第10話:たぶん、人生で一番はずかしい日。
外王都村ってな……何日か住んでても、マジで慣れへん。モダンと中世のごった煮。頭バグるレベルやで。
一本向こうの道は、木とトゲ付き武器だらけの店。で、その隣は……自動ドア付きの服屋。
でも外壁は、わざわざボロレンガのまま残してて──「美意識です」みたいな顔しとる。
ほんま、誰が設計したんやこの村。時代考証どこ行ったん?
人間って概念も、ここじゃほぼ消滅してるっぽい。全部「知性ある生物」。たとえば──二足歩行のロバが眼鏡かけて、本屋で真剣に哲学書選んでるとか。
逆に“人間ぽい”やつは……だいたい尻尾生えてるか、耳ついてるか、あるいは──例の「男しかいない&全員が筋肉かモデル体型」の謎種族。
……いや、マジで女子どこ行ったん?
毛玉いわく──あの「人間っぽい連中」は、実は全員“魔導士族”らしい。職業やなくて、まさかの“種族”。
……いやいやいや、ちょっと待てや。
全員魔法使えるんやったら、もうそれ全員“魔導士”ちゃうん?何が特別なん? どこがレアなん? 説明求む。
「……えっと……そ、それは……」
マイルズは──見事に答えられんかった。──絶対コイツ、今テキトーに言ったやろ。
でもな、ここに来てから一番通った場所といえば──間違いなく“冒険者ギルド”や。
受付カウンター、長いベンチとテーブル、毛だらけのメイド服ウェイトレス……そして壁一面のクエスト掲示板。
見た目はシンプルやけど、マジでデカい。冒険者の集まりっていうより、完全に“社交サロン”やった。
で──もちろん、うちらもその真ん中に座っとる。
よく覚えてる。あのとき、うちらはちゃんと“パーティ”っぽく──一つのテーブルに集まってた。
うちと気むうが片側。マイルズとフルカフトが向かい側。
気むうは、いつも通り無言。観察してるだけ。
で、うちは……もう、静かな怒りで胃がキリキリ。
「犬洗いの依頼はいいですよ? よく払ってくれるし、動物に慣れてれば楽ですしね」
マイルズが言った。
「いやいや……それ、あんた猫玉やからやろ。動物とタルザン会話でもしてんのか?」
フルカフトがツッコミ入れる。
「方法はどうあれ、結果が全てですからね?」
「方法? お前の“方法”って、犬を尻尾で溺れさせるやつやろ。見たぞ」
「ど、どこ情報ですかそれ!?」
──数秒の沈黙。
「……ワンチャン、バレずに通るかと思った」
「……え?」
「とにかく、お金稼がないと。ここに来て七日……まだ必要なフローリンの四分の一しかないんですよ?」
マイルズが、まるで熱血上司(もしくは搾取型ブラック企業)みたいな声で言った。
「……そやな。でも……マジで、いい案が出てこん」
フルカフトは腕を組んで、天井を見上げたまま目を閉じる。
「えっと、神い。なんか案──」
「話しかけんな。」
「……え?」
「話しかけるなって言ったやろ。」
「まだ怒ってるのか?」
フルカフトが笑いながら言ったけど──
うちの顔は笑ってへんかった。
ラブコメのツンデレ怒り顔より、数段ヤバいやつ。
「無防備なちっちゃい女の子を、巨大カエルと一人で戦わせる──
これ、立派な重罪やで。」
声は、氷みたいに冷たかった。
「でも……神いのためやったんやで……」
毛玉が、おそるおそる言った。
「“ため”やったら、うち、ほぼ死にかけてへんわ。ふんっ!!」
フルカフトが、ククッと笑った。──それが、ちょっとだけ神経逆撫でした。
「ははっ……なあ神い、ちょっと見せてくれへん? 冒険者カード。」
うちは首をかしげて、冷た〜い目で睨んだ。
まるで、学園の人気女子が陰キャを見下すアレ。
「……なに? 見せるの、怖いん?」
──その瞬間、頭の中が一瞬フリーズした。
今のセリフ……え、え、え……なにそのダブルミーニング!?
