結界の森 事態急変
ずたずたに裂かれた着物、手に握っている刃が折れた脇差、この女性に何が起こったのかは明白だった。
「大丈夫ですか!? 」
とっさに女性に駆け寄ろうとする迦穂。しかしその足は意外にも大妖の手によって引き留められた。
「何すんの天狗様! 今救わないとこの人が…… 」
「こんなこれ見よがしのところに転がってる重症の人間、どう見たって罠だろうが」
「でも…… 」
「俺たちの目的はなんだ? ワシの名前を取り戻すことだろうが。妖に関わった時に余計な世話焼きはただの…… 」
「バカッ!! 」
乾いた打音が一帯に響く。なんと迦穂が大妖に平手打ちを食らわせたのだ。大妖もその気になれば止められただろうが、何食わぬ顔で彼女の張り手を食らっている。
「そんな態度なら私は死んでもあなたに名前を返さないよ!! 」
「…… 」
見ているだけで魂を抜かれそうな天狗の目をキッと睨み返す迦穂。戸惑ったように迦穂から手をはなす大妖。しかし、次の瞬間に事件は起きた。
「うっ!? 」
「迦穂っ!! 」
「小娘!! 」
突然現れた影、そして迦穂の鳩尾に拳が深々と突き刺さっていた。大翔が慌てて駆け寄ろうとすると、背後から冷たい刃の感触が首筋を伝った。
「オ前ハココデ大人シクシテイロ少年」
「くっ、昨日の鎌鼬か…… 」
大妖に目を合わせる大翔、しかし大妖は別の敵と対峙していた。薄緑色の狩衣を着込み、両手に小太刀を持った細身の男性、それが普通の人間でも、ましてやそこらの妖とも違うのは明白だった。
「その小娘から手を離せ付喪神。そいつはワシの名前の一部だ」
「でしたら、なおのこと離せませんねェ。あなたは名前と力を失っている、わたしたちは力がほしい。どうでしょう? 」
今にも掴みかかろうとする大妖を刀一本だけで完封する男。先の発言から付喪神なのは分かったが、一体何から成り果てたのかはとんと見当が付かない。
「この子はお預かりします。力を頂いた上で名前だけお返ししますので。私の名前は祇蟷螂、またお会いしましょう」
落ち葉だらけのこの森の中で音一つ立てずに迦穂ごと姿を消した付喪神。祇蟷螂が移動したのを確認した次の瞬間、大翔の背を捉えていた鎌鼬も目に留まらぬ速さで木を登り、いなくなった。
「……すまんな小僧、取り戻せんかった」
「あいつらは天狗様の力が欲しいって言ってた。即座に迦穂が殺されることはないだろう。急ごう」
「おう」
改めて、目の前で力尽きている女性を担ぎ上げる大妖。女性の体からは鎖が擦れるような音が微かに聞こえた。
「……帷子? 」
「じゃろうな。詳しい話は宿についてからにしよう」
そう言って指を2回鳴らす大妖。次の瞬間、大翔の膝ほどもなかった祠が突如として開き、大翔が見上げなければ顔すら見えない巨体の大妖すらすっぽりと入りそうな鏡が飛び出してきた。
「あの鏡をくぐれば妖の世界じゃ」
「分かった、行こう」