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秋桜のペアリング  作者: shiori
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エピローグ「愛のしるし」1

 二年生の三学期も残り少なくなったある日、私は気持ちを新たに屋上への階段を上がった。

 普段は閉じられている固い扉を開くと、突き抜けるような冷たい風が制服姿の私を襲った。


 スカートが激しく揺れるほどに吹き抜ける風をなんとか私は我慢して屋上に出る。


 私が会おうとしていた目的の人物は屋上にある手すりに寄りかかって、ここが学園の敷地内にも関わらず煙草を吹かしながら、素知らぬ顔で雲の流れる外の風景を眺めていた。



漆原(うるしばら)先生、お願いがあってきました」



 不真面目なところはあるが、歯切れがよく、女教師にも関わらず男に負けない意思の強さがあり頼りになると、一部の生徒には人気のある漆原先生に私は用があり、ここまでやってきた。


「八重塚か、ここで会うのは久しぶりだな。

 突然なんだ? どうやら、私と話す機会を伺っていたようだが」


 勘の鋭い先生は寒さに動じることなくいつもの調子のまま、私に向けて応対した。


「私を、先生のクラスに入れてください。

 演劇を一緒にしたいんです」


 突然の私の告白に漆原先生は煙草を吹かしながら苦笑いを浮かべて、微妙に迷惑そうな表情をしていた。


「それがどういうことか分かって言っているのだろうな?

 いや、今の言葉は野暮か、そこまで君を真剣にさせる理由とは何だ?」

 

 よく頭が切れる先生らしく、一瞬で私の意図を読み取り考察をして、私を試すような質問をすぐさま先生は投げかけた。


「それが私の果たしたい約束だからです」


 漆原先生の正面に立ち、真っ直ぐに視線を向けて、迷いなく私は答えた。

 揺るぎない気持ちをブレることなくここで見せれば、この人ならばきっと届くと、どこかで私は信じていた。


「八重塚。お前はあいつとの”失恋”を、乗り越えられたのか?」


 教師の発言とは思えなかったが、こんな事を聞くのは多少なりとも私と親しい先生だからこそと私は思い、この場は諦めた。


「それは、分かりません。

 でも、私は残された学園生活の中で、諦めたくないんです」


 私が質問に対する回答をすると、漆原先生は考え込んだ。

 複雑な思考をする大人である先生の表情からは、考えていることはとても読めない。

 でも、迷っているということは、確かに私の想いが届いている証拠だと思うことが出来た。


「叶うかどうかは分からないが、参考までに検討はしておこう。

 とはいえ、心配なこともある。

 だから、一つだけ条件を与える。

 思い出を大切にするんだ。

 忘れてなかったことにして、やり直そうと思うな。

 もう一度、関わる以上、ちゃんと向き合って見せろ」


「それは、教訓ですか?」


 どうしてわざわざ、こんなことを先生が言葉を選んで言ってくれているのか、それを判断するのは難しかった。

 でも、私の心に訴えかける強い気持ちは感じ取ることができた。


「《《向き合い方だよ》》、《《未練との》》」


 意味深な言葉であったが、羽月は必死に次の掛ける言葉を考えた。


「先生にはいるんですか? 大切な人」


 大切な人であればこそ、簡単に忘れることは出来ない。

 そんな気持ちが、無意識に羽月の言葉には滲み出ていた。


「もう、この世にはいないよ。

 だが、大切な愛のしるしだけは、ずっと残っているよ」


 そういって、漆原先生は太陽の光に反射し、光を放つシルバーの指輪を私に見せてくれた。

 何かを悟ったようなその表情は、教師というよりは、大人である一人の女性のあるがままの姿だった。



「私の……、愛のしるし……」



 色彩を失い、失意の淵に陥って、思い出を忘れようとしてきた私には重い言葉だった。


「本当を言うとだな、迷ったのは、八重塚がいてくれると私にとっても助かると思ったからだ、君が未練を断ち切れるかどうか、それを案じたものではない。本来ならば迷わず断っているところだ」


 いつになく真剣だった表情を徐々に漆原先生は緩めて、思わぬ言葉を私に言い放った。


「それは、一体どういう?」


「これは秘密の話しなのだが、八重塚は生徒会長代理でもあったからな、その立場に免じて話しておこう。

 来年度、私のクラスには転校生が二人来るかもしれなくてな、それがなかなかの”訳アリ”でね。どう面倒を見ようかと思案していたところなのだよ」


 先生の”訳アリ”の意味を、私は彼らと出会うまで知ることはなかったが、先生の言葉は当の本人と出会ってから、よく理解できるものだった。


 詰まるところ話しをまとめると先生の提案はこうだ。


 私を自分たちのクラスに招き入れる代わりに、”委員長”として転校生二人を加えて、クラスを引っ張ってほしいという話だった。


 こんな提案は想定外にも程があったが、私は迷うことなくこの提案を飲んだ。

 

 私と漆原先生は話し終えると、熱い握手を交わし、言葉にしづらい笑みを浮かべた表情で微笑み合い、秘密の契約を交わした。

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