第六章「黄昏に暮れる病室」3
やがて救急車がやってきて救急隊員が真奈ちゃんを救急車に運び出すと、私と達也も一緒に救急車に乗り込んで内藤医院へ向かった。
救急隊員への説明は全部達也がやってくれて、私の出る幕はなかった。
達也は私の心労まで気にして全部フォローしてくれている。
達也はいつもそうだ。私のことになると精一杯頑張ろうとする、それは嬉しい反面、もっと深い愛情に寄り添った特別な感情によるものだと分かりすぎてしまうから、胸が苦しくなった。
達也に頼ろうとすればするほど、気のある様子に映ってしまう、達也に期待を持たせてしまう。それはきっと私の悪いところだろう。
好きな人の前で見栄を張るのは、男の習性だから。
*
この時代になっても救急車は呼べばすぐに来てくれる、そのことに感謝しながら、院長である達也の父親が回診した後で、病室で眠る真奈ちゃんを私は見守っていた。
病室の外で院長と話していた達也が戻ってくる。
「真奈ちゃんは大丈夫なの?」
集中治療室に搬送されるようなことはなかったので、大丈夫だと思ったが心配になった私は達也に聞いた。
「ああ、今は落ち着いてる。今日のところは大丈夫だろう」
そう返答しながらも、何やら達也は考え事をしている様子だった。
「真奈ちゃんは……、平気よね」
私がそう呟くのをじっと黙って達也は聞いていた。
穏やかな呼吸に戻った真奈ちゃんの様子をただ私は見守ることしかできなかった。
心電図の音だけが、静かな病室に鳴っていた。
「真奈ちゃんは、少し特別なんだ」
何か覚悟を決めたような空気を感じた。
達也は何か大切なことを私に話そうとしているようだった。
「どういうこと?」
私は心配のあまり達也の瞳を直視して聞いた。
「これは、誰にも言わないでほしいのだが、唯花には話しておこうと思う」
「浩二にも?」
「ああ、浩二には時期を見て僕から説明をするつもりだ」
「そう……、分かった、それは任せる」
こう前置きをした後で、ゆっくりと達也は話し始めた。
「唯花にも分かりやすいように説明すると、真奈ちゃんは意識消失、具体的にはてんかんなどを起こしやすい体質にある。それは心理的不安やストレスに起因するところが多い。場合によっては睡眠障害にも繋がるものだ。
今回は小さい子どもが良く引き起こすような風邪の症状に留まってるが、より悪化することも警戒する必要はあるだろう。
こうした症状を予防するために、国の感染症対策委員会が監修している毎年接種が義務付けられているワクチンに一定の効果があることは確認できているのだが、これは精神を安定させることにも効果がある事が分かっているからで、あまり知られていないが、ワクチン自体に感染症対策とは別に、総合失調症などの予防にもなる、精神を安定させる効果も加えられているからなんだ。
ワクチンが万能薬と考えるのは短絡的だが、厄災以後に国の政府を中心に専門家や医学会と連携して接種体制を強化してきた経緯もある。
これにより精神疾患の患者の低下にも繋がっている以上、重要視せざるを得ないだろう、真奈ちゃんを救うことにも繋がっていると分かっている以上」
達也の説明を察するに、真奈ちゃんの体調に心理的不安やストレスの影響を受けやすいということだった。
毎年、接種が義務付けられているワクチンが真奈ちゃんにとっても重要であるということは分かったが、達也には独自の情報網があるのを感じた、それもその政府の研究機関に近いところで。
「今はワクチンを頼りに、安静にしておくしかないのなら任せるけど、達也は詳しいのね」
私は疑問も含めて達也の話しに返答した。
こういった自分の専門になると饒舌になる達也は話しを続けた。
「毎年、少しずつ改良されているワクチン接種がこの街から始まることは知っていると思うけど、僕の父も国のワクチン開発に一役買っていてね。
毎年改良を加えるためには、膨大なデータをもとにしなければならない。
この街は厄災もあって、ようやく復興が進んで元の家に帰っては来れたが心の傷が癒えずに精神的不安やストレスを負っている人が多くいるこの街が率先してワクチン接種を進めているところがある。
こうした治験的な観点の検証データは重要なことだ。
父も納得して協力を受け入れているところだよ。
それはそうと、今は薬の効果で真奈ちゃんの精神は安定してる、明日までには目が覚めると思う」
達也の中でもまだ分からない事も多いながら、なんとか分かるように説明するが、それでも私の中で不安が残った。
「ねぇ、もし、真奈ちゃんの症状が悪化したらどうなるの?」
ただの風邪ではないと知った私は、不安のあまり達也に聞いた。
「もちろん症状が悪化した患者にはそれ相応な効果の高い薬を処方することになるが、悪化した場合は幻覚を見るようになって、情緒が不安定になるか、ナルコレプシーなどの睡眠障害に陥るかだろうな」
総合失調症の症状にも幻覚を見ることも含まれることを思うと、それを聞いた私はショックを隠せなくて、押し黙った。
「そうならないために、最善は尽くすさ。僕にとっても真奈ちゃんは家族のようなものだから」
私を安心させようと達也はそう言って部屋を出た。
「真奈ちゃん……っ」
家族だと思って、何よりも大切にしてきたのに、どうして……。
どうすることもできない私には、それ以上の言葉が見つからなかった。




