第八章「密会の二人」1
三学期のまだ寒い日が続くある日、唯花がいつものようにリラックスするためにくつろぎの場として利用している図書準備室にやって来ると、羽月が先客として訪れていた。
思わぬ人物の先客に唯花は少し驚いた様子であった。それもそのはず、羽月がこうして図書準備室にやって来るのは久方ぶりだ。
「あら、久しぶりね、羽月さん」
コンタクトレンズを付けたいつもの制服姿の羽月に、唯花は動揺を見せることなく変わらないこれまでの挨拶を続けた。
「あぁ、唯花さんごめんなさい。勝手にお邪魔しちゃってたわ」
羽月は唯花の反応を見て、礼儀を立てるためにも瞬時に断りを入れた。
この一般生徒がほとんど入ることのない図書準備室を私的に利用するのは久々ということもあり、唯花の気持ちも考えるべきと羽月は改めて思ったのだった。
「いいのよ、私達の仲でしょ。遠慮しないで」
唯花にとっても自分の場所という意識はないので、生徒会長代理が訪れることは私的に近い形でここを利用している身としてはむしろ歓迎するところであった。
唯花の気の利いた言葉に羽月は安心して、警戒心を解いて再びリラックスした姿勢に戻した。
「ありがとう、ここは静かで落ち着くから、好きなのよね」
少し懐かしさを感じながらイスに座り、ストーブの暖かさを唯花と共有しながら羽月は優しい笑みを浮かべた。
「うん、私も。こうして会うのは、ちょっと久しぶりかしら?」
「病院で少し顔を合わせたけど、二人きりで会うのは久しぶりよね」
話し始めるといつものように会話も親しみの込められた柔らかなものになり、この図書準備室で、真面目で普段から通っている二人がこっそりとお茶をしていたのが遠い昔のように感じ、羽月は懐かしく感傷的な気持ちになった。
「私、用事も終わってゆっくりしようと思ってたところなの。せっかくだから、羽月さん久々にご一緒にお茶していく?」
唯花は羽月の表情を伺いながら、丁寧な口調のまま言った。
「えぇ、もちろん。唯花さんもいつもお疲れ様。ハーブティーを持ってきたから、女子トークでもしましょう」
「いいわね。羽月さんも生徒会の活動、一段落したようだから丁度いいわね」
二学期の頃の慌ただしさを知っていた唯花はその大変さを労う意味でも、このお茶会に意義があると感じていた。
羽月は椅子から立ち上がってカップの準備をし、手早くティーパックを載せてストーブの上に置かれたやかんでお湯を注ぎ、湯気の立つカップを唯花に手渡す。
ハーブティーを入れるティーカップは先代から愛用して使われている上品な柄をした高級ブランド品のティーカップで、二人も気に入って使用している。
「カモミールの甘い薫り、素敵ね」
「でしょ? こうしてこっそり飲むのも粋なのよね」
愛嬌のある唯花の言葉を聞きながら再び羽月は椅子に戻り、互いに向かい合ってハーブティーの芳醇な香りを楽しんだ。
「何だか、今でも驚かされるようなことばっかりだったわね……」
ハーブティーを口に含み、息をついて上品にその味を確かめ、身体の内側から染み渡るようなリラックス効果を感じながら自然な笑みを浮かべ、羽月は一言呟いた。
遠く向こうを見るような瞳に、羽月の懐かしむような気持ちが込められていた。
棘のないその言葉を聞いて、唯花は《《羽月が浩二との失恋から大分立ち直っている様子に感じた》》。
「それは私も一緒よ。全部が唐突で、始まりも終わりも。私は二人の姿を遠くから見ていることしかできなかったけど」
唯花も同じようにほろ苦い風味のハーブティーを口に含んで、感傷的に羽月へ返答した。
「本当ね、私が浩二と付き合うことになるなんて、学園祭の前まで考えもしなかったから。
私はね、浩二は唯花さんに一生ついていくものだと思ってた。
それが当然のことみたいに見てたの。
だから、私が浩二と付き合ってしまうことで、二人が長い時間を掛けて作り上げてきた大切な関係を壊してしまうんじゃないかなって、本当に略奪してしまったのかなって不安だったわ。
本当のところをいえば、浩二と一緒にいるときに唯花さんに会うのが怖かった。自分たちが勝手に始めたことなのに、身勝手もいいところよね。
付き合った後で気にしても仕方のないことだって頭では分かってはいたけど、それでも、引け目を感じずにいられなかった」
羽月は女子同士お互いに遠慮しないという言葉通りに、自分の本音をぶつけた。
唯花は羽月の言葉を、身に沁みながら聞き入っていた。




