
「ちょ、ちょ、待て速すぎィィ!!」
炎をまとった腕で受け止めても、衝撃が全身に響く。
いちいち体がビリビリ痺れて……やべぇ、押されてる。
≪おおおーーっとォォ!!神い選手、ついに劣勢かァァ!?≫
≪ゆみ選手の攻撃、まるで嵐のようだ!!これを人間が受け止められるはずがないィィ!!≫
実況が勝手に処刑宣告すんなやァ!!
──その瞬間。
背後からふわりと冷たい風みたいなのが流れた。
「……治癒」
気むうが低く呟き、手をかざす。
じわっと温かさが体を包んで、痛みが薄れていく。
切れた頬も塞がって──呼吸がスッと楽になった。
「ナイスや、気むう!!助かったぁ!!」
≪きたぁぁーーー!!ここで妹のサポートだぁぁぁ!!氷のように冷静な回復魔法!これで戦況が変わるぞぉぉ!!≫
観客席が爆発するみたいな歓声。
「キャーー!!」「すごーーい!!」
おい待て、遊園地のショーちゃうぞ。こっち死ぬ気やで!?
「立って、姉さん」
気むうが無表情のまま言う。
「……負けるの、イヤでしょ」
その声、妙に刺さった。
「ッしゃあああ!!」
再び火をまとって、突っ込む。
「ふふふ……やるやんけ」
ゆみが口角を吊り上げる。爪を構えて、獣みたいに身を低くした。
あいつ──完全に楽しんでやがる。
爪と拳がぶつかる。
火花、爆炎、砂埃。
観客の悲鳴と歓声が混ざり合って、村全体が揺れるみたいだ。
「このぉっ!!」
フックを避け、蹴りをかいくぐり、炎の拳を突き出す。
「甘いわッ!!」
ゆみが爪で弾く。金属音みたいな甲高い音が鳴った。
≪これはもう歴史的一戦だぁぁ!!両者一歩も引かない!!猫か炎か!?勝つのはどっちだァァ!!≫
……実況、マジで黙れ。
こっちはもう息ゼェゼェやのに。
「っは、っは……」
肩で呼吸しながら、ちょっと距離を取る。
汗と血と炎で、全身ぐちゃぐちゃや。
──でもな。
気むうが後ろにいる限り、まだ折れへん。
「さぁ、ゆみ……次はどんなアホ技見せてくれるんや?」
挑発して、口角を上げてみせた。
観客「うおおおおおおおおおお!!!!」
実況≪まだまだ終わらんッ!!伝説は今ここで刻まれるゥゥ!!≫
……やれやれ。
どんだけ大げさに言うねん。
──その瞬間、頭ん中でパチンと電球が光った。
「……せや!」
両手に炎を集め、渦を巻かせる。
空気がビリビリ震えて──“火星波”がうなりを上げた。
「うぉぉぉぉぉッ!!」
叫びながら飛び上がり、一直線にゆみに突っ込む。
「ゆみぃぃぃッ!!」
「な、なによッ!?」
あいつは慌てて逆方向へ飛び退く。完全に逃げ腰。
──けど。
ズバッッ!!
瞬間移動!!
視界が切り替わった時には、もうゆみの顔の、ほんの2センチ前。
「……セックス」
「はぁぁッ!?!?」
ドガァァァァァァァァンッ!!!!
火星波が炸裂ッ!!
炎が竜巻みたいに広がり、轟音と共にゆみを吹き飛ばした。
空中でクルクル回りながら、まるで焼きマシュマロみたいに焦げていく。
観客「うおおおおおおお!!!!!」
≪きたぁぁぁぁ!!瞬間移動だァァ!!神い選手、突如として目の前に現れて──なんとッ!“セックス”を叫んでからの必殺火星波ァァァ!!≫
≪……技名じゃないよな!?いやでも今のは確かに、全宇宙が震える“セックス・フィニッシュ”だァァ!!≫
観客「セックス!セックス!セックス!」
「やめろやぁぁぁ!!!」
必死でツッコむけど、もう遅い。コールが村中に響き渡ってた。
──ドゴォォォン……!!
火星波の爆煙がようやく晴れて。
そこに転がってたのは、ゆみ。
猫耳セクシー戦士──というより、今はただの焦げマシュマロ。
「……うぅぅ……」
三秒。ほんまに三秒間、完全に沈黙。
観客は大歓声。
≪第一ラウンド終了ぉぉ!!神い選手、圧倒的フィニッシュ!!≫
「……勝ったんちゃう?」
思わずつぶやいた、その時。
ブゥゥゥン……。
重低音の羽音が、頭上から迫ってきた。
「……は?」
見上げたら、そこにおった。
お尻パンパンに膨れた、やたらデカい蜂。
こいつ、堂々とゆみに着地すると──
「ブゥ……治癒」
針から光が走り、ゆみの体に吸い込まれていく。
「……ふっ、生き返ったわ♡」
さっきまでマシュマロやった奴が、今はツヤツヤ猫耳。
え、なにこの全回復。おかしいやろ。
≪な、なんとぉぉ!?ここで現れたのは“治癒蜂”ぃぃ!!第二ラウンド、これにて開始だぁぁ!!≫
観客は狂乱。
「ラウンドツゥーーー!!」
「ひゃあああ!!」
「もっとやれぇぇ!!」
……いや。
蜂一匹で公式リスタートって、どんな大会運営やねん。
ゆみが立ち上がり、堂々とフィールドの真ん中に歩いてきた。
「おい、神い、気むう。こっち来いや。正面からや」
「……え、なに急に」
気むうと顔を見合わせ、二人で肩をすくめて前に出る。
間合いゼロで対峙した瞬間──
「なぁ、神い……アリ、見たことあるか?」
「は?アリ?なにそれ──」
ドゴォッッッ!!!!
