第1話:祈り、願い
目覚まし時計が鳴った。(ふぁぁぁああ……)
夢ってさ、案外よくないよね。
特に──
同じ夢を四回も見て、毎回いちばん良いところで目覚ましに邪魔されるやつ。
人間の脳って、空飛ぶ城とか宇宙ドラゴンとか、レヴィとのキスとか、
そういうのは平気で再現できるくせに……
あと五秒の猶予もくれないとか、どういう神経してんの?
マジでクソ。誰も得しないタイミングで切れるなんて、そりゃないでしょ。
だからうちは、たまに悪夢の方がマシって思ってる。
悪夢だったらさ、起きた時にホッとできるじゃん。
何も奪われない。むしろ救われた気になる。
目を覚ましたのは、気むうより先だった。
時計は──6:55AM。いつも通り、早起き成功。
「んむぅ……っ……」
気むうは、起きるとき必ず謎のうめき声を出す。
この瞬間だけは、ちょっとだけ人間ぽい。
……いや、マジで。
「ワクワクっ♪ お姉ちゃんの可愛い妹ちゃん、おはよう〜!」
「……うるさい、神い。」
「“お姉ちゃん”って呼んでも、いいんだよ〜?」
「……どけ。」
うん、いい妹だと思うよ。うちのこと、たぶん……好きなんだと思う。
少なくとも、触れることができるのはうちだけ。
そう──気むうは他人との接触を極端に避ける。
誰にも触れない。
誰にも、心を許さない。
でも、うちは……特別。
わかるよ、その気持ち。
だって、うちみたいな姉がいたら──
触れたくなるでしょ?
……え? どんな姉かって?
マジで本を読むくせに、表紙も見ないの? バカなの?
じゃあ、サクッと自己紹介するけど……癖にならないでよね?
赤みのあるダークレッドの髪。
伝説級の宝石みたいな紫の瞳。
可愛くて、輝いてて、ちょっと怖い。
世界が処理しきれないレベルのビジュアル、うち。
……なのに、学校では誰からも話しかけられない。
ゼロ人。完封。
理由? それはもう、明白。
美しすぎて、みんなビビってるんだよ。間違いない。
でも、気むうが言ったことある。
「……いや、単にちょっと変な子って思われてるだけ。」
──それ、完全に偏見なんだけど!?
で、妹の紹介もしとこうか。
気むう。妹ちゃん。
腰まである青みがかった灰色の髪。
歩き方からして、もう悲劇の映画のヒロイン。しかも無音。
深くて、暗い青の瞳。感情ゼロ。
あまりに表情がないから、一回──
彼女の写った写真を見た人が、
「……これ、遺影?」
とか言って。
いや、実際には「意識失ってる?」って思われただけなんだけど。
目の前で手を振られて、ビクッとして──
ぶん殴った。
一発で。
で、なんでかうちも一緒に停学くらった。
理不尽の極み。マジ弁護士って大変そう。
そんなこんなで、今朝は特にイベントなし。
いつも通り、学校に行く準備。
母さんはいない。
父さんは「仕事でちょっと用がある」とか言って出てった。
……絶対、将棋かなんかやりに行ったに決まってる。
というわけで──
今日も家の最高責任者は、うち!
YASSS☆彡
洗面台の蛇口が、なんか変だった。
「……神い。つまってる。」
「HAHAHA!安心して、妹ちゃん!この栄光に満ちた、器用で、多機能な姉様にお任せを!」
「……」
開けようとして、全力でレバーを引いた。
……手応え、あった気がした。
でも──
まばたきしたら、元に戻ってた。
もう一度、まばたき。
今度は、レバーが後ろにぐにゃっと曲がってた。……降参したみたいな角度で。
「……うん。」
ラストまばたき。
気づいたら、水が普通にジャーって出てた。
何も言わなかった。けど。
あの蛇口、こっち見てた。
……気がする。
その日の朝。家を出た瞬間──
聞きなれない鳴き声が、空から。
顔を上げた。
カラスが、いた。
ここら辺にカラスなんて……いたっけ?
しかも、
逆さに飛んでた。
羽ばたく向きも、足のぶら下がり方も、全部上下逆。
「なにそれ……新技?」
まばたき。
普通に飛んでた。
うん、そういうこともあるよね。
「今日の一限目ってなに?」
「……たぶん、数学。」
「テストとか?」
気むうは答えず、首を横にふるだけ。
そのとき気づいた。
周りにいる人たち、全員、黒。
上も、下も、黒。黒。黒。……黒。
服の好みかと思ったけど、気温そんなに寒くないし。
……いや、ちょっと寒いかも?
