-12.0h
雨が降らない程度の曇りの中、いやらしい湿度と戦いながら二方向を壁に囲まれた1番奥の席についた。隣の六人の座敷席はすでに同じような茶色の髪を遊ばせている輩でぴったり埋まっていた。まだ、四分の一くらいしか集まっていないようだ。注文をとりに来た店員に聞かれ、あまりにも不快な湿度を紛らわすべく、レモンハイを頼んだ。隣の六人はろくに名前も覚えておらず、話す相手はさらさらいなくて、スマホを開いても特にみるものもないので、腹も減ってないが、メニュー表を何も考えずに眺めていた。全体的に下手な写真の多いメニュー表を見飽きてTwitterが更新されていないかとスマホのパスワードを解いたところで見覚えのある四人組が視界の左から現れた。苗字しかわからないけれど。
軽く社交辞令的な挨拶を交わした後、自分以外の四人で思い出話が始まった。内輪ネタを聞き流しながらもう半分も残っていない酒をちびちび飲んでいた。氷が溶けて薄まったレモンハイが残り四分の一程度になった頃、
「よ、久しぶり。」
その独特に少し低めの声ですぐに誰かわかった。彼の名前は柳家 湊。色黒で重めの一重が無愛想な印象を与える。ただ、若干ボリュームのある髪と丸く縁の大きいメガネが目の細さを中和している。地元にいた頃、それなりに関わりのあった数少ない人物の一人だ。それなりと言っても、普通の人からすれば、ほとんど関わりがないように思われるほどだが。彼の呼びかけに他の四人はウェルカムな返事をし、自分は伝わるか伝わらないかくらいの何らかの言葉を発した。座布団に座った後、置物になった自分を差し置き、残りの五人で盛り上がっていた。たまに申し訳程度に飛んでくる投げかけに対してあまりにも微妙な答えを生み出しながら、気まずさのあまり時々トイレに行って席を外しながら、ニ時間くらい立ったのだろうか、やっと高校の同窓会は終わった。他の同級生が二次会に移ろうとしている中、座敷に忘れてきた財布をとりに戻って一番最後に店を出た自分を待っていたかのように六人くらいの集団に紛れてい柳家が集まりを抜けて声をかけてきた。
「本当にお前が来るとは思わなかったよ。来てくれたんだったら少し離れたところによく行くバーがあるからそこに行こうぜ。」
相手の返事を聞く前に柳家は歩き出していた。このために来たので何の躊躇いもなくついていった。
今から二ヶ月ほど前、バイト先のコンビニに自分宛の一通の手紙が届いた。やけに古臭い封筒を店長に渡されたのだ。送り主は身に覚えがない男だった。そこにこの同窓会で柳家と会って欲しいという趣旨の文が万年筆で書かれていた。例のことについて聞くことができる、と。送り主の素性は明かされていなかった。名前だけだ。本田 邦彦。これが本名なのかすら怪しい。とりあえず会うことにした。
よく考えればなぜ話をするために同窓会を挟む必要があったのかわからないが、そんなことに構っている余裕はなかった。
小さく主張の弱い看板が道路から少し見える落ち着いた黒が基調のバーに入り、酔って記憶を飛ばさないように普段は飲まないような弱い酒を注文した。特に接客をする気のなさそうなバーテンダーを横目にとりあえず相手から振られた高校時代の思い出(?)を薄く伸ばしたような話が高校一年生の章から延々と続き、やっと高校三年生の九月に差し掛かり、本題に入ったところも切れ長の目が少し開いたくらいで何も柳家の空気は変わらなかった。
「いやぁ、でもまさか川瀬があんなんになるなんて思ってなかったわぁ。なぁ?」
「うん。」
特に打ち返す言葉もない。それでも彼は続ける。
「普通に友達多かったし、大学だってどこ行くか困るほど勉強できなかったわけじゃないしなぁ。家族だってあんなに賑やかなとこはないよな。」
まだ核心には触れてない。
「なんか付き合ってる奴がいるだのなんだのうわさがあったな。写真見せてなんて言ってもいないの一点張りで写真なんて絶対にみせてくれなかったなぁ。その娘大丈夫だったんかなぁ。」
少しずつ近づいている。軽く笑いながら視線はこちらに留まり続けている。自分を試しているのか。とりあえず普通を装って頷くだけにしておく。弱めの酒しか飲んでないはずなのに、異常な勢いで体が火照り、頭がぼんやりし始めている気がする。
「いやぁ。なんか知らないの?お前だってあの時川の近くで…」
まずい。こいつは知っているかも知れない。酒で鈍った判断能力が余計に自分の背中を突き飛ばした。無かったことにしなきゃ。彼に飛びかかろうとした瞬間、彼がニヤリと笑い、後頭部に衝撃が走った。
「え、誰?」
疑問に答えを見つける前に床に倒れた。起きあがろうとしてもまるっきり力は入らない。絶対に違うのに、天国ってこんな感じなのかな…、とふと思った。意識が遠のいていく中、最後に聞こえた気がした。「お疲れ様。」