第10話 私は彼の...
******雫視点です******
香くん!!!
―――パンパン
!? 違反の合図だ。やり直し?
反対しようと里美が声を荒げる。同時に倒れこんでいる彼の右腕がピクンと動き真上に上がった。持っている! テープを掴んでいる! 倒れ込んでいた彼の手の中にはゴールテープが。
本部席で審判の先生と陽貴くんが話をしている。
バタン。彼の腕が再び下がった。私はレース横の応援テントから一目散に駆け寄った。声をかけても反応がない。そのとき、放送が入った。
『―――本来の陸上競技ではトルソー、すなわち胸が先に線を越えた方の勝ちですが、ゴールテープがある本競技はテープに先に触れた方が勝ちというルールが事前に設けています。ということで、最終レースの結果は……。紅組の勝利でーす!! また、今回応援合戦の審査委員長として来校している勝浦《《市長》》の特別点一点を紅組に加算し、二年生徒競走の総合も紅組の勝利です! 篠田選手、大金星だー!』
「勝った。勝ったよ! 香くん、勝ったんだよ!」
やはり反応がない。
「あ、あのー、保健室に連れていきますので」
保健担当と思われる一年生の子が寄ってきた。
「もう二年生の競技、これで終わりだから私が行くよ。ありがとね」
「わ、わかりました」
私は香くんの右腕を肩にかけ運んでいた。グラウンドを出てみんなから見られないと確認したらすぐにお姫様抱っこに抱え直し、足を速めた。少しすると後ろから保健の先生が追い付いてきた。
「処置はするから戻って大丈夫よ」
「私、彼の……なので」
と呟いたら先生は何も言わなくなった。黙認してくれたのだろう。彼にはこのことは秘密だけどね。
ハチマキを外し顔をぬらしたタオルで拭いて、横に座って彼の顔をみつめていた。かっこいい。いい顔してるのね。少しくらい勝手にしてもいいよね。立ち上がり顔に手を添えて彼の唇に目を閉じて自分の唇を近づけ――。物音? 誰か来る?
「失礼します。篠田くん、いますか」
誰も応答しようとしないので、急いでカーテンを開けて外に出てみると、先生はいなかった。
「は、はい。香くんはこっちに。まだ寝ていますが要件は?」
「紅組団長の速水だ。自分の身を投げ限界まで戦い自軍の勝利を掴んだ篠田くんを労いに来たのだ。あのレース以降、二種目ともに紅組が制した。ひとえに流れを持ち込んだ篠田くんのお陰だと思っている。だが、まだ寝ているのか」
「は、はい」
篠田くんのことを誉めてくれて悪い気はしないけど、圧がすごくて縮こまってしまう。
「後日行われる表彰式で篠田くんをMVPに選出しようと思伝えに来たのだ。流れを変えただけで選出したりはしない。私は相手をした野田くんのこともよく知っている。篠田くんは自分の術で圧倒的な格上に勝ちに行き、軍としての勝利も促した。私は彼の功を大きく称える。伝えておいてくれるか」
「は、はい。ありがとうございます」
「あ、そうだ。彼女さん、名前なんていうんだい?」
か、彼女!?
「え、えっと、は、橋本雫です」
「そうか。雫ちゃん君にあげるよ」
手渡されたのは少し茶色くなった白い何か。
「ゴールテープだよ。無理言ってもらってきたんだ。篠田くんに渡すつもりだったけど、持っておきなよ! 同じ乙女の団長からのささやかなプレゼントさ」
「は、はい」
「じゃあね」
「あ、ありがとうございます!」
去っていく彼女の姿には入ってきたときに感じた怖さや圧は微塵も感じず、手の中のゴールテープに残る二人のかっこ良さと温もりを感じている。