第12話 テクニカルな誘い文句
眠い目をこすり、重たい体に鞭をうちながら、家を掃除する。お昼くらいに彼が来てくれる……はず。約束を取り付けたときはとてもウキウキした。香くんから誘ってくれたんだから。でも……今は怖い。昨日の彼はたまたま具合が悪かった、とか特別な理由で冷たかったわけではないと確信しているからだ。もしかしたら来てくれないかもしれないなあ。私も昨日の彼が来るのなら会いたくない。来ないでと思う。掃除を終え、ドライヤーや化粧を用意する。先週の日曜日、彼と遊んだ次の日、午前中部活に行ったあと彼のために化粧を買いに行った。もちろん女の子もの。うんと可愛くして上げようと思って。そういえば、今日は謝罪しに来るんだっけ? じゃあ遊べないのかなあ。お昼を過ぎてもチャイムは鳴らなかった。彼は来なかったのだ。連絡先を交換している。ボタンを押せば発信することができる。実際何度もその画面を開いた。彼が私を避けているならかけるべきではない。嫌われちゃったのかなあ。テラスの椅子からぶら下げていた足を椅子の上に持ち上げ、うずくまった。座ったときは木陰にいたはずの私を太陽が照りつける。暑い太陽の下で流れる汗とともに涙は一度出ると止まることを知らなかった。
「どうしたの?」
声の先にいたのは彼。彼が来たんだ。彼が近づいてくる。出迎えなきゃ。中にいれて上げなきゃ、暑いはずだから……。後ろから髪をさわられて急に目を瞑ってしまう。優しくさわってくれている。温もりのある手。夏なのに暑苦しいわけではない。何をしているかわからないけど、優しさを伝える彼の手に私は抵抗できない。彼の温もりを探す脳は手を放されるとすぐに反応した。目をゆっくり開く。
「どう? 見やすくなった?」
視界は太陽によって痛いほど明るく眩しかった。崩れていた私の髪は整えられ、視界と同時に私の心も明るくなった気がした。
「それさ、いつか貸してくれたヘアゴムなんだけど……」
彼は続きを喋らず口ごもった。
「ぼ、僕が使ったやつだとあれだよね」
最初の文字が異様に大きかったのは言うまでもなく彼自身もそう思いたくない証拠だ。彼は一度ポケットから取り出したタオルをその言葉を放つや否やしまってしまった。
「タオル貸してくれないなら香くんで拭くからね」
そういって、私は彼に飛び付いた。あれ! 香くん、照れてる!
「ふふ、香くん可愛い」
彼の頬を人差し指で突いてやった。
「な、中、入ろ!」
私より先に彼がその言葉を発した。人に見られるのが恥ずかしいのか、私の対応にその場しのぎをするためか。どっちにしても可愛すぎる。そして中に《《引き込んだ》》。