第11話:路地裏
……ちょっと告白するわ。
ちびベイビーズ……あのな、うち、気づいたんよ。
イスシアって──ただの寄生虫やん。
いやマジで。あいつ、もう“案内役”とか“宇宙の友”とかじゃない。
頭の奥にくっついてる虫。
んでな、たま〜〜に殻からヒョコッと出てくるんやけど……
言うことはだいたい2パターン。
a)人類史上いちばんアホなこと。
b)銀河レベルの陰謀論。しかも意味わからんやつ。
『──ねえねえ!信じられないこと起きたんだけどッ!!』
「うわっ……おぉ……赤バラ様じゃないっすか。3日ぶり! 自己最長記録おめでとう〜〜」
『いや〜〜ちょっと忙しくてさ!何せ“多元宇宙級の全能存在”って、結構やること多いんだよね〜』
「……うん、うん……」
『──ねえねえ!マジでヤバいのよ!ピンクの薔薇と黒の薔薇が……なんか恐ろしいこと企んでるっぽい!!』
「はあ!?ちょ……何それ!?」
『いやほんと!どうもね……茶色の薔薇の部屋のドアにさ……ペンキのバケツ置こうとしてるんだって!!サイッコーのイタズラでしょ!?』
「…………」
『…………』
「……あんた、バカ?てっきり宇宙の危機とか言うんかと思ったら……薔薇どもが“リアリティショー”ごっこ!?このクソ共……青薔薇の修正案件は知ってんのか!?!?」
『あのね〜、神い?うちら、ちゃんと真面目に働いてるんだよ〜?毎日ミーティングあるんだから!昨日なんて……“明日、何について話すか”を話し合ったんだからね!?』
「……帰れや。」
『……うん、帰る帰る。──“まだ”ね。』
「……は?」
『ふふっ、なんでもな〜い。』
……見たやろ。この寄生虫、ほんまにクソ重いわ……。
『──ねえ、今日なんか面白いことするの〜?ふぁぁ……』
赤バラが、まるで三百年寝てないみたいにアクビした。
……いやほんま、“上位存在”ってこんなにダラダラしてんの?信じてええんかな、うちら。
「……別に。なんもないわ」
寮の部屋のドアを開けながら、ため息混じりに言った。
「……で、それが何?」
『さあ〜なんか面白いの見れるかな〜って思って』
「……は?まさか、うちのこと見てるん?」
『当たり前〜〜24時間365日、神い監視モードだよ〜』
「……ホラーか。」
『……“監視”って言葉、嫌い?“観察”の方がいい?』
「……いや、どっちもキモいわ。」
……あの赤バラ、まさか夜中にうちがトイレで何してるかも見てるんちゃうやろな。
……いや、考えるのやめよ。
そのとき、別のことに気づいた。
まず一つ目:部屋の隅で積み上がったままの皿たち。
まだ洗ってない。そろそろ“古いベーコン”の匂い出そうな勢い。
そして二つ目:部屋にいたのは──気むうとマイルズだけ。
ベッドの端っこに座って、何やら本読んでた。
「……はあ……」
思わずため息ついて、反対側のベッドにゴロン。
「なあ気むう、いつ皿洗うん?このままやと部屋、ベーコンくさなるで?」
うちらの部屋には、当然キッチンなんてない。スペース的に無理。
だから、この寮には共用キッチンが一階にあるんやけど──
正直、誰も料理なんてせえへん。なんか“呪われスポット”みたいで。
だから結局、いつも出前取って、自分の皿に移して食べるんよな。
……うん、聞こえは豪華やけど、中身はただのテイクアウトや。
「……へぇ……?」
気むうが低い声でつぶやいた。
「そうやって!明日このままやったら、部屋ベーコン臭で死ぬわ!」
「……自分でやれば?」
「……はぁ!?何その返事!?どういう態度やねん!?」
「……返事やん。」
「いやいやいや!皿洗うだけやろ!?マラソン走れ言うてるんちゃうで!?ほら、さっさと──」
「……うちはあんたのメイドちゃうし。」
「おおっ、せやな!その態度やとチップどころか、パン一切れもやらんわ!」