(……え、うち、こんな汚い方向に反応したん……?)
自分の脳みそに、ちょっと引いた。
後ろのポケットをガサゴソ……カードを引っ張り出して、そのままテーブルにスパーンッ!!って滑らせた。
もちろん、腕はガッチリ組んだまま。
首をかしげて、目だけでフルカフトを射抜く。
フルカフトはカードを拾い上げて、「ふむ……」と静かにうなった。
そのままクルッと裏返して──
「神い、ちょっとここ触ってみ?」
カードの裏面を、指で押さえながらうちに差し出してきた。
「……???」
「ほら、“ここ”。数字のとこ、軽くこすってみ。」
カードの裏には、よくわからん情報がずらっと並んでた。
でも、一番上──中央に、大きな数字。
「14780」
その横に、小さく「INK」。
「……このデカいやつ?」
「そう、それ。」
ちょっと疑いながら、指をゆっくりカードに近づけた。
(……こいつ、何企んでんねん?)
指先が数字に触れた瞬間──じわっと光り出した。
「……マジか。」
そのまま軽くこすってみると、インクが水に溶けるみたいに数字が滲んでいく。
……これ、ちょっとワクワクするやん。
スクラッチカード削ってる時のあの感じ。「何出るんやろ」ってやつ。
数秒後、滲んだインクの中から──新しい数字が、ゆっくり浮かび上がった。
口が、ほんの少しだけ開いた。
「16589」
……これが、今のうちの力……?
「これは“魔力サーバー”に繋がってる魔法インクや。
見ろよ、この上がり幅。
神い、お前……ゆみと一緒に一人で戦って、ほんまによくやったな。」
フルカフトが、優しく笑いながら言った。
「……ぶ、ぶんっ……そ、それは……知ってたし! 当たり前やん、そんなの!!」
頬が少し熱かった。
……いや、照れやなくて。
このワクワク、必死で隠さなあかんだけや。
今は──ツンデレ仮面、崩すわけにはいかん。
「……まあ、神いがお詫びしてくれたら許すけどな。実は俺ら、パーティの役割を決めててさ。」
マイルズが、ちょっと気まずそうに口を挟んだ。
「……ん?」
「神いが……街の外で家を一軒吹っ飛ばしてる間に、会議してたんや。
で、決まったのは──神いとフルカフトが前衛。攻撃役。
うちと気むうが後衛で回復・補助。こっちじゃわりと定番の陣形や。」
「……なるほど。じゃあ今回の黒幕は、このモフモフやな。」
フルカフトを親指で指差した。
「いや、ちゃうやろ……」
「神い。ほんまアホやな。フルカフトがわざわざレベル上げてくれたのに、あんた……感謝もせえへんの?はぁ……」
気むうの声は、冷静すぎて逆に刺さる。
──ぐっ……これは、反論できん。
「……ちぇっ。わかったわ、ごめん。
“フルカフト、ふっ……ふ、ふる……ふり……ふりんふりん……毛玉の王子さま〜♪”」
そう言いながら立ち上がって、フルカフトの頭をわしゃわしゃ。
「よしよし、ふわふわ〜、いい子いい子〜。」
気むうは、顔ひとつ動かさずに……ほんの一瞬だけ、鼻で笑った。
(……今の、笑ったよな?)