思いっきり腹に拳を叩き込まれた。
息が詰まって、目が白黒。
「“腹にアリ(あり)”や♡」
──ダジャレかよぉぉぉ!?!?
「ぐっ……!!」
うちが腹押さえてうずくまった瞬間、何かがギュッと体を締め付ける。
「な、なんやこれッ!!?」
足元を見ると、透明なロープみたいなもんが全身を絡め取ってた。
「ちょ、ちょっと待てや!!これ反則やろぉぉ!!」
≪え、えぇぇ!?反則……!?≫
実況の声が裏返る。
……と思ったら、数秒後。
≪い、いやぁぁ!!これはサプライズ要素だぁぁ!!一度敗北したゆみ選手への……特典アイテムッ!!≫
「特典やあるかボケェェェ!!」
観客「うおおおおおお!!」
「やれやれーー!!」
ゆみはケロッと笑って、うちを無視するように気むうに視線を向けた。
「次は……お前や、気むう。
顔見りゃわかる。奥に隠れた力……うちは見たいんや」
「……わたし、攻撃系スキルは持ってない。だから──無理」
気むうが淡々と言い放った。
「えぇぇ?そんなの関係ないやん!ほら、うちと戦えぇぇッ!」
ゆみはテンション全開で飛びかかってきて、爪を振り下ろす。
ガキィィィンッ!!
気むうが瞬時に光の盾を展開して、防いだ。
「にゃっ!?!?」
ゆみは弾かれた拍子にバランスを崩し……胸を押さえて、そのままフラフラと後退。
「……はぁっ、はぁっ……」
顔が真っ青になって、ズルッと膝をついた。
そして──ドサッと地面に崩れ落ちる。
「な、なにぃ!?おい気むう!いったい何したんやッ!?」
思わず叫んだ。
気むうは髪を耳にかけ、無表情のまま。
「……アドレナリン。それと少しノルアドレナリン」
「……」
「許容量を超えた分、強制的に流し込んだだけ」
会場が凍り付いた。
観客も解説も、口を開けて一言も出ない。
──だって、まさか。
あの猫耳戦士ゆみが、ただ胸を押さえて三秒転がっただけで負けるとか。
「……マジかよ……」
さすがのうちもドン引きした。
沈黙を破ったのは──あのバカ実況やった。
≪ラァァァァウンドツー終了ぉぉぉ!!!勝者ぁぁぁ──神い&気むう姉妹ィィィ!!!!≫
「うおおおおおお!!!!!」
観客が一斉に大爆発。
「カミィィィ!」「キムゥゥゥ!」
「エクスプロージョン!エクスプロージョン!!」
……いや、なんで盛り上がんねんこれで!?
どう考えても、勝ち方めっちゃ地味やろ!?!?
───◇───
「……ふぅ」
ゆみが立ち上がって、胸を張った。
「チビども。うちの負けや。心から敬意を示すわ」
……は?
なにボスキャラみたいに謙虚ぶっとんねん。
「え、えぇ……あ、ありがと?じぇじぇじぇ……」
とりあえず口から出たのは、意味不明な相槌だけやった。
気むうの方を見ると──下を向いたまま無表情。
けど、まつ毛がやけにツヤツヤで……なんかそれ見た瞬間、胸がキュッとなった。
……いや、可愛すぎやろ。
「さて」
ゆみがドヤッと腰に手を当てる。
「敗北した代わりに、うちが用意してきた特別報酬があるんよ!この袋やぁ!!」
ドンッと布袋を掲げてみせる。
……マジか。
こんな茶番で、いちいち“宝箱イベント”まで発生すんのか
袋を受け取った瞬間、うちは心ん中で頭抱えてた。
……いや、マジでなにこれ。RPGの主人公イベントかよ。クッソ恥ずかしいわ。
後ろじゃフルカフトとマイルズがコソコソ話してる。
──絶対ロクでもない話やろ。
「……こ、これは……ありがと、ゆみ……」
引きつった笑みで袋の口を開ける。
「ふふっ、大したことないよ。だって……友達やからな?」
ゆみがにっこり笑う。
「……っ」
顔が熱くなった。
思わず、視線を逸らして小さく答える。
「……せやな」
袋の中をガサゴソ……。
手に取ったのは、やたらカラフルな瓶。
「……これ、なんや?」
「それはな、魔法の育毛シャンプーや!」
ゆみが胸張って答える。
「洗えば髪がめっちゃ伸びて、めっちゃ強くなって──鞭みたいにブン回して攻撃できるんやで!」
「へ、へぇぇぇ……?」
思わず感心したふりしながら、ラベルを凝視する。
……シャ、シャンティー……?