気むうはほんの少しだけ口角を上げて、ボソッと一言。
「……ふっ。怠け者。」
ベッドからガッと起き上がって、正面に座り込んだ。
「おい!!何様やねん!?毎日ボコられてんのはうちやぞ!?あんたは後ろで“サポート”とか言いながら安全圏!ちょっとぐらい怠ける権利、うちにあるやろが!!そもそも姉はうちや!妹は言うこと聞けや、コラ!!」
気むうは静かに目を閉じた。
本もパタンと閉じる。
カチッ……と、歯ぎしりの音がかすかに聞こえた。
「……考えたんやけどな。うち、もう疲れたわ。」
「おめでとう!はいはい、“疲れた”ってな!あんただけちゃうわ!!」
「……違う。この生活に。このクソみたいな任務に。この扱いに……もううんざりや。」
「……うっ。」
「……あんたの態度、最近ほんまに……最低やで、神い。」
「……え、ちょ、ちょっと……気むう……?」
部屋の空気が、一瞬で止まった。
「……気むう……」
マイルズが心配そうに名前を呼んだ。
気むうは無言で立ち上がり、靴を履いて、ドアへと歩く。
「……もうええ。城に行く。……帰れる方法、探すわ。」
「ちょ、待って!気むう……!」
取っ手に手をかけたまま、振り向かずに。
「……まさか……“こんな姉”やとは思わんかった。」
パタン──
扉が閉まる音が、やけに長く残った。
閉まったドアを、ただじっと見つめてた。
今の……何やったんやろ……って、頭の中で処理しようとして。
「……っっ……そ、そうや!!勝手に行けや!!ふんっ!!別に……別にうちは気にせぇへんし!!あほらし!!!」
ドサッ──
わざと音立てて、ベッドに倒れ込んだ。背中はドアに向けたまま。
◆◇◆───≪ ✦ ≫───◆◇◆
急に、部屋がやけに静かになった。
マイルズはそこに座ってるけど……魂は完全にあの本の中やった。
ページをめくる音だけが、変に響く。
「……なあマイルズ。皿、あんた洗ってくれへん?」
視線は本から動かないまま、数秒の沈黙。
「……無理。」
「……はいっ、すんませんした。」
軽く手を上げて降参ポーズ。
「……てか、何読んでんの?」
マイルズはやっと目だけこっちに向けた。
「……“空っぽの世界で、空っぽじゃない物を探す話”。」
「はあ?なにそのタイトル、哲学かぶれやん。……おもろいん?」
「……んー……まだ“おもろい”ってとこまで行ってないけど……
たぶん、最後に一行だけで全部泣かせてくるやつ。」
「……はあ……うちらの人生みたいやな。」
軽口のつもりで言ったけど、思ったより重く聞こえたみたいで、マイルズはまた本に視線を落とした。
……これ以上仲間減ったら、うち泣くでほんま。
──だから、考えないと。考え続けないと。
そこから、頭の中で千も万も考えた。
フルカフト今どこにおるんやろ、とか……
“宇宙を救う鍵”って、いったいどこに隠れてんのやろ、とか。
燃えてる電車からどうやって生き残るかって妄想したり、
いつかうちの爆裂でスウェトボーレ城を吹き飛ばせるんやろかって考えたり。
……でも、何回考えても、最後は結局──気むうに戻ってくる。
姉妹本能、やばいくらい強い。
……でも、今は耐えなきゃ。
「……ったく。皿ごときで、ここまでのドラマかいな……」
窓の外に目をやると、小さいハムスターの子がちょこちょこ歩いてた。
その背中を目で追いながら、つい声が漏れた。
「……すぐ帰ってくるわ。絶対……帰ってくる。」
その時、ページをめくる音がピタッと止まった。
「……帰ってくるよ。気むうはそういう子だ。」
不意に落ちたマイルズの低い声に、うちは何も返せんかった。
◆◇◆───≪ ✦ ≫───◆◇◆
空がすっかり、薄い紫に染まるくらい時間が経った。
……で、あのアホ妹。謝るどころか、帰ってきすらせえへん。
……もしかして、ほんまに何かあったんちゃう……?
