狐のあの人に会いたくて...
まさか、二つ目を出すとは思いませんでしたよ...
明日は...声が聞こえるのかなぁ...
明後日も、君は来てくれるのかなぁ...
今日も、また会えるかな。
「好きだったんじゃないですか?」
彼岸花が咲く。真っ赤な、彼岸花が、咲き誇る。
そっと、彼は池に咲いた彼岸花を眺める。
彼は、橋の前へと歩き出す。
「僕は、あなたを好きでしたよ」
彼のその背後に、狐のお面を被った女の人がいた。
顎から涙が伝う...わた...私は...
とても暑い初夏のある日、僕は一人女の人に出会った。
それは、小さな公園の池にある小さな赤い橋の上で、狐のお面を被っており肩にお下げを垂らして、蓮の花をじっと眺めていた。
特になにか用事があったわけではない。
少しだけ、散歩をしようと歩いていて...帰りはいつもとは違う道を歩こう。と、思っただけだった。
そうして、地図アプリで検索して別のルートで歩いていたら、誰もいない公園に一人だけその人はいた。
僕は、不覚にもその姿をただ見つめていた。
長い髪を、かんざしやクシでまとめている女の人。
この近くで花火大会があった覚えはない。それなのに、浴衣を着ている。そんな姿に不自然なモヤモヤを抱く。
「あ...あの」
いつの間にか橋を渡って女の人に、声をかけていた。
狐のお面が、ゆっくりと動いて、僕を眺める。
「どなたですか?」
なぜ声をかけたのか...僕にも理解ができなかった。
普通に、知らない人が、こうして浴衣を着た女の人に話かけるなんて、おかしなこと...いや、警察沙汰になりかねない。
「その...蓮の花...綺麗ですね」
「そう....ですね」
池に咲いている白い花は、明かりがついているようにぼんやりと光っている。
なんだか、濁してしまったような...少しだけ後ろめたい気分になったので言葉を付け加えた。
「自分もよく分からないんです。なぜか、声を掛けたくなりました」
狐のお面越しで、何を考えているのか分からないけど、怪しいと思われていないと思いたい。
「そうなんですか。」
女の人は、一言呟いた...そこで、会話は途切れてしまった。
僕は、このままでは不味いと思ったので...なにか、話題を探した。
「あなたは、浴衣を着ているようですけど、どこかでお祭りでもあったのですか?」
「特にないですよ。私は....そうですね...いつの間にか、ここにいました。」
「え...」
どうにも、僕たちはよく分からないもの同士らしい。
実際のところは、よく分からないが...
「なんで...時代は、変わっていくのでしょうね」
「人間が、いるからじゃないでしょうか?」
「私は、ずっと...いえ、なんでもありません」
「ごめんなさい。私は、もう帰ります。また明日も会えますか?」
「え...は、はい。いいですよ」
そう言って、女の人はそっと頭を下げて橋を渡っていく。
....僕も、帰ろう。
女の人と同じ道を通って帰ってもよかったのだが...なんとなく、同じ道を通りたくなかったため、戻ることにした。
それにしても、また明日...か
次の日...僕は、また同じ時間に散歩をした。
「あれ...おかしいな。行く道で、出てこない。もう一度、あの場所でMAPのルートを検索してみるか?」
検索してみると、公園へのルートが出てきたため、一安心してまた公園へと向かった。
また、あの日と同じように...浴衣を着ていて、お面を付けている。僕がきたと同時に、顔をこちらへと向ける。
すると、やはりいつの間にか橋の上に立っていた。
「あの...」
「....昨日は、また会おうと言って、そのまま帰ってしまいましたね。ごめんなさい」
「い、いえ、それは別にいいんですけど」
....案の定、会話が続かない。いや、いいんですけどね。
「今日は、その、なにかあったんですか?」
「....そう...ですね。私、あなたのことを、気になっているみたいです。」
「そ、そうなんですか」
よく分からないけど、僕のことを好きになってるらしい。
な、なんだか照れるな...
それからは、会話が続くことはなかった。ずっと、池の中に浮いている蓮の花を眺めていた。
ある程度時間が経ったかな。と感じたので、僕は声をかけることにした。
「あの、そろそろ僕、帰らないと」
「あ、そうなんですね。引き止めてしまってすみません。また明日会えますか?」
「いいですよ。嫌いではないので、この時間が」
それから、毎日その狐のお面の人に会った。定期的に、散歩する日課ができたので、これはこれでありかな。とか、思いながら...静かに蓮の花を鑑賞する時間が過ぎていく。
そんなある日のこと。
「あ...」
「今日も、来てくださってありがとうございます」
「いや、いいんです。そういえば、あなたは...どうしてここにばかりいるのですか?」
「前にも...言ったような気がしたんですが、なぜか...です」
「でも...あの、良ければ、一緒にデートに行きませんか?映画の前売り券を買ってみたのですけど」
「...その、ごめんなさい。できません」
「そうですか...すみません。無茶を言ってしまいましたよね」
狐の女の人は、そっと俯むいた。なんだか、この蓮の花も飽きてきたな...
「もう...やめたいですか?」
「え...えぇと、そのはい。」
「分かりました。長く、引き止めてしまって...ごめんなさい。」
「いえ、少ししたらまた来るので...」
僕は、別にこの時間が嫌いだと思っていたわけではないから、飽きは少ししたら、また新鮮になるはず。そう思って...その時は、お別れをした。
数日後
僕は、久しぶりにあの蓮の花を見たくなったので、また帰りのルートを選んだ。けど...
「あれ...ここでも、出てこなくなっちゃったかな...おかしいな」
一度、僕はアプリを頼らないで歩いて行ったことがあるのだが、なぜかあの公園へは行かなかった。でも、どうしてももう一度会いたかったので...また試してみることにした。
「確か...この道を曲がって..あった」
僕は、あの公園を見つけることができた。けれど...あの人は、いなかった。
けれども、橋の上を歩いた時には、やはりどこか蓮の花がぼんやりと浮かんでいる。
「あの女の人は、今日は来なかったのかな。」
ふと、橋の下になにか赤いものが咲いていた。彼岸花だ...
「この時期に...咲くものだったかなぁ...」
僕は、そっとスマホを手に取って調べようとした。けど、圏外と表示されている。
「あれ?」
僕は、空を見上げた。真っ白な空が、覆っている。
ふと、なにかが見えたと思い目をこらす。奥に小さな赤い橋が二つ...三つ四つとかかっている。その一つの橋に...あの、狐のお面の人がいた。
後ろ姿が、凛々しい。 どこからか..声がした。ごめんなさい。すると、僕は...またあの公園に立っていた。
「.......」
初めから池など無かったのか。
蓮の花ではなくて、季節外れの彼岸花で埋めつくされていた。
橋の前に小さな公園の案内があった。奥には、お稲荷さんが建っていた。
「好きだったんじゃ...なかったんですか」
僕は、そっとおいなりさんの目の前で、手を合わせて一言呟く。
僕は...あなたに恋してましたよ。
ご視聴、ありがとうございました。