そのとき──可愛いメイド服姿の猫耳娘が、にこにこ笑顔で現れた。
「こんばんは〜、みんな。何を飲みますか〜?」
声は、やさしくて落ち着いてて……場の空気が一気にやわらぐ。
「おおっ、ゆみちゃん!こんにちは!」
マイルズが、猫っぽい小さなお辞儀をした。
「よぉ、ゆみ。元気か〜?」
フルカフトが軽く手を上げる。
「ほり〜、みんな。」
ゆみは、両手をひらひら振って、ふわっとした可愛い笑顔を見せた。
正直に言うと──うちは肩をビクッて震わせて、視線をそらした。
ゆみと目を合わせるのが……なんか、きつい。
嫌いとかじゃない。ただ……見るたびに、胸の奥がギュッてなる。
“助けられなかった”っていう……あの変な罪悪感。
出会ったばかりやのに。
でも──誰かが困ってるときに手を伸ばすのって、人間の“衝動”みたいなもんやろ?
……汚れてへん限りは。
「オレは……ビーRRで。」
フルカフトが即答した。
「じゃあ、私も同じので。」
マイルズも続けて手を挙げる。
「……ビーRRって何やねん。」
思わず口から出た。
「ビールみたいなもんですけど、“旨みエキス”が入ってて──サッとした味わいなんです!」
毛玉がドヤ顔で説明する。
「そうそう、それそれ〜。」
ゆみがにこっと笑った。
「……そ、そう……」
「……ロストティー、ある?」
気むうが、いつもの静かな声で言った。
「もちろん〜。」
ゆみが微笑む。
「……じゃあ、それを。一つ。ありがと。」
「……おい、なんでその飲み物知ってんの?」
小声で気むうに聞いた。
「……ピエロのテレビで見た。」
「……ああ。」
みんなの視線が──一斉に、うちに集まった。
ゆみが、少し首をかしげて微笑む。
「神いは?何にします?」
うちは、肩をビクッてまた小さく震わせた。
「……え、あ、えっと……わからん。何あるん?」
ゆみはちょっと考えてから、指を折りながら答えた。
「ビール、青いウィスキー、ビーRR、ロストティー、ファンティア……あとリキュール各種と、エナジードリンクもありますよ〜。」
──その瞬間、脳がピコーンって光った。
ここで……ここで一発キメるしかないやろ。
「……ちょ、ゆみ。なに考えてんの!?未成年に酒……いや、酒どころか大量に勧めるって……あんた正気か!?頭バグってんのか!?」
わざとらしく肩をすくめながら言ったら、ゆみは一瞬きょとん。
「え……“未成年”って……何それ?あ、あの……じゃ、じゃあ……飲めないなら……」
そこでゆみが、すっと顔を近づけてきた。
耳元に、やわらかい声が落ちる。
「──ねえ。
一滴もアルコールなしで、酔えるドリンクあるんだ。
“ヒミツの実”。うちの一番人気よ。」
「……それ、何なん?」
「特別なソーダよ。試してみて〜。」
ゆみがウィンクして、にこっと笑った。
その優しさに、ちょっと胸がくすぐったくなる。
「……べ、べつに……い、いいけど。」
「決まりっ!じゃあ、ビーRR二つ、ロストティー一つ、ヒミツの実一つ!