いや、待て。
確かに止めへんかったうちは悪いかもしれんけど──
モンスターではない。姉やもん。
「……もうええわ。迎えに行く。」
ベッドから飛び起きて、マントを羽織る。今日初めて、ちゃんと整えた。
「マイルズ。夜明けまでに帰らんかったら……次元ポータルに食われたと思え。」
毛玉は少しだけ顔を上げて、目を細めた。
「……神い。」
「ん?」
「……妹って……守るの、しんどい?」
「はあ?何やその質問。守るのは当たり前やろ。姉やし。」
マイルズは、わずかに笑ったように見えた。
「……うん。なら大丈夫だ。」
ページを一枚、パラッとめくる音が響いた。
「……オーケー。」
窓をガッと開けて、そのまま飛び出した。
……まるでピーターパンみたいやな、うち。
──って言うと、めっちゃカッコよく聞こえるやん。
飛んだら、気むうを早く見つけられると思って。
「……ほんま、どこ行ったんやろ……」
口の中でつぶやきながら、城の方向を睨む。
「……スウェトボーレの城に行く、言うてたな……
まさか、もう中に入ったとか……?それやったら……詰んだわ、うちら。」
そう言いながら、ぐっと高度を上げた。
階段みたいに折り重なる街並み。上り下りする明かりと影。
その間を歩く人影を、一つひとつ見ていく……気むうが混じってないかって。
……でも、違った。
目につくのは獣人か、半獣人か……もしくは、しわしわの老人ばっかり。
飛ぶたびに風がマントをバサバサ揺らして、夜の光が全体を“エモい”感じに包んでた。
……でもな。こんなん楽しむ余裕、今のうちにはない。
頭の中、ずっと“妹、危ないかも”って警報鳴ってるし。
しかも、街灯のいくつか……普通にバグってた。
……そうやね。この世界、まだ全然直ってへん。
でも、バグ多すぎて……もう全部ツッコむ価値もない。
──つまり、今は“景色の一部”。
空から探しても全然手がかりなくて、諦めて一回降りた。
通りすがりの人に、片っ端から声かけてみるしかない。
「あ、あのっ……灰色っぽい髪で、ちょっと青みがかってて……目も青い女の子、見ませんでした……?」
「……灰色で青い目……?いや、知らんな。」
……ハズレ。
別の道に飛んで、また声かける。
「す、すいませんっ……髪がストレートで、灰色と青の中間みたいで……目は青……そんな子、見ませんでした……?」
「ごめんね。見てないわ。」
……気むう……お前、どこ行ったんや……。
うちにサブクエストやらせんなや、マジで……。
(……魔法で探せたりせんかな……?)
「……ん〜〜〜〜……」
……やっぱ無理。人探しのエネルジアなんて知らんし。
「クソッ!」
奥歯噛みしめて、スピード上げた。
「なあ!髪めっちゃ長くて、灰色と青の中間みたいで、目が青い子……見たことある!?」
「ケロッ!灰色の髪のコ、見たケロ!ちょっとコワい感じだったケロ!あっちに行ったケロ!」
カエルが小さな手で、路地の角を指さした。
「──よっしゃ!!」
心の中で叫んで、その方向へ一気に加速した。
(気むう……気むう……どこにおるんや……?)