うーん。
なんか、今日は“そういう日”なのかもしれない。
変な宗教イベントとか?
ケータイで調べてみた。
結果:
「今日は海外のどっかで、知らない聖人の記念日」
──それが何だっつーの。
通りを曲がった瞬間、みんなの服装が普通に戻ってた。
気むうは、何かを考えてるように見えた。
周囲のことなんて、まるで無関心。
……でも、黒スーツの男たちには気づいてたはず。
でも、気むうはめったに喋らないから──
たぶん、一生わからない。
いつもの通学ルートの一部、角の駄菓子屋を通る。
今日も例の店主は、カウンターに沈んでた。
イヤホンで音楽を聴いてて、ほぼ見えなかった。
邪魔するのも悪いし、今日はスルー。
その代わりに、毎回見る“あの”像に目を向けた。
──マリオ(っぽいやつ)。
ただし今回は……違った。
マリオじゃなかった。
ワバタタリオだった。
いや、まじで。
不気味なガーゴイル。
絵の具でテキトーに塗られたみたいな色合い。
「……無理。」
気むうと一緒に、すぐ離れた。
変な空気すぎた。
数歩あと──なんとなく振り返った。
もうマリオに戻ってた。
細めた目でじっと見つめてみる。
……うん。
昨日TikTok見すぎたせいかも。
まあ、寝たのは1時間遅れただけ、とはいえ。
最終的に着いたのは──四天王寺の正門。
近づくにつれて、気むうが……なにかを感じてるのがわかった。
ぴくり、と体が震えた。
寒いのかと思った。
いや、まさか妖怪でも憑いた!?ヨーカイウォッチ案件!?
それとも──
“クーデレ感知センサー”に引っかかる何かがあったとか?
……考えてるうちに、もっと変なことに気づいた。
人が──いない。
ガチの「この場所、異世界には存在しません」レベルの無人。
信じてほしい。
ここ、いつもは人でごった返してるのに。
特に観光客。
ほとんどがムスリムの人とか、イギリス系の外国人で──
“OMG it’s so cool!”
って連呼してるレベルの人気スポットなんだけど。
今日に限っては、誰もいない。
近づけば近づくほど、気むうの様子はおかしくなっていった。
「……どうしたの?」
返事はない。
代わりに、ぎゅっと腕を掴まれた。
うちの腕にしがみついてくるなんて──
最後にあったのは、小学二年のハロウィンで
ピエロにビビったときくらいだ。
これは、つまり……
やばいやつ。
……もしくは、腹痛。
どっちにしても、危険度高め。
気むうの手が少しだけ震えてた。
第一の門を通った、その瞬間──
背筋を走る、音。
うちの手が、ピクッと震えた。
いや、別に怖がってないし?
ただちょっと、びっくりしただけで。
振り返ると──
門の向こうに見えるはずの風景が……
歪んでた。
暗い。壊れてる。
「な、なにこれっ……!?」
戻ろうとしたら、
ゴンッ。
……見えない壁。
空気が、焦げたような匂い。
風もない。なのに、圧がある。
「え、なにこれ。ちょっと笑えるんだけど?」
笑えるっていうか……
変な意味でヤバいやつ。
気むうを見ると──
彼女は地面に跪いてた。
……祈ってる。
これは──命を賭ける人の祈りだ。
普段“無信仏無表情無関心”の妹が、
今この瞬間に、必死に仏様に願いを込めてる。
どうか、
何も起きませんように──って。
気むうが本気で祈るとか、もはや
宇宙規模のRed Flagってやつだよ、これ。
いや、ほんとに。やめて。
でもうちは、まだ納得したくなかった。
どっかにカメラでもあるんでしょ?
VRの超ハイテクイタズラでしょ?
