第5話 体育祭予行
明日が体育祭とあって今日は予行練習、リハーサル。どちらでも良いか。つまり今日は1日中体育。何より体育祭が水曜日のせいで、火曜水曜で疲労を蓄積すると、金曜日までずっと疲れっぱなしになることが今年の体育祭の一番嫌なところだ。先を思うと気が重い。小学校の頃なら土曜日にやって終わったら二連休とかが多かったから、休みを思えばそこまで気分は下がらなかった。でも、隣に雫ちゃんが来ると、そんな憂鬱を隠そうと不自然な笑顔を作り声をかけた。第一、自然な笑顔の作り方もわからないのだが。
「おはよう!」
「おはぁよぉ」
雫は相変わらず眠たそうな挨拶を返してきた。土曜日のできごとを僕は帰宅してからひどく内省した。その日、僕は彼女に抱きついてそのまま寝落ちしてしまったらしく、僕を見守っていてくれた雫ちゃんは昨日も学校にいる間ずっと僕の寝顔の話を楽しそうにしてからかってきた。彼女の話によると、僕が寝たあと僕の寝顔を見ていたらつい自分も眠くなり寝てしまったらしい。その後、僕は雫ちゃんのお母さんが帰宅したタイミングで目を覚ました。記憶があるのはここからで、雫ちゃんが僕の頭を抱えて寝ていたので、とりあえず僕は体をねじねじさせて腕からの脱出を試みた。なんとか抜け出し時計を見ると、そのときにはもう五時を指していた。それに気づき雫ちゃんを起こした頃、雫ちゃんのお母さんが上がってきた。お母さんは僕のことを見ると、雫ちゃんに
「雫、その子送ってあげなさい」
と言った。お母さんは僕を年下だと思って雫に送るように指示したのだと思う。そもそも体格は小さい方でフリフリのリボンのついた髪型が更に幼く見せていたんだろう、と自分に言い聞かせて雫ちゃんには悪かったが途中まで送ってもらった。別れ際、雫ちゃんの提案でお互いのLINEを交換した。彼女と別れた後、今日何があったかを思い出すと恥ずかしくて髪をすぐにほどいた。
日曜日には弁明を試みて、一瞬で全員の名前が見えるくらいしか並んでいないLINEで抱きついたことへの謝罪を送った。すると、隠し撮りされていた寝顔の写真と『可愛い』のメッセージが送られてきた。僕は誰もいない一人の部屋で赤面した後、ここでの弁明は難しいと諦め、『お礼をしたいから来週会いたい』と偽りのメッセージを送ると、OKというスタンプとともに『私の家ね』との条件が送られてきた。そんなこんなで来週末も彼女の家に行くことになっている。
でもそれがあったからといって、僕らの学校での態度も関わり方もそこまで変わったりはしなかった。いや、僕が変わらないようにした。僕は本にかじりつき、彼女は友達に囲まれる。それでも、僕には大きな変化があった。朝の挨拶がこんなにも気持ちが良かったとは知らなかった……わけでもないが、いつも登校してから誰とも喋らずに帰宅していた僕が意識して挨拶をするようにしたのだ。友達との適切な距離について調べたときに真っ先に出てきたのがそれだったのでやってみたのだ。まだ雫ちゃんに対してしかしないけど、したあとの清々しい気持ちが既に少し癖になっている感覚がある。
「……篠田、篠田、篠田!」
「は、はい!」
「どうした、お前変な笑み浮かべて。時間は気にしとけよ」
先生に声をかけられてはっとした。変な笑み……。って、そうだ。ここは学校だ。周りを見るとほとんどが居なかった。朝の会が終わり、皆は既に外に向かっているようだ。
「大丈夫?」
少し微笑むように雫ちゃんに言われた。
「うん。大丈夫。それより皆は?」
僕が気になったのは他の女子たちが彼女をおいていったことだ。そんなことはないはずだけど。
「あ、私、タオルを取りに来たの。忘れてたの。九月とはいえ、まだまだ汗かくものね」
「そっか。じゃあ行こっか」
とこちらから誘った。これを誘ったというのかは果たして微妙だけど。それにさっきまでは彼女のことを考えて、週末のことが気がかりで体も気持ちも重かったのに。顔を見るとそれがまるで嘘のようになる。朝の憂鬱なんてもはやないも同然だ。
外へ出ると朝礼台の前にほとんど整列が完了しつつあった。
「篠田も雫も遅い! 急いで!」
学級委員の森さんに大声で呼ばれる。おかげで整列場所まで走らされ、僕は早くも息切れする。息を整えていると三年生の団長らによって式典の予行が始まった。色は紅白の2色。すなわち2チーム。各学年に4学級があり、奇数組が紅、偶数組が白に別れるのが通例で今年も変わらずだ。僕らは2年1組だから紅組。数年ぶりの女性団長で学年内からの人気は絶大で、先生たちからの期待も一身に背負っているという噂の速水団長のチームだ。団体戦とは言っても大人数によるチームいわば軍隊で、団長と本当の意味でともに戦うのは一部の同級生たちだけだろう。今日は応援合戦などはやらずに各学年の種目を中心にやって終わるらしい。僕ら二年生の種目は、台風の目、100m走、綱引きの三つだ。