結界の森 嵐の予感
「ガッ!? ………ウ、グゥッ!?…… 」
「なんとも非力。やはりあの長刀が振るえなけれバあなたは真価を発揮しなイ」
完敗だった。最後の頼みだった脇差しを一撃でへし折られ、敵の付喪神は巫女の首を鷲掴みにして彼女をそのまま持ち上げる。
「くっ……殺せ…… 」
「いいエ殺しません。君には一つ、大きな釣りをしていただきますから」
ニタリと笑う付喪神。巫女は必死に思考を巡らせる。
「釣り……だと? ハッ!? そ、それだけは…… 」
思い当たる節があった。『さっきの少女』、先刻己の仇である鎌鼬を吹き飛ばしたあの少女の顔がとっさに思い浮かんだ。
「ゴブゥッ!?…… 」
「……やっと静まったか。日ノ本最強と名高い女も所詮はこの程度というわけだ」
完全に意識を失った巫女を投げ捨て、付喪神は辺りに散乱した式札を集め始めた。
「ところデ疾風薙、例の彼女はここいらにいるんだろうネ? 」
「アァ、間違イナイ。ダガコノ森自体ガ結界トナッテイルセイデ具体的ナ場所マデハ分カラナイ」
吹き飛ばされた鎌を回収しながら付喪神の問いに答える鎌鼬。付喪神は微笑みながら「では、罠になってもらいましょウ」と言いながら横たわる巫女を片手で担ぎ上げた。
・・・・・・・・・・・
「ふーーん、それで天狗様は大翔君と旅することに」
「まぁ貴様にも用はあるんだがな、小娘」
手をつなぐ大翔と迦穂の後ろを歩く大妖、普通見ることは出来ない奇妙な組み合わせの一行が獣道を歩いていく。天を衝く様にまっすぐと伸びた杉にはしめ縄がかけられており、いかにも神域然とした空気が一帯を支配している。
「ところで天狗様、目的の祠ってやつの目印はあるんですか? 」
「俺は天狗じゃないんだがな…… まぁそうさな、強いて言えば『妖力』が印になる」
「ようりょく? 」
「あぁ、妖の力と書いて妖力。我々は自分とゆかりのある場所に必ず力で印を残すのだ」
「ほーん、そういうものなんだな」
「妖って凄いね、大翔君」
納得したようにうなずく二人。しかし、大翔にとっては一つ気がかりな違和感があった。
「なぁ、天狗様」
「伊達に武道をやってたわけではなさそうだな。多分罠だ」
「でもさ、だとしたら誰が…… 」
「例の鎌鼬がお前らを諦めたとも思えん。そういうことだ、気を付けろ」
大翔も大妖も、『あまりにも物音がなさすぎる』ことには気付いていた。そして、張りつめた空気は歩を進めれば進めるほどに強まっていくのも感じていた。
「さ、そろそろ見えてくるはずだが…… 」
山に入って早2時間、人が一人通るのが精一杯だったけもの道が少しずつ開けていくのが目に見えて分かるほどに歩きやすくなりはじめた。
「待った、ありゃなんだ? 」
大妖の声に反応して大翔が迦穂の手を引く。遠くにうっすらと祠が見えるほどの距離、そこに一人の女性が横たわっていた。