第五章「本当に大切なこと」3
次の日、朝早くから出掛けるために早起きした浩二は準備をして、ちゃんとプレゼントをカバンに入れたことを確認し玄関まで向かった。
今から出掛けることを告げると、真奈が玄関までやってきて、いってらっしゃいを言ってくれる。
「おにぃ、気を付けていってらっしゃい、今日一日たのしんできてね」
浩二から見て、まだ風邪が完全に治った様子もないので、心配ではあったが、真奈の笑顔に励まされ、今日の一日羽月のためにも楽しんでくる気持ちになることできた。
「おう、暖かくして、何かあったら唯花に相談するんだぞ?」
「うん、お姉ちゃんもいるから心配しなくて大丈夫なのじゃ」
唯花は今日一日家にいると聞いているから、隣まで行けば大丈夫、そんな安心感もあり、浩二はこれから羽月と過ごす時間が楽しみのあまり、心配無用の気持ちで玄関を出て、駅まで颯爽と急いだ。
浩二は羽月とのデートに向かった。
玄関の扉が閉まり、兄の浩二が家から出たのを確認した真奈は、ようやく安心して、力を抜くことが出来た。
兄を心配させないようにと、その場で必死に我慢して立っていたが、安心するとふらふらっと意識が遠のいていって、頭が真っ白になると同時に、身体から力が抜けて、玄関を上がってそばのフローリングにそのまま膝から転げるように倒れた。
昨日より明らかに体温が上がって、風邪は酷くなり、身体に力が入らないし頭も痛くズキズキとする。
これほど体調が悪いのはいつぶりだろう、真奈は考えたが浮かんでこない。でも、冬の寒さに身体を震わせながらもすぐに助けを呼ぶわけにはいかない、きっと、浩二にも連絡が行ってしまう。そう考えて、真奈は懸命に身体にもう一度力を入れて、起き上がろうとした。
「おにぃは今日の日を楽しみにしてたのにゃ、だから、迷惑かけられないのにゃ……。
だいじょうぶ、一日、寝てればいいだけなのにゃ。こんなの、ぜんぜんへーきなのにゃ」
自分以外、誰もいない家の中で真奈は強がるように声を出した。
甘いたいと思うとき、辛いとき、悲しいとき、我慢できなくてどうしてもなくなってしまうと自然と猫語が語尾に混じる真奈。ここで挫けてはなるまいと懸命に身体を起こし、手を前に出して這う様にして少しずつ自室へと向かう。
家の中を移動するだけにも関わらず、身体が重たく立ち上がるのも億劫になってしまう自分が情けなくなりながら、寒い季節にも関わらず体温の上昇で汗を垂らしてしまう。
気分の悪さに意識が虚ろになりながらも懸命に階段を上って、自分の部屋までなんとか真奈はやってきた。
「はぁ……、はぁ……、部屋の中はあたたかいのにゃ……」
浩二を見送ってようやくベッドまで戻ってくることができた真奈は、布団にもぐり、頭を柔らかい枕に乗せて薄い意識の中で眠ろうとする。
だが、ここまでにかいた汗の気持ち悪さと酷い頭痛にうなされて、なかなか眠ることもかなわない。
起きてからすぐに飲んだ風邪薬もあまり効果を発揮してくれず、真奈は再び立ち上がる気力もなく、大人しくこのままじっとしているほかなかった。
「ううぅ……、きもちわるい……、バチが当たったのかな……、おにぃの彼女さん、わるくいったから、だから、こんな目にあうのかな……、がっこーの先生もいってた、人をわるくいっちゃいけないって。
一日、がまんできたら、かみさまも許してくれるかな……、そうだといいな。
くるしいのは、にがてなのにゃ……。
でも、おにぃのまえでは、おねえちゃんの前では笑っていたいから。
おにぃが帰ってくる頃には、おかえりっていいたいから、はやくげんきに治ってるといいな」
いつになく酷い体調に、思考が鈍化していく。
頭痛で段々と何も考えられなくなって、虚ろな意識の中で呼吸が乱れ、言葉も出てこなくなってくる。
時々、デジタル時計を確認して、ほとんど時間が過ぎていないことにたまらなく悲しくなる。
「おにぃ、はやく会いたい……」
兄のいない心細さに思わず弱音が漏れる。
後どれだけ、こんな苦しい時間を過ごせばいいのか。
「さむい……、さむいよ……、おにぃ」
ずっと目を瞑ったまま、頭痛や呼吸の苦しさより頭が真っ白になる感覚が段々と昇ってくる。
熱で汗をかき、のぼせるように考えることもできない深淵に落ちた頃には、意識が強制的に閉ざされ、眠りに落ちていった。
体調が戻らないまま、起きては眠る、そんなことを繰り返しながら、真奈の苦しみに耐える時間が、ひたすらに続いた。




