隠れ里 もう一つの世界
「意外とあっさり入れるんだな」
「わしの力じゃ。感謝しろ小僧」
鏡を潜った先の景色は、とても先程の森の中だとは思えないほどに拓けていた。歴史の教科書で見るかつての田園風景、と言わんばかりののどかな景色が眼前一杯に広がっていた。
「すげぇ、これホントに森の中なのか? 」
「ここは妖の力によって作られた異世界というのが正しいな。まぁなんだ、これでも狭くなったもんだ」
戸惑う大翔の背中を押す大妖。といっても今のところは一本道しか見えないのだが。
「どこに行くんだ? 目的地は見えてるのか? 」
「なぁに、知り合いがやってる宿が四半刻ほどのところにある。まずはこいつを降ろさんことには始まらんしな」
傍らに抱えているズタボロの巫女をちらりと見やる。かろうじて意識はあるのか、軽く揺さぶると小さくうめき声は上げられる様子だった。
「命に別状はないが早めに助けてやらんことには小娘に顔が立つまい」
「……そうだな」
・・・・・・・・・・・
「ん…… 」
目を覚ました迦穂が目にした光景は、仄暗い洞窟と火を囲む二人の狩衣装束の男だった。
「あなたたち、誰? 」
「おや、目を覚ましましたかお嬢さん」
火を囲む二人は狩衣装束、明らかに現代人ではない。
「おぉっと失礼、まずは自己紹介ですね。私の名前は祇蟷螂、若い付喪神です。以後よろしく」
薄緑の衣を着た男がゆっくりと頭を下げる。頭を上げた祇蟷螂に手招きされ、火の向こうから微動だにしなかった青色の衣の男がいそいそと迦穂に近付いてくる。
「自己紹介くらいしたらいかがかな? 」
「……疾風薙、ただの鎌鼬だ」
「鎌鼬? 」
不思議そうに見つめる迦穂。困惑する疾風薙を見て「あぁ、そういうことですか」と祇蟷螂が口を開いた。
「妖はね、弱い者も強い者もみんな『獣姿』と『人の姿』を両方持ってるんです。強い者になればなるほど人の姿でいられる時間が長いって話なんですよ」
「あ、そうなんですね……ところで祇蟷螂さん、この鎖外してもらえませんか? 」
ガチャリ、と薄暗い洞窟に金属音が響き渡る。四肢を丁寧に拘束されている現状では、彼女が口に出せる最大のお願いだった。
「申し訳ない、そのお願いには答えかねます」
そう言うと付喪神は袖口から小太刀を取り出し、手近な石に腰掛け迦穂の目の前でそれを手入れし始めた。
「我々はあなたに眠る『力』が欲しいだけなんです。ただその力はほぼあなたと一体化しているようで」
「それじゃあ私から取り出すのは…… 」
次の瞬間、迦穂の頬を正しく『かまいたち』が掠った。正体は青い衣の妖が投げた鎌である。
「喋るな小娘。俺は人間がすこぶる嫌いでな」
「…… 」
「まぁ、そういうわけです。少々手荒になるのは遺憾ですが、お許しくださいな」
手入れを終えた小太刀を右手に突き立てる祇蟷螂。そして刃先で不思議な紋様を彫り込み、ニタリと笑った。
「何をするの?…… うっ!? グ、アアァァァァ!? 」
付喪神がかざした手に呼応する様に迦穂の胸元が光り始め、痛みで体を捩らせ始めた。迦穂の苦悶の表情を横目でちらりと見やりつつ、鎌鼬はもう一本の方の鎌を研ぎ始めた。
「さて、どれだけ妖力が溢れ出てくるか見ものですねぇ 」
「ウグッ!? カッ?!!? ア…… 」
意識が飛びそうな程の苦痛を、その苦痛が覚醒へと導いてくるという地獄のような連鎖の中で迦穂は理性を保つ術を持ち合わせてはいなかった。
(大翔くん……たす、けて…… )