幕間 そして心は渡りゆく
「しかしまぁなんとも遠い場所だなあの祠は」
長旅を終えた迦楼羅は一人静かに金狐亭の中庭に降り立った。その手にはどこで手に入れたのか酒の入った瓢箪が握られていた。
「ほう? 誰もおらんのか」
いつもは日の堕ちぬ限り必ず誰かが掃除をしているはずの中庭に影の一つも見えない。なにかあったのであろうことは分かったが、この人気のなさは少々不気味である。
「強盗に遭ったか? 割にはどこも乱れておらんが…… 」
いつものごとく塵一つない廊下にも妖一匹歩いていない。流石に大妖の顔にも少し不安の色が浮かび上がるも、大翔が眠る部屋の明かりが消えていないことに胸をなでおろし、平静を装いながら部屋の襖を開けた。
「おいおい客人が戻ったというのに…… 」
「あぁ、おかえり迦楼羅」
「……お前 」
迦楼羅は絶句した。理由は大翔の『目』にある。
「お前その目…… 」
「ん? 目がどうかしたのか? 」
「……色が、変わっている。見覚えのある色だ」
日の出の陽光のごとき金色。迦楼羅はその目に思いをはせていた。
「四季宮…… その目には随分と運命を狂わされたものだ」
「……確かに、さっき夢の中で見たばあ様の目と同じ色になってるな」
「そう、その目は四季宮の血を持つ者がいずれたどり着く目だ」
玉藻が差し出した手鏡の向こうの顔をまじまじと見つめる大翔の横顔を眺めながら、迦楼羅はどこか遠いとこエロを見るように独り言のごとく話を続けた。
「その目は…… 儂に悲劇しか残さなんだ」
「それは…… 」
「そう、儂の唯一の友だった穐宗もそうだ。人の優しさを教えてくれたのも、人の残酷さを見せつけたのもあいつだ」
「…… 」
「お前の祖母、詠子もそうだ。お前たちはなにがしたかったんだ…… 」
寂しそうな顔をしながら文机の上にあった盃を取り手に持っていた徳利を傾ける迦楼羅。徳利に視線を落とすその目はとても悲しそうである。
「多分、俺だけでは答えが出せないものだよそれは。そしてばあ様でも無理だし、迦楼羅だけでも無理」
玉藻の支えを受けつつ立ち上がる大翔。そしてその手に握られた剣を迦楼羅に向けて突き出した。
「……お前が創ったのか」
「あぁ。まぁ、初めての体験だったからちょっと不細工だけど」
無言で受け取る迦楼羅と対照的に、大翔の顔は晴れやかな笑顔を浮かべている。そして手渡せばもちろん、『弐識の剣』は互いの心を曝け出した。
「……どう? 何か分かりそう? 」
「これは…… そうか、お前たちは…… 」
たちまち迦楼羅の目に涙が光る。と同時に刀から部屋いっぱいに光が溢れた。




