迷いの森 明かされる真実
「アウッ!? イ、グウ!? 」
始まってからどれほどになるだろうか。すでに丸一日は飲まず食わずのまま、迦穂は妖力を吸い取られ続けていた。
「一文字だけでこの力か。化け物ですねあの大妖は」
「……そろそろ水を飲ませろ。人間は保たない」
「おっとっと、そうですね」
疾風薙の制止を受けて、足元に置いてあったバケツの水をぶちまける祇蟷螂。すでに迦穂は死の淵を歩き始めているかのような状態だが、その妖力ゆえか一向に意識は薄れない。
「早く……抜き取りなさいよ…… 」
「それがですねぇ、あなたの中に眠る妖力は恐ろしく膨大なようなんです。それに我々…… 弱者をいたぶるのをすこぶる楽しむ性格なんですよ」
「アァァァァ!? カッ! ハッ!? 」
「それですよそれそれ! さぁ!! もっといい声で鳴いてくださいよぉ!!! 」
・・・・・・・・・
夜明けすぎに宿を出て、日が落ちてもなお山道を歩き続けているのに、まだ最初の目的地には着きそうになかった。
「ごめん、天狗様。一回休みたい」
「おぉ、分かった。そろそろ晩飯食って寝るか」
大妖は即座に山道の脇を掃除して、焚き火の用意を始めた。大翔も辺りから枝を拾っては火種に放り込み、昼間のうち川で捕っておいたヤマメを串に刺し始めた。
「なぁボウズ」
「どうした? 」
焚き火の向こうの大妖の顔を覗き込む大翔。心なしか大妖の目はいつもよりもはっきりと大翔を見ていた。
「実は……お前に一つ言わねばならんことがある」
「なんだよ、天狗様にしては歯切れが悪いじゃないか」
パチパチと炎が弾ける音が二人の間を貫いていく。そうこうしているうちに魚は焼け、ふたりとも夕食を口に運んでいく。
「迦穂といったか? あの娘は死ぬ。確実に」
「はぁ?そりゃあ人は死ぬもんだろ」
「そうじゃない。この旅の終わりに必ずあの子は死に至る」
せっかくの焼き魚をボトリと地面に落とす大翔。驚きのあまりに声も出ない。
「あの子は、わしの一部でしかない存在じゃ。ゆえにわしが名前を取り戻したら必ず完全にいなくなってしまう」
「はぁ!? じゃあ俺はどうなるんだよ? 」
「あの娘との記憶をすべて失う。そうしてあの子は『もとから居なかった』者として終わる」
「…… 」
再び沈黙が場を支配する。しばしの間を置いて、先に口を開いたのは大翔だった。
「ふざけるな!! 今更そんなこと言って何になるってんだよ!! 」
「……言わずにおこうとも思ったんじゃが、それはそれで間違いな気がした。すまん」
「じゃあ何か!? もし迦穂を攫った連中が先に名前を抜き取ったら俺は迦穂の顔すら見れずに終わるのかよ!!! 」
「すまん、気が済むまでいくらでも殴れ」
すかさず重い拳が空を切る。大妖は何も言わずに大翔の怒りを受け取った。
「……じゃあなんだよ、俺は見ず知らずの女を助けて迦穂を見殺しにしたのかよ…… 俺は…… 俺は!! 」
「…… 」
「……ふざけんなよ、なぁ、なんとか言えよ!…… 」
崩れ落ちる大翔、その鳴き声が夜の森にこだまする。大妖はかける言葉を見つけることができなかった。