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秋桜のペアリング  作者: shiori
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第一章「思い出の中の二人」3

「あ? なんだよ……、帰って脚本の続きがあるんだよ」

「あなたね……、せっかく寝かせてあげたんだから、もう少しあるでしょう……」

「あ? そんなこと言われても、頼んだ覚えはねぇし」


 慣れない馴れ馴れしい態度に思わず私はむきになってしまう。


「とりあえず、寝かせてあげたんだから、罰として私を手伝いなさい」


 私はたまらず言った。

 強引に私は明日までにしないといけない、アンケートの集計を樋坂君に任せる。

 樋坂君の目の前に山積みになった用紙が置かれる。


「今時、紙のアンケートなんて……」

「そこ! 愚痴を言わない、そんなこと私だって重々承知よ、先生から上がってきたものだから仕方ないの!」

「病欠の委員長の代わりに来させられたら、雑用までさせられることになるとは……」


 樋坂君は愚痴りながら、しぶしぶ席に座って作業を始める。

 私が一度コピーをしに、席を立って戻っても、根は真面目なのか樋坂君は作業を続けていた。


 そのまま私がデスクに座って事務処理を再開し部屋に沈黙が流れると、少し申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 そんな状況に耐えかねたのか、私を気遣ってか、樋坂君は口を開いた。


「お前さ……、なんで、一人でこんなこと遅くまでやってんの?」

「“お前”じゃないです」

「“うっ”、副会長さん」


 樋坂君が「おっかねぇなぁ」と言いたげな表情をしていた。


 私って、そんなに表情キツイのかしら……、眼鏡を掛けてるときは、自然と真面目そうに見えるのだろうけどそれはただの印象でしかないだろう。

 強制でもないのに制服まで着てきているから真面目な印象に見えるのも言い訳にならないとは思うけど、それだって真面目ぶっているわけではなくて、私服を毎回考えるのが大変面倒だからで、そういう生徒は一定数いる、考えれば考えるほど、ちょっと複雑な気持ちだ。


「会長はもういないのよ、私が率先してやるしかないでしょ」


 私は疲れも相成って本音として思っていたことを軽く言った。諦めの感情が籠っていたと思う。


「会長、引っ越したんだっけ、そんなこと、全校朝礼で言ってたな……」

「そういうことよ、学園祭も近いから、遊んでる暇はないのよ」

「後輩とか同学年にやらせればいいじゃん」


 樋坂君はもっともらしいことを言ったけど、現実はそう甘くない。


「生徒会のほとんどが会長に付いてきた人ばかりだから、頼ろうにも勝手に帰っちゃってるのよ」

「そりゃ、理不尽だな……」


 樋坂君もこの状況を少しは理解してくれたようだ。


「そうよ、理不尽なのよ」


 私は肩こりと目疲れまで感じて、手を離して話していた。

 樋坂君もかったるそうにしながらも話に付き合ってくれている。


「俺もまぁ、委員長がインフルエンザにならなければ、こんなことしなくて済んでたからな……」

「誰かがやらないといけないのよ。後輩たちに任せて上手くいかなかったら私の責任にもなるから、簡単じゃないのよ」

「そういわれると、そうかもな……」


 樋坂君は納得したように押し黙った。

 偶然一緒になった樋坂君とこんな暗い話がしたいわけじゃないけど、もう、口に出してしまった以上仕方なかった。


 こんな愚痴、言わないようにしてたのに……。

 私は悪態をつきたくなるほど後悔していた。

 こんなことを平気で言っていたら次第に人が離れていってしまう。そう、ずっと思ってきたから。


「———もう、大丈夫よ、帰ってもらって。後はやっておくから」


 私は罪悪感からたまらず言葉を掛けた。


「いいよ、もうすぐ終わる、気にすんな」


 同情を誘ってしまったからだろうか。樋坂君はそう言葉して、作業を止めることはなかった。

 それから三十分くらい過ぎて、樋坂君は作業を終えて、立ち上がった。


「お疲れ様」


 樋坂君が労いの言葉を掛けてくれる。私は樋坂君の様子に気づいて視線を上げた。


「うん、ありがとう、戸締りはしておくから」

「もう、外暗いけど、家は近いのか?」


 すでに陽は落ち、ベランダの先に見える外の景色はすっかり夜に変わっている。

 こんな時間まで学校にいるのは、活動的な部活動のクラスと、私くらいなものだ。


「私、寮で暮らしてるから、心配は無用よ」


 学園からすぐ近くの寮に私は暮らしている、だから夜遅くても困るようなことはない。

 先生もそれは承知で、だから私は遅くまで学園にいてもお咎めなしになっている。


「そっか、なら、遠慮なく帰ることにするよ」


 私の言葉に納得して、帰ろうとカバンを肩に掛けた樋坂君は、心のうちは分からないが、素っ気ない態度で、生徒会室を出ていく。

 寮といっても5階建てのアパートなんだけど、この際どっちでもいいか。


「樋坂君、脚本を書かなきゃいけないって言ってたけど、大丈夫かしら……」


 長居させた後で考えてもしょうがないことだが私は心配になった。


「演劇クラスか……」


 確か彼のクラスは演劇クラスだったことを思い出し私は呟いた。


 一クラスに一つの部活動を行う凛翔学園(りんしょうがくえん)では、クラスの名前も通常、アルファベットや数字ではなく部活名で呼ぶようになっている。


 一人残され静寂に包まれた生徒会室で、私はそのまま作業を終えてすぐさま戸締りをして、その日は異様に疲れを感じながら帰路についた。

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