飛んでる最中、ふと後ろに──二つの影が見えた。
「……えっ?」
嫌な気配。確認しようと一気に高度を上げる。
……間違いない。完全に、うち狙いや。
「じょ、じょ、じょ……マジかよ……っ!!何で今なん!?!?」
全力でルートを変える。
あの影……どう見ても“良いこと”する気ない。
パイプや階段をギリギリでかわしながら、狭い路地に突っ込んだ。
スピード上げて、一気に振り切ろうとして──
……ムダやった。
「……はあ!?なんやコイツら……!?」
スピードを上げるたびに、アドレナリンもドクドク湧いてきた。
「……走れ走れ走れッ!!」
ありとあらゆる路地に飛び込んで、角って角を全部曲がって……撒こうとしたけど──
……全然ムダやんけ。
その瞬間、後ろから光の弾が飛んできた。
バチィィッ!まるで雷。
「──っっ!!はああ!?マジで勘弁せえ!!」
体ひねって、ギリギリでかわす。
耳元で空気が焼ける音がした。
「……ほんま、夜のこの街……信用ならんわッ!!」
路地を飛び出して、そのまま振り返った。
速度は落とさないまま──後ろの影に向かって叫ぶ。
「何狙っとんねんコラ!!うちの後つけ回すのやめんか、クソ虫どもッ!!」
……返事は、ない。
影はただ──静かに、確実に迫ってきてた。
「……っっ……ファック!!!」
もう一度、全力で方向転換。
風を切る音が、耳に刺さった。
アニメで見たことある“アレ”、試してみることにした。
後ろでは、相変わらず影どもが雷みたいな光弾を撃ってくる。
……あいつら、うちを追ってるんやろ?
なら、上に突っ込むフリして──途中でひっくり返って逆走したら……撒けるかも。
「いけ……いけ……!!っっ……よし、今や!!」
思いっきり上昇。視界いっぱいに夜空が広がった。
普通に飛ぶより、エネルジアの消費がヤバい……でも、数秒でいい。
「──回れッッ!!!」
ギュンッ!!
体を逆さにして、一気に背面飛行へ。
そのままストンと落ちる勢いで体勢を整え、狭い路地に飛び込んだ。
ズンッ!!
着地と同時に、ゴミ箱の影に体を押し付ける。
狙い通り。
影はそのまま、うちが直進したと勘違いして通り過ぎていった。
「……よっしゃ……!!」
心の中でガッツポーズ。声に出したらバレるしな。
数分……息を殺して待った。
気配は──ない。
そろりそろりと路地の出口に向かって歩き出す。
……やっと、安心できる──そう思った瞬間。
目の前に、二つの影が現れた。
「……っっ……はあああああ!?!?ちょ、マジかよコラ──!!」
瞬間、戦闘態勢。
全身の筋肉に力を入れて、次に動かれたら即反撃できるように──
……でも、数秒間、ただそこに立ち尽くしたまま。
動かない。しゃべらない。
そして──
スッ……。
煙みたいに、影はそのまま消えた……けど。
「……え……?」
その場に、チリみたいな──ほんの小さな火の粒が、ふわ……っと舞ってた。
夜の風に揺られて、ひとつ、ふたつ……静かに消えていく。
「……なに、これ……火……?」
熱さも、光も、ほとんどない。
ただ、存在したっていう証拠みたいに──残ってた。
……今の……何やったん……?
間違いなく、“パラノーマル”やった。
「……っっ……ふぅ……」
安堵の息。……でもまだ油断できん。
後ろをちらっと見ても、何もない。
慎重に歩き出して、探すのを再開した。
「……これ……マジで頭おかしなるわ……」
そのとき、見えた。
夜空を見上げてる、小さなおばあちゃん。
空はもう真っ黒。冷気がマントの中に入り込んで、肌を刺した。
「……あの、すいません。灰色っぽい髪で、青みがかってて……目も青い女の子、見ませんでした……?ちょっと真面目そうな雰囲気で……」
「……灰色の娘かい?さっき見たよ。背中の曲がった、緑のマントの男と一緒に……あそこの路地に入ってったよ。」
震える指で、おばあちゃんが道の向こうを指さす。
数秒、息が止まった。
「……っっ……ありがとっ!!ほんま、ありがとっ!!!」
頭を下げる暇もなく、そのまま全力で駆け出した。
路地の闇が、口を開けて待っていた。
「……緑のフードかぶった変態が、妹に何する気か知らんけどな──
捕まえたら……クソほど痛い目見せたるからなッ!!」
その後はもちろん、気むうにもお仕置きや。
「見知らん奴について行くとか……このアホ妹がッ!!」
「……絶対待っとけや、気むうぅぅぅぅぅ!!!!!」