冗談にしては、センス悪すぎだけど。
妹の腕を掴んだ。
抵抗はなかった。
むしろ、気むうの手がうちの腕をさらに強く握ってきた。
お互い、顔から汗がじわじわ垂れてる。
無言で、ゆっくりと奥へ。
目的は──お寺のさくらさん。
彼女がいれば、何かわかるかもしれない。
空気が、重かった。
「静か」って言葉だけじゃ足りない。
自分たちの息遣いだけが、やけに響く。
誰にも殴られてない。
足を食いちぎられたわけでもない。
なのに、まるで
そんな目に遭った後みたいに、歩いてた。
本堂にたどり着いた。
そこにあったのは──
一枚の木の板。
何かで書かれてる。
筆のようなもの。墨。
ごめん……
ごめんなさい……
古びた板。
墨がにじんでるところもある。
書いた人の手が震えてたのか。
それとも、途中で泣いたのか。
何も言わず、気むうと顔を見合わせた。
目と目だけで、全部伝わった。
その時だった──
ミシッ。
……音がした。
そして、もう一つ。
その次も。
足元に、ひび割れが見えた。
反射的に、気むうの腕を掴んだ。
床が──割れていく!
全速力で走った。
気むうを抱えながら、
とにかく、走った。
ゴオオオオオオ……ッ!!
轟音。
本堂の床が、
──崩れ落ちた。
中心から広がる、巨大な穴。
青白い光を放ちながら、
闇の中に浮かんでいた。
あの中央の塔が……
まるで、最初からなかったみたいに、吸い込まれた。
これは……夢だ。
いや、夢であってくれって感じ?
できるなら、さっきの「キスで目覚めた」系ラブドリームに戻してくれ。
お願いだから。
でも、頬をつねる前に──
うちらの身体が、浮いた。
穴に……
引っ張られてる!
うちは、とっさに本堂の柱を掴んだ。
片手で柱を、もう片方で──
気むうの手を握ってる!
「気むうっ!!」
「……っ!」
気むうも、必死で掴んでる。
でも──引力がどんどん強くなってる!
うちのバッグが吸い込まれた。
気むうのスクバも、ひゅんって消えた。
「神い、離して! 無理だよ!」
「絶対に離さないぞ!!」
妹を穴に吸わせるとか、
そんな選択肢あるわけないだろ!
少年漫画の主人公じゃないぞ、うちは!
でも、妹だけは──譲れないんだぞ!!!
「お願いだから、手を離して!」
「イヤだっつってんだろ!!!」
気むうが、
手を、離した。
……うそ。
一瞬で、制服の袖を掴み直した。
けど──その瞬間、
うちの指が、柱から滑った。
──無理だった。
でも、いいよ。
一緒に死ねるなら、それも悪くないって思った。
……って思った瞬間、
「やっぱ死ぬの、ヤだ。」
そう思い直した。
引きずられるように、宙に舞った。
落ちてるのか、飛んでるのか──わかんない。
青白い光に目が焼ける。
でも、身体中が……アドレナリンでブチブチに鳴ってた。
血管が弾けそう。
心臓が耳まで届きそう。
これ、
本当に現実なんだぞ──!!!
目を開けた瞬間──
うちは、落ちてた。
完全なる、自由落下。
気むうも一緒だった。
表情までは見えないけど、たぶん……同じくらい恐怖してたと思う。
周囲は、
模様。
色彩。
……いや、しみ?
万華鏡の中に放り込まれたみたいな世界だった。
目が回る。
吐きそう。
眠くなりそう。
でも、心臓は破裂しそう。
どっちにしろ、気が狂いそうだった。
そんな中、見えたんだ。
──青い薔薇。
ボロボロだった。
壊れてる、というより、溶けかけたガラスみたいな感じ。
次に、赤い薔薇。
……睨まれた気がした。
評価されてる。
「お前、どうなんだよ」って目。
そして、白。
白い薔薇は、優しく、
……でも悲しそうに、こっちを見てた。
どの薔薇にも──うち自身が映ってた。
でも、
どれも、うちを見てはくれなかった。
……何もツッコめなかった。
脳が止まった。
冗談を言う余裕もなかった。
気がつくと──
闇。
周囲が一気に、真っ黒になった。
黒。
もっと黒。
目を開けてるのに、見えないレベル。
その中を、気むうと一緒に、まだ落ちてた。
しばらくして──
突然、景色が現れた。
落ちた。
完全に、ドスンッて感じで。
うちと気むう、
まるで放射能入りのじゃがいも袋みたいに落ちてきた。
場所?