はいっ、すぐ持ってくるから待っててね〜!」
そう言って、ゆみは弾む足取りでカウンターの方へ。ぴこぴこ動く尻尾が……なんか、やたら嬉しそうやった。
ゆみが去って数秒後。
フルカフトが、ちょっと首をかしげて聞いてきた。
「なあ神い。“未成年”って……何やったん?」
「……え、だから……十八未満のことやん。」
「じゅ、十八……何の?梨?リンゴ?」
「……歳や。歳。」
気むうが、ぽつりと口を開いた。
その声は、さっきまでの雑談とは違うトーンで。
「……“成人”って概念、ここには……ないの?」
「……君たちの世界では、“年齢”で区切ってたの?」
マイルズが、興味深そうに首を傾けた。
「まあな。大人はタバコ吸えたり酒飲めたり……投票できたり。
で、子供は……全部ダメ。」
「……めっちゃ不便やん。なんで十八?」
フルカフトが眉をひそめる。
「知らん。昔からそうやし……なんか、十八超えると体の変化も落ち着くから酒とか平気って……聞いたことある、気ぃする。」
テーブルに、ズルッと突っ伏した。
──ぶっちゃけ、どうでもいい。
「……それ、おかしくない?全部の“体”を一律で扱ってんの?」
マイルズが真面目に考え込む。
「……うちらの世界は、みんな“人間”やから。
同じ種族なら、大体同じ仕組みで動くし。」
気むうが、静かに答えた。
「……そ、それ。」
うちも、顔を上げずに適当に相槌打った。
「……こっちはな、酒場ごとに“こいつは大人”って判断して売るだけや。法律なんてないけど……まあ、そっちの方が効率ええんやろな。」
フルカフトが、ふっと笑って肩をすくめた。
「……そっか。」
うちは短く返事しただけ。
テーブルに、静かな沈黙が落ちる。
いや、正確には──周りのざわめきだけが耳に残った。
そのとき。
「イイイイヤアアアアアアア!!!」
「な、何ごと──!?」
首がバネみたいに回った。
視線の先には、二人組の獣人。
男の方は、何故かパンティを高々と掲げてニヤニヤ。
女の方は、必死にスカートを引っ張り下ろして顔まっ赤。
……いや、なんやこれ。
めっちゃ仲良さそうやん。
……でも、その“ランダムイベント”は、ゆみの帰還であっさり中断された。
お気に入りのメイド猫が、にこにこ顔でトレーを抱えてやってくる。
上には、色とりどりのボトルとジョッキ。
まずは──金属のジョッキを二つ。
ふわふわの泡の下には、大きく「BeeRR」の刻印。
そのRのフォント……なんか、ドラゴンボールZっぽいんやけど。
気むうには、茶色に青の粒子が混じった液体のボトル。
見た目は普通のペットボトルみたい。
そして──うちに渡されたのは……ラムネ瓶そっくりのガラス。
カラフルなラベルには、大きくこう書かれていた。
「ヒミツの実」
中身は──完全に虹色。
ゆっくりと色を変えながら、まるでスーパースターの残像みたいにきらめいてた。
「はいっ、ドリンクお待たせ〜。」
ゆみが笑顔で置いていく。
「……え、え、ちょ、ゆみちゃんっ!!
こ、これ……便秘とかならへんよな!?」
「え?便秘になるなら、そもそも売りませんって、神いさん。」
──……妙に説得力あるな、それ。
「……うまっ?」
──ぐびっ!! もう一口。
──ぐびぐびっ!! さらに一口。
──ごくごくごくっ!!! 止まらん!!
「ふわあああああっ!!」
テーブルに身を乗り出して、ドヤ顔で叫んだ。
「ほら見ろやあああ!!! なんも起きてへんやろがあああ!!!」
「……味わってすらないやん、あんた。」
気むうが、冷たい声で突っ込む。
「うるっさいわ!賭けとか言い出したあんたらが悪いんや!
