第五章「本当に大切なこと」1
もしも、あの日をもう一度やり直せるなら、運命は変わったのだろうか
そんなことを、何度考えただろう
でも、あの日々は帰ってこない、何故なら、私たちが大切しなければならないものを、私たち自身が苦しめていたから……
第五章「本当に大切なこと」
羽月が再び樋坂家を訪れた日。その日は記念日ではなかったからちゃんとした日付は二人の記憶を通しても思い出せなかったけれど、でも、クリスマスよりはずっと前で、12月にもなっていなかったと思う。
偶然にも和室に入った羽月はその時、樋坂家に両親のための仏壇が置かれていることを初めて知った。
その日までに、浩二の両親について、考察をしたこともあっただろう、だが、羽月はあまり深く考えないようにしてきた。
出張している可能性だってある上に、人の家庭の事情にわざわざ立ち入るような話しをする経験が乏しく、思い切って話しをする勇気をそれまで持つことが出来なかったようだった。
何より、たぶん、そこまで考えなかったのは、浩二と真奈の兄妹が明るく穏やかで、不自由しているように見えなかったから。
だから、心配になるようなきっかけの一つでもあれば、疑問として両親のことを聞く機会が来ることもあったかもしれない、それくらい、浩二と真奈の兄妹の絆は羽月から見て完璧だったのだ。
だが、それが本当は、隣に住む永弥音家の支えあってのことだということを羽月は気づくことができず失念していたのだった。
「ねぇ、聞いていい? 浩二の両親って、もう亡くなっているのかしら?」
羽月は今更であったが、本当のことを知ることこそが、正しい礼儀だと思い浩二に聞いた。
ベランダから布団を取り込み、抱き抱えた浩二が羽月の言葉に気づいた。
浩二はこの時、初めて羽月には両親のことを話していなかったことに気づいた。
今まで説明してこなかったのは、気を悪くしないように、そう振舞ってきた結果かもしれない。
だが、唯花と仲のいい羽月だからすでに知っていて、遠慮して聞いてこなかったと思っている部分も浩二はあった。
「ああ、4年前くらいかな。まだ、真奈が小さかった頃だよ」
真奈は今でも小さい子どもなのに、羽月は浩二の言葉を聞いて即座に思った。
「そう、兄妹揃って苦労してきたのね……」
言葉の重み、その事実をそのまま受け入れるしかなく、羽月は仏壇前に正座して座って、手を合わせて目を瞑った。
30秒ほど経って、羽月は再び目を開いて、手を合わせたまま仏壇に置かれた写真を見ながら口を開いた。
「真奈ちゃんは、両親のことを覚えているのかしら?」
羽月の心境は複雑だった。でも、自分の正義感のようなものが、知ることを求めてやまなかった。
「いや、覚えていないよ。時折、お母さんみたいと言うときもあるけど、それは一般的な母親像と重ねていっていることだと思う」
浩二の言葉を聞いて、それはどれだけ残酷なことだろうと、羽月は思った。
”一般論”の中にある母親という形でしか母親という存在を認識できない、それはまだ小さな子どもにはあまりにも残酷なことだ。
その後、浩二は詳しい事情は省き、両親が海外で事故死したことを羽月に伝えた。
しばらく経って、ティータイムになってから、急に神妙な面持ちで、真剣な表情を浮かべた羽月は自分のことを話し始めた。
「私のことも、話していいかしら」
浩二の両親のことを知ったからだろう、羽月は自分の家族のことを話そうと決め、浩二に聞いてもらうことにした。
「羽月の、家族の事か?」
「ええ、この際だから話しておこうと思って、普通すぎて面白い話じゃないけどいいかしら?」
面白い話じゃないから、お互い遠慮してこれまで話すことがなかった。
それは羽月だけではなく、浩二も自覚していた。
「いいよ、羽月の事だったらなんでも知りたい」
「教科書通りみたいなことを言うのね、でも、それが本心なら、気にせず話させてもらうわね」
そう前置きして、まだ温かいレモンティーを一度口にした羽月は自分の家族とのことを話し始めた。
「私は、ここより少し田舎の方で、両親と弟二人と一緒に暮らしていたの。
今でも、両親も弟たちも元気なのだけど、私は家が男ばっかりだったから、早く一人暮らししたいなってずっと思ってた。私たち姉弟が大きくなって、家が狭いと感じるようになったのもあるけどね。
弟も当然それぞれ自分の部屋が欲しかっただろうし、私が家を出ればそれも解決することだったから。
だから、凛翔学園に入学することをきっかけに、私は一人暮らしを始めたの。
実際一人暮らしを始めると、静かで、寂しい気持ちにもなったから、猫を飼ってるのだけど。
でも、今は充実しているわ。勉強だって続けていれば苦ではなくなってきたから。
話しておいてなんだけど、こんな感じだから、あまり話すこともないのよね。
自分がしたいようにしてるだけって感じで、特別困ってることもなくって。
でも、実家での騒がしい日々も、当時はうっとおしいって思ったけど、今ではそういう感情も抜けきってしまったわ。
仕送りだってしっかりもらってるのもあるから。
考えてみると人間って不思議よね、こんな風に思えるくらい変わってしまえるんだから。
幸せになることで、満たされることで、こうして辛かったことも、嫌だったことも、我慢してきたことも全部、思い出に出来るのなら、それが人間の機能として備えられているものだとしても、よかったと思って受け入れていくべきなんでしょうね」
幸せになることで、満たされることで、浩二が両親の死を乗り越えられる強さを持つ、そうなればいいなと羽月は思った。




