第三章「愛に変わった日~陽が落ちる前に~」1
旧校舎側の体育館の中で一体何が起こったのか分からないまま、私は慌てた様子で助けに来た人達に保健室まで連れられ、治療を受けた。
ありがたいことに私自身は軽傷で済み、簡単な手当てをしてもらっただけで無事だった。
サイレンが鳴り響く体育館の方はおそらく騒然として、騒がしい様相となっていることだろう。
結局のところ、私の受けた連絡によると誘拐犯の二人は捕まっていないとのことだが、あの火災の状況からして無事ではないだろう。
恐らく、あの燃え盛る体育館の中で……、想像するとグロテスクなものだったので、それ以上想像するのを私はやめた。
何はともあれ、真奈と樋坂君も無事で、先に目を覚ました真奈は元気そうに立ち上がって先に保護者との再会を果たし、大事を取って自宅に帰るとのことで、先に帰宅した。真奈は樋坂君と離れるのを嫌がっていたけど、保険医にも帰宅を勧められ、しぶしぶ保護者と共に帰っていくこととなった。
保健室のある新校舎から離れた旧校舎の方にある体育館では、消防車が何台もやって来て大きな騒ぎになり、学園祭最終日の今日という日にとんだ災難となったが、火災によって被害に遭った学生がいないようなのは幸いであった。
樋坂君のことを保健室の保健医に聞くと、樋坂君の傷口は本当に塞がっていて、呼吸も正常で、もうすぐ意識を取り戻すだろうという話しだ。救助隊員も引き上げてしまったのが不思議なくらいだ、あれだけ出血をしていたのに、信じられない話である。
傷口が塞がっていること自体信じられない事だが、病院に直行かと思っていたので私は安心していた。
演劇クラスの人たちは次の公演の時間が迫っていたので、一度様子を見に来た後、再び体育館の方へと向かって行ってしまって、保健室に残ったのは私だけになった。
思っていたよりも消火は早く終わり、消防車は一台ずつ、退去していき、やがてサイレンの音はしなくなった。
実際に私はどの程度の火災だったのか、中まで確認したわけではないので、消火が早くに終わったこと自体、そこまで気にする余裕はなかった。
私はまだところどころ痛む生傷を抱えながら、穏やかな呼吸している樋坂君の枕元でじっと寝顔を見ながら目が覚めてくれるのを見守る。
「樋坂君、私は無事でここにいるよ」
私が気持ちの部分ですでに学園祭どころではなくなっている中、今は学園祭が再開され、賑やかさを取り戻しつつある真っ最中で、最終日ということもあり、大勢の生徒達がまだ残っていて騒がしかった。
すでに屋台などは撤退していたが、旧校舎と離れていたためというのもあるのか、騒ぎが静まり、煙もなくなり、消防団も引き上げてからは校舎内は徐々に落ち着きを取り戻していたのだった。
でも、私はお祭り気分でその雰囲気に今から入れる気分ではなかった。
生傷もある私の気持ちを察してか、後輩たちが私の後を引き継いで今、頑張ってくれている。
「(……樋坂君、お願い、目を覚ましてっ!!)」
私は心の底から叫びたかったが、保健室ということもあり、声を殺した。
先生から、樋坂君の容体はもう大丈夫と言われても、祈る気持ちを抑えることはなかった。
そして、私にとっては無限のように長い時間が流れ、時計の針の音だけを聞く時間が永遠のようにずっと長く続いたのち、ゆっくりと樋坂君は目を覚ました。
「……副会長?」
目を覚ました樋坂君がぼやけた様子のままか細い声で呟く。
「何、泣いてるんだよ……、らしくないな、どうしたんだ?」
「心配してあげてたんでしょっっ……」
私は嬉しさと安心したので、ギュッと樋坂君の手を握ったまま涙が止まらなかった。
「そっか、サンキューな、副会長も真奈も無事か?」
「ええ、妹さんは大事を取って先に自宅で休んで頂いているわ。
私も軽症だから病院に行かなくて大丈夫だって。
一番心配だったのは、樋坂くんの身体よ、もう大丈夫? まだ痛むでしょ?」
―—―――私は、どうしてずっと涙が止まらないのか、その理由に気付いていた。
樋坂君の無事を祈る気持ちと共に、私の願いに、私の想いの中に自然と芽生えていたこと。
明日からの日々に、たまらなく、彼が必要だったのだ。
それを理屈で説明するのは難しいけど、でも、もう止めようのないほど胸が苦しくて、辛くて、彼といる時間が恋しくなっていた。
「まだ、学園祭続いてるんだな……」
「うん、さっきまで、消防車のサイレンもあって、騒がしかったけどね」
「そっか、全然気づかなかったや。みんな無事ならいいか」
樋坂君は安心したように、穏やかな表情をしていた。
「ええ、怖かったけど、みんな無事だから、もう心配しなくても平気よ。
でも、心配したわ、このまま樋坂君が眠ったまま、学園祭が終わっちゃうかと思った。あなたってばお寝坊なんだから」
私は樋坂君のためにも涙を拭いて懸命に明るく振舞う、樋坂君が元気になってくれれば私はそれでよかった。
「それは、すまんな。でも、不思議な気分だ、意識が途切れるとき、本当にこれは死んだかなと思ったのに」
「ホントよ、応急手当をしてくれたこと、感謝しなさいよね。もう、あの人たちは帰ってしまったけど」
樋坂君はやはり不思議に思っている。どうして自分が助かったのか。
あれだけの傷を負い、出血が続いて意識が遠ざかっていくのが、どんな感覚なのか想像もできないが、あの現場にいただけで壮絶なものであると思うほかなかった。
私は、あの突然乱入してきた少女が不思議な力で助けてくれたとは言えなかったけど、でも、樋坂君の分も、助けてくれた二人には心の中で感謝した。