うちには──リスペクトを!!」
そんな言い合いをしてると、再びゆみが現れた。
……え、ちょっと待て。その格好……やたらセクシーやん。
腕には、小さなバッグ。
にっこり笑って、軽く手を振る。
「やっほ〜。ちょっと座ってもいい?」
「……あれ?メイド服は?」
思わず聞いた。
「朝シフト終わったから、もうウェイトレスの仕事もおしまい〜。」
「……そ、そか。じゃ、ほら。ここ座り。」
急いで席を詰める。
「似合ってるな、その服。」
フルカフトが素直に褒めた。
「ありがと〜。」
ゆみは、軽くウインク。
ゆみが、うちの顔のすぐ前までスッと近づいた。
満面の笑みで、目がきらきらしてる。
「ねぇ神い。ヒミツの実、気に入った?」
その可愛い笑顔に──うちはつい、視線をちょっと下に落としてもうた。
「……ナイスおっぱい、ゆみ。」
「え、えぇぇっ!?!?」
ゆみの笑顔が一瞬で凍って、慌てて胸を両腕で隠す。
「……ぷっ……あははっ……冗談やって。」
うちは肩を震わせて笑った。
「……もう……」
それでも、ゆみは少し照れながらも笑顔に戻る。
「……で、味はどう?」
「……うん。めっちゃ……美味しい。」
「でしょ〜。あ、もっと飲む?タダで。」
「……え?えー……まぁ……?」
「やっぱり〜!絶対好きだと思ったから、ほら──」
ゆみがバッグをゴソゴソ……そして出てきたのは、さっきの瓶より二回りは大きいボトルが……五本。
「神い専用〜、ヒミツの実・中瓶×5本セット〜♪」
「……い、いや……こんなにいらんし……」
うちは一本を恐る恐る手に取った。
「いるの!だって、命の恩人なんだもん!!」
「で、でも──」
その瞬間、ゆみがうちの両手をぎゅっと握った。
「ほんとに……ありがとう、神い。
これは、心からの……“ありがとう”。」
その笑顔が、あまりにもまっすぐで……
うちはただ、小さくうなずいて、その重みを受け取るしかなかった。
「……じゃあ……飲むか……」
うちはボソッとつぶやいた。
「おうっ!!」
フルカフトがにっかり笑って、ジョッキをカーンッと鳴らす。
……マジで……これ、何か……やばいことになりそうな気しかしない。
✦───≪ ✵ ≫───✦
「……神い、お前……ちょっと飲みすぎやろ……」
マイルズが、困ったように眉を下げる。
そこには──完全に出来上がった、うち。
顔は真っ赤、まるで恋に落ちたヒロイン。
動きはガタガタで……針に糸どころか、自分の足元すら怪しいレベル。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ??? なぁぁに言うてんねんマリュゥゥゥズゥゥゥゥゥ……?」
「……ふふっ。見て、もう“恍惚タイム”入ってる〜。」
ゆみが口元に手を当てて笑った。
「むぅぅぅぅぁぁぁぁぁ???」
「……変態はな──タマ取ったらええねん!!!」
テーブルをドンッ!!と叩いて絶叫。
「……は!? 何言って──」
「いや、待て!もっとええ案あるわ!!
“性犯罪者専用・イカゲーム”や!!
最後まで勝ち残ったやつのチ○コを──スパァァァン!!!」
言い切るその声は……なぜか誇らしげで、やたら真剣やった。
……でも、その直後。
「……う、わぁぁぁぁ……」
一気に、体から力が抜けた。
まるで羽みたいに、ふわ〜っと落ちて──
ドサァ……
机の上で、完全にプリン化した。
「……寝た?」
誰かの声。
──寝れたらよかったのに。
「うわぁぁぁぁぁ……きむぅぅぅ……」
ずるずる這いながら、悲しみ全開の声で妹の名前を呼ぶ。
気むうがビクッと肩を跳ねさせた。
「きむぅぅぅ……」
そのまま、ぎゅうっと抱きつく。
「妹ぉぉぉ……ぜぇぇぇったい……置いてかんといてぇぇぇ……!!
はぁぁぁぁ……きむぅぅぅぅぅ〜〜〜!!!」
「はっ──……ちょ、ちょっと……重っ……!」
気むうの小さな悲鳴と、うちの鼻水混じりの声が重なった。
なぜか知らんけど──ゆみはずっと拍手してた。
にこにこ笑顔で、完全に“神いショー”を楽しんでる。
うちの仲間たちの心配なんて……一切ガン無視。
うちはまだ気むうにチュッチュしながら、必死に抱きしめてた。
妹は……完全にフリーズ。どう動けばいいかわからんって顔。
「……これ……マジで効くな……!」
フルカフトが驚いたように呟いた、その瞬間──
パッ!!
