第八章「密会の二人」2
「そんなこと気にしなくていいのよ、本当に……。
浩二の気持ちを疎かにしたのは私の方が先だから、浩二が誰と付き合おうと、誰と幸せになろうと、それは浩二の自由だから」
心の奥深く、深淵の中にある思い出を唯花は掘り起こしながら言葉を紡いだ。
言葉にしてしまうには重い、長い月日を経て作り上げられた唯花の想いは、本音で語るには難しく、言葉では言い表せない感情が凝縮されたものだった。
「幼いころは確かに、浩二といるのが何よりも大切で、それが生涯続いていくものだとお互い信じていたと思う。
でも、私がいろんな活動をネットの人たちとする中で、たまたま知り合った人と私は恋に落ちてしまって、付き合うことになって、東京に遊びに出かけたりしてた。
あれは若気の至りなのかな? 今までにはなかった刺激が欲しかったのかな? 自分とは違う環境で育って、お互いのことを知るようになって、自然と惹かれ合うようになってた。
新鮮な毎日で、付き合ったのは結局数か月間だけだったけど、浩二のことを置き去りにして恋愛を経験してしまったのは事実なの。
浩二だってそのことは知ってる。
このことで、私たちは夢見る子どものままではいられなくなった。
だって、浩二だって私のことを一途にずっと想ってくれる乙女だなんて夢を見なくなっただろうから。
だから、《《浩二が誰かを好きになることもあるって私は覚悟してた》》。
そんな日がもし来てしまっても、許してあげなきゃいけないって思ってた。
それに、浩二とはお互い本当に異性として好きかどうかを確かめたこともなくて、浩二は最初から私のものでもないわけだから」
唯花は話しながらも、時折本意ではないかのように棒読みながら、それでも言葉に詰まらないように平静を維持することを意識して言葉を続けた。
願望とは外れた現実を口にすることで、唯花は段々と寂しそうな表情さえしていて、それは憂いがあり、ドラマのヒロインのように見た目には美しいものだったが、リアルな感情を無理やり押し殺して話しているように羽月には見えた。
「そう、幼馴染っていっても色々あるのね。いつも分かり合ってて、仲が良いから、悩みなんてないように見えたけど、そういうわけじゃなかったのね……」
羽月は唯花という一人の女性の中にある複雑に揺れ動く感情の波の一端を知り、一言では言い表せない、より深い感傷を抱いた。
「そうなのよ、私だって浩二の気持ちを全部理解してるわけじゃないから。
そりゃ……、エッチなことをしたいときだってあるだろうし? 私には無関係のことだけどね、それは、羽月さんの魅力に惹かれることだってあるだろうから」
普段の姿からは想像つかない、唯花が口に出すとは思えない内容の単語が飛び出し、真剣な空気が吹き飛びそうになる。
唯花が普段どんなことを考えて浩二と会話しているのか、それを想像してみるのもまた面白そうだと羽月は内心思った。
二人は心底恋愛話をここまで掘り下げてすることになるなんて思いもしなかったが、今になって、こういう話しをするのも悪くないと思うほどには、二人の気持ちは変わっていたのだった。
「唯花さん、変なの。私の魅力って……、私よりずっと唯花さんの方が魅力的な女性で、男子から見ても仲良くしたいって思うでしょうよ」
羽月はさも当たり前のことという調子で笑いを堪え切れずに言った。
「そんなことないよ、羽月さんの方がしっかりしてて、彼女にしたいって思うんじゃない?」
唯花はフォローしようと思ったわけではなく、素直に忖度なしで言ったつもりだったが、羽月は呆れた様子であった。
「ふふふっ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、本当、柄じゃないのよ、恋愛なんて」
「でも、羽月さんだって、ちゃんと恋する乙女の顔をしてたわよ?」
途切れることなく女子同士の会話を続けていく唯花と羽月。
浩二と一番近い距離にいる唯花を相手にしながらこんな風に過去を振り返れること。
それは、十分に別れてから月日が過ぎたという結果であり、羽月が浩二のことを振り切れたという意味を含んでいた。
ついこの間まで続いていた愛に満ちていた日々が遠くなっていく。
思い出となって、深い海の底に沈んでいく。
こうして振り返る時間を過ごし、ある種、本当の意味で羽月の恋が終わりを迎えたのかもしれなかった。