見た目は……クローゼット。
でも中身は──
鍋、鍋、鍋、鍋、鍋。
鍋。
フライパン。
おたま。
蓋。
そして──
ウィンクしてきた気がする木製スプーン。
「うぎゃあああああああああああっ……」
うちはスプーンの誘惑を振り切りつつ、
鍋の海に全身着水。
全部ぶちまけた。
悪臭レベル:中世のニンニクスープ。
「うううう……いたたた……」
うちは床の上で、ぐにゃぐにゃと高貴にのたうった。
……残ってるのは、気高き何かの亡骸だけ。
気むうもなんとか起き上がろうとしてたけど──
まな板だった。
動くまな板。
呼吸するまな板。
魂を宿した……生ける調理器具。
そのとき、視線を感じた。
見た。
見られてた。
目が合った。
もっふもふの毛玉。
毛玉?
いや……生きてる。
体は丸くて、全身がふわっふわ。
手も足もない。
ただの──毛。
毛のボール。
そこに、目と口がくっついてる。
目は飛び出すほど大きくて、
口はちっちゃい「にゃ」って形。
「……」
「……」
「……にゃ。」
喋った!?
いや、違う。
小声で、ざわざわしてる。
ざわざわ、にゃにゃ。
「おい……今、うちら完全に魔女扱いされてない……?」
(ていうか、実際屋根から降ってきた女二人だし。うん。そういう展開。)
なんとか起き上がって、
周囲を確認する。
ようやく理解した。
ここ、キッチンっぽい。
だから鍋。
だからスープ臭。
だからスプーンの襲撃。
……でもさ。
猫毛玉軍団の説明、どこ?
誰か説明してくれ、
この現実!!
その時だった。
バアアアアアンッ!!!
──ドアが吹っ飛ぶかと思った。
いや、マジで。
壁が震えたからな?
現れたのは……二匹の猫。
ガチムチで、二足歩行で、軍服着てる。
ヒゲはビシッと整ってて、
顔が完全に「職務中」のやつ。
気むうとうち、何も言えずに連行された。
まるで異世界の犯罪者。
そして後ろ手に──
「それ」をつけられた。
手錠……いや、違う。
光るヘビだった。
宙に浮かびながら、
液晶の中に星を閉じ込めたみたいなボディで、
するりと手首に巻きつく。
……触れてないのに、
動けない。
まったく、ミリも。
コスプレ用に一個欲しいレベルだぞ、これ。
連れていかれたのは──
古そうだけど、しっかりメンテされた回廊。
見た感じは中世ファンタジー風。
暗いけど、どことなくエモい。
ドラクエと進撃の巨人が混ざった感じ。
気むうの顔は、完全に「諦めOL」モード。
一週間連勤でコピー機がぶっ壊れたときの顔。
うちはというと、
「もう何も驚かねーわ」って気分で歩いてた。
……と思ったら。
ドア。ドア。ドア。
左右にずらっと並んだ、数字付きの扉たち。
……え、なにこれ。
中世の猫ホテル?
しかも、一部のロウソク──
……PNGだった。
止まってる。
揺れない。
平面。
まるで、うちの胸。
……いや、もういいや。慣れたわ。
そして、最後の扉を抜けて、現れた。
玉座の間。
でっっっっっかい空間。
中央には、ど真ん中に赤い絨毯。
奥には──
玉座。
(だよね!)
その両側には、装飾っぽい柱が立ってる。
ゲームだったらボス戦始まるやつ。
誰かがそこに──座ってる。
でも、まだ見えない。
少しずつ近づいていくと……
バシッ!
足を打たれて、
膝をつかされた。
強制・尊敬モード。
気むうと目が合った。
「……やべぇやつ来たな。」
って、無言で通じた。
うちは、ゆっくり顔を上げた。
──見えた。
角。
毛。
顔。
──ヤギ!?
まさかの。
いや、待って。
王様、ヤギ!?!?!?
ヤギが王冠被ってんだけど!?!?!?
王冠!?!?!?!?
……はい、限界突破です。
でも、そのヤギ──
すっごく落ち着いてた。
ロイヤルブルーのマント。
両肩には、金色の薔薇型の肩当て。
めっちゃ重厚感あって、
……正直、カッコいい。
目は、鋭いけど静かだった。
見下してるわけじゃない。
ただ、全部知ってる目だった。
見抜かれてる。
裁かれてる。
「この世界に来た意味、
もう知ってるぞ」みたいな、そんな目。
そして──
彼は、低く。ゆっくりと。
全てを見通すような声で言った。
「連れていけ──
魔女室へ。」