気づいたら、うちはフルカフトの隣にワープしてた。
「効くのは……あんたの方やでぇぇぇ〜〜……♡」
「えっ?」
でっかい胸板にピタッとくっついて、指でそっとなぞる。
「……このチョコレート……絶対おいしいやつやん……んふふふふ……♡」
「はははっ!!おい神い、落ち着けって!!寄生されるわコレ!!」
「……パラサイトぉぉぉぉ??? うち、そんなカッコええ名前ちゃうしぃぃぃ〜〜♡」
「……ねぇ、神い。」
ゆみが目を輝かせて声をかけてきた。
「なぁぁぁにぃぃぃいいいい、ゆみぃぃぃ〜〜???」
「……歌ってみない?」
「ゆみろおおおおおおお!!!」
マイルズ、フルカフト、気むう──全員の声がハモった。
場が一瞬で静まり返る。
うちは、ぽかんと口を開けて固まったあと……
にやり、と悪い笑み。
「……ほぉぉぉぉ〜〜ん……やる気出てきたでぇ……♡」
ゆみからマイクをひったくると、
机の上に──ガタガタよろけながら、なんとか立ち上がった。
「よっしゃあああ!!!この曲はあああ──
全国のファンに捧げるぅぅぅぅ!!!……ぐびっ!」
その瞬間、何人かが意味もなく拳を上げて「おおおっ!!!」って盛り上がった。
……いや、お前ら誰やねん。
「今……ちょうど三秒前に作った曲やで……聞けぇぇぇ……!」
ゆみがぱんっと手を叩くと、ふわっと宙に浮かぶ楽器たちが現れた。
即席バンド結成。
「♪昨日ぉぉ〜〜 うちはクツ食べたぁぁ〜〜〜
アイス添えて 安物デザートぉぉぉ〜〜〜
今日ぉぉ〜〜 ケツが歌ってるぅぅぅ〜〜
なんか……発酵してるぅぅぅ〜〜〜!!!
あぁぁぁぁぁ〜〜 ママごめぇぇぇん〜〜〜
フライドポテト舐めたぁぁぁ〜〜〜
うちのケツ……フルートみたいやぁぁぁ〜〜〜
今夜はハイ音階ぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!♪」
──その時。
パァァァァンッ!!!
頬に走る衝撃音。気づいたら、気むうがうちの横に立ってた。
手を振り下ろしたまま、冷たい目。
「……静かにしろ。」
その声が……ギルド全体を、真空にした。
頬に残る衝撃が、遅れてじわじわ広がる。
足元がふらついて、世界がぐにゃりと回った。
「……へ……へへ……へへへへへ……」
そのまま──床に、ふわっと崩れ落ちた。アホみたいな笑顔のまま。
もう……このまま寝落ちすると思ってた。でも──それは、耳を突き破るサイレンで粉々になった。
『冒険者全員に告ぐ!!本村のメインゲートからラノイド群体侵入!!
さらにゴリロイド・チュチュ部隊を確認!!至急、高ランク冒険者の援護を要請する!!!』
「……っ、マジか!!!」
マイルズが飛び上がる。
フルカフトは即座に立ち上がり──うちを麻袋みたいに背中に担ぎ上げた。そのまま全員で一気に外へ飛び出す。
「カエル共ォォォォ!!!今日という今日は、地獄見せたるわァァァァァ!!!」
フルカフトの背中で、うちは両拳を振り上げて叫んだ。
村のメインゲートに近づいた瞬間──
見えた。巨大な影たち。
デカいカエルの群れ。そしてその横には……同じサイズのゴリラ。なぜか全員、ピンクのチュチュ。
「手ぇ〜〜〜上げろおおおお!!!
手ぇ〜〜〜下げろおおおお!!!
ゴリロイドのリズムで〜〜〜
ウッ!ウッ!ウッ!ウッ!!」
……いや、何この音楽。どっから流れてんの?
