特別編1:『 最 新 情 報 』
>『……大阪・谷町での失踪事件について、神いさんと気むうさん、吉水姉妹の行方はいまだに判明しておらず……』
>『……現在も四天王寺・五重塔は再建工事中で、警察は引き続き現場の調査を進めております……』
>『……突然の三名失踪のニュースは、地域住民に大きな衝撃を与えており……現場近くの通行人に話を聞いてみました……』
>『……神いさんは、クラスのムードメーカーで……あの子がいないと、クラスに活気がないっていうか……毎日、変な空気にさせてくれる“我らの異物”がいないと……ちょっとホッとするけど、やっぱり寂しい……神い、どこかでこれ見てたら……お願い、帰ってきて……もう、変とか言わへんから……!』
「ぷっ……」
>『……失踪した少女たちに関する情報には、最大一千万円の報奨金が提供されます。お心当たりの方は、フリーダイヤル012-XXXX-XXXXまでご連絡ください……条件の提示も可能です……』
ピッ。
グビ、グビ、グビ。
「兄ちゃん、娘さんのこと……ほんまに、気の毒やわ、兄ちゃん」
「せやな……キッツイやろな、こんなん」
「……ええねん。気にせんといてくれや」
俺は、将棋盤の上に指を伸ばした。置いたのは、もう何年も前から使ってる──同じパターンの、一手。
「……警察、まだなんも言うてこんのか?」
「せやな。毎日夕方に顔出してるけど、見つかったんは神いのキーホルダーだけや……」
「……五日前の話や」
「……それは……キツイな、兄ちゃん……」
「……アンタ、そんな顔してたらアカンやん、ヨシくん。ほら、これで日本酒でも買いなさいって」
サカイは、あっさりと──きれいな札束をポンと差し出してきた。10万円、ピン札。
「おい……どこでそんな金、手に入れたんや?」
「ウチの会社、最近めっちゃ調子ええねん。余ってるし──あんた、ちょっとでも元気出たらええなって思てさ」
サカイは、どう見ても酒豪やけど、見た目も性格も、えげつないくらいええ女や。
大企業の令嬢やなんて──ウソみたいやな。
よううちらの飲み会に混ざってくるし、話すんは、しょーもない話ばっか。
将棋は……あかんけどな。マジで、あかん。
「……平気や、ありがとうな」
「も〜〜〜、ヨシくんまたそうやって拗ねて〜〜」
「……今はな、食費も光熱費も削減できてんねん。正直、悪いことばっかやないで」
「ふ〜〜ん……ま、ストレス発散とかお金とか……なんか欲しなったら、ウチに言いなよ?♡」
……そういや、こいつ、ビッチやったわ。
家まで、歩いて帰った。
酒は……一杯だけ、飲んだ。
いつもなら、仲間と三杯くらいは行くけど──今日は……そんな気分やなかった。
ほんま、なんも飲みたくなかった。
たいていの人間は、悲しい時こそ酒を飲むもんや。
でも、俺は……ちゃうねん。
交番に向かった。あそこには今、ピエロが一人──ほんまに、ピエロの格好した男が留置されとった。
なんで捕まったんかって?たしか──八十過ぎの婆ちゃんのスカートの中を撮ろうとしたんやったな。……世も末や。
で、今日もまた、あのクッソ芝居がかった“希望の演出”が始まったわけや。
警備の斉木が、精一杯“前向き”を装った声で、こう言うてきたんや:
「現在も鋭意捜査中でして……吉水さん、何かしらの進展は、きっと明日には……」
──アホか。舐めとんのか。
もう、何もできへん。娘らも、あいつ(嫁)も、戻ってくる方法なんて……どこにも、あらへん。
そう思いながら、俺は家に向かって歩いた。自分が、ただの抜け殻みたいに感じた。
──が、そこで。
道の真ん中に、一匹の野良猫が、でーんと座っとった。
こっちの進路を、堂々と塞いどる。
「……にゃー」
「……にゃー、やない。どき」
そう言って歩き出したけど、猫は、何食わぬ顔で──後ろをついてきよる。
「ミルクもエサもないで、ほんま。帰れって、どっかの家に」
「……にゃー」
「ぷっ……」
鍵を開けて、部屋のドアを──何も考えずに、ただ開けた。
そしたら、あの猫が、シュバッと中に飛び込んできた。
「っ、おい!? こら! あかん! 出てけ! しっしっ!」
足でそーっと押してみたけど……全然出ていかん。むしろ、奥に進んでいく始末や。
「……にゃー」
…………
猫と喧嘩しとる場合ちゃうわ。家、めちゃくちゃにされてもええ。
どうせもう……どうでもええし。
「……お前な、餓死しても知らんぞ。エサなんかやらんからな、ホンマに」
そう言いながら、ドアをバタンと閉めた。
「……にゃー」
ちらっと猫を見た。
灰色の毛並み。その上に、さらに濃い灰色の縞模様。
……目は、緑。まっすぐこっちを見とった。まるで、何かを──裁いてるみたいやった。
「鳴きたきゃ、鳴けや……はぁ……」
俺はソファに座った。
また、どうでもええ一日が、終わった。
そして明日もまた──働くだけや。