いや待て、マジでここシャンプーでシャンティー化できるんか!?
「え……お、お次は……これ?」
袋の中をさらにゴソゴソすると──出てきたのは、猫耳カチューシャ。
「それはな……昔、親に付けられてたやつや。魔力の成長を促す道具でな。装備すると……頭が猫みたいに反応するんや」
ゆみが得意げに説明する。
「……そ、そう……かわいい……んやな、多分」
苦笑いしながらカチューシャを袋に戻す。
──いや、絶対つけん。命懸けでもつけん。
さらに探ってみると、瓶がいくつか。
「なんやこれ……赤、青、緑……?意味不明な色のポーション三つ」
その奥に──
「おっ……おお!?“ヒミツのみ”が八本も!!……って、“ロストティー”まで!?!?」
「ふふん。好きやろ?だから特別に入れといたんよ♪」
「おおお~~、ありがとなぁぁ友よぉぉ!!」
思わず叫ぶ。
「どーいたしまして、友よ♪」
……一瞬だけ。
二人とも妙に真顔になった。
「……これで全部や。うちに渡せるのは、これだけ」
「へぇ……そうなん。──あ、でもさ。そのセクシー衣装は?それもくれたりせん?」
「えっ……欲しいん?」
ゆみが一瞬きょとんとして──にっこり。
「じゃあ……脱ぐわ♡」
そう言うやいなや、背中に手を回して、上着のホックをカチャリ……。
セクシーに、ゆっくり外し始めた。
「「「「「ノォォォォォォーーー!!!!」」」」」
その場にいた全員が同時に絶叫。
「え、な、なに!?どうしたん!?!?」
「……ちょ、やめろ!!マジで放送事故やろが!!」
ゆみは頬を赤らめて、口を尖らせる。
「だ、大丈夫やって……ちゃんと下にプロテクション着てるんやし……えへへ」
……いや、そういう問題ちゃうわ。
───◇───
戦利品とフロリンをぜーんぶ詰め込んで──うちらのリュックはパンパン。
気むうが無言で“荷物テトリス”を完成させ、フルカフトがベルトをぎゅっと締め、マイルズが最後の枚数をカチャカチャ数える。
その口元はやけに真面目やのに、耳だけピコピコ喜んでるの見逃さんかったで。
ちらっと袋の口から覗くのは、ゆみのセクシー衣装。
「……え、えへへへへへへぇぇぇ……」
思わず、喉の奥から変な笑いが漏れた。
「おい神い。顔、事件や」フルカフトが苦笑。
「姉さん、それを“所持”してるだけで逮捕されそう」気むう、氷温ツッコミ。
「や、やっぱ返そ? 返そ?」マイルズは本気で焦ってる。
「いやぁ~~インスタさえあればなぁぁ!これ着て撮ったら絶対バズるのにぃ!!」
衣装を掲げて妄想モード。三人から同時に叩かれた。痛い。
門まで歩くと、村人たちが列を作って手を振ってくれた。
パン屋の奥さんは焼き立てを半分こして押し付けてくるし、カエルの被害届おじさんは「もう投書しないから!」って泣いてる。
ゆみは親指を立てて、白い歯をキラーン。治癒蜂はブゥゥと円を描いて、そのまま空へ。
≪本日の“ドタバタ☆カエル”は、ここまでぇぇ!!リスナーの諸君、また来週!スポンサーは貴方の心と財布!≫
ラジオのバカ声がフェードアウトして、風だけが残った。
「……じゃ、行くか」フルカフトは前を向いたまま短く。
「遅延、これ以上は不可」マイルズは眉間にシワ。
「道中、三回くらいなら回復間に合う」気むうが事務連絡みたいに言う。
「うちらなら余裕やろ!!」うちはわざと大きい声で笑ってみせた。
門をくぐる瞬間、風がざわっと衣装の布を鳴らした。
三歩だけ、黙る。世界の音が少し遠のいた気がした。
……“心のバラ”が、ポッと微かに震えた──気のせい、やろな。
気むうが、ほんの一瞬だけうちの手を指先で突く。合図。前を見ろってことや。
「ほな、レッツ・修正任務」
言ったとたん──
ドン、……ドン、ドドン。
地面の奥から、規則的な振動。
え、地鳴り? いや、これ……リズム刻んでへん?
「ウホッ、ウホッ!」
「ウホホホーー!!」
林の陰から飛び出してきたのは、ゴリラの群れ。
しかも、ただの群れやない。
全員、腕を水平にスッ、スッ──足を内外、ステップ、ターン。
……え、ちょ、待て。パラパラやん。無音で完璧なフォーメーションやん。
先頭のやつ、サングラスにバイザーまで付いてるやん。誰やDJモンキー。
砂埃が線を描いて、BPMだけが空気を叩く。
向こうはダンス、こっちは現実。衝突予定、数秒後。
「「「「「 くっそおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!! 」」」」」