「……っしゃあああ!!!」
うちはフルカフトの背中から飛び降りた。足が地面に着く瞬間、全身に電気みたいな決意が走る。
全員が戦闘態勢に入った。ゆみまでもが──指先から鋭い爪をシャキンと出した。
「ユ、ゆみ!?あんた高ランクやないやろ!」
マイルズが慌てて叫ぶ。
「助けは助け!それがネコイタイ家の第一ルール!」
ゆみがニカッと笑った。
「……マジか……」
──そのとき。
「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
うちは、肺の奥から絞り出すように叫んだ。
「こいつら……うち一人で片付けたるわあああああ!!!」
酔っ払いのくせに、ポーズだけはやたらキマってる(つもり)。
「お前が!?アホか!!」
マイルズが絶叫した直後、誰かが叫んだ。
「おおっ……爆裂娘だ!!やれえええ!!!カブーーーム!!!」
幸い、敵は全員同じ通りに密集していた。
うちらの真正面──まるで「狙え」と言わんばかりに。
「……じゅ……じゅじゅじゅじゅじゅ……♡
も、燃えろぉ……さ、叫べぇ……天の、そっこぉ……!!
炎は……う、うちの心ぉ……爆炎は……えへへ……うちの名前やぁ……!!」
詠唱が、夜の通りに響いた。
「こ、こいつ……正気じゃねぇ!! 止め──」
マイルズの声は、フルカフトの腕で遮られる。
「……ほっとけ。今の神いは──止まらん。」
「この一撃は……んふふっ……運命、にげ、逃げられんやつぅ……拒めへん……審判やでぇ……!!」
フルカフトの体が一瞬で光に包まれ、巨大な虎へと変わる。
そのまま全速力で駆け出した。
「全員退避ィィィィィィ!!! 道開けろおおおお!!!」
「時空を……や、焼き尽くすぅ……破壊の……なんやっけ……あ、王道やっ!!!」
「退けえええええええええ!!!!」
「█▓▒░ FINAL SPELL No.646 ░▒▓█
エクスプローーーーーーーーーーー」
フルカフトが最後の跳躍で屋根を蹴る。
「ジョン!!!!」
KKKAAAAAABOOOOOOOOOMMMM!!!!!
うちの手から放たれたのは……地獄みたいな爆炎。
轟音が空気を裂いて、鼓膜がキィンと悲鳴を上げた。
炎が完全に消えるまで──数秒。
長すぎる数秒。
敵?
……骨も、灰も。
跡形すら残ってへん。
後方で待機してた仲間たちは、衝撃波でその場に尻もち。
「なっ……なんやこれぇぇぇぇ!!!」
「ありえん……!!」
誰かの絶叫が、真っ黒に染まった通りに反響した。
足元も、壁も、空気までも──
全部が灰の色に、塗り潰されてた。
もちろん──うちは、その場で意識がぷつんと切れた。
目は開いたまま、前のめりに崩れる。まるで階段から落ちる人形みたいに。
その瞬間。ふわっとした衝撃。牙の間から伝わる温かさ。
フルカフトの虎の顎が、うちを優しく受け止めていた。
仲間たちの前に、そっと横たえられる。
「……どうやら、運は……うちらに味方したみたいやな。」
その声は、爆心地の静けさに溶けていった。
「……どういう意味、それ?」
気むうの声は、氷みたいに冷たかった。(いや、マジで)
「……見えたんや。全部。
最初は普通の爆裂やった。でも……途中で球が“割れた”。
動きも、軌道も……めちゃくちゃに乱れて……
次の瞬間、ありえん速度で膨張した。
ミリ秒ごとにサイズが倍になってくみたいに……
ほんの一瞬やけど……ゾッとした。」
「……レンダリングの、エラー……?」
マイルズが眉をひそめる。
「……わからん。でも一つだけ確かなんは──
あれは神いの意思やなかった。」
「……やれやれ……」
仲間たちが同時にうちの方へ視線を向ける。
でも、そこにあったのは──
「カミィィィィィィィィィ!!!
カミィィィィィィィィィ!!!」
──ギルドの冒険者たちに高々と投げられてる、うち。
「……完全に狂っとるな。」
気むうの冷静な判決。
「……ああ、間違いない。」
マイルズも肩を落とした。