成長 鏡合わせ
「…… 」
揺は庵の窓辺に寄りかかりながら、ゆっくりと落ちていく夕焼けを眺めていた。
「親方、お時間宜しいですか? 」
「ん、入れ」
障子が開くと、そこには片手に酒瓶を持った入れ墨だらけの鬼が立っていた。体中に入った墨は、まるで意志を持っているかのように各々が別の方向を見ている。
「珍しいじゃないか百目鬼」
「えぇ、かれこれ数十年はサシで飲んでませんから」
静かに揺の目の前に腰を下ろした鬼は、黙って二人分の酒を注ぎ始めた。
「おぉワリィ、ありがとよ」
盃を空ける二人。まだ目立った会話は始まらない。
「……行くんですね? 」
「あぁ」
次の杯を煽る揺。百目鬼の腕に描かれた目は全て、酒を注ぎこむ徳利を眺めていた。
「やっとですかい」
「……踏ん切りがつかなくてな」
杯に目を落とす揺。その瞬間、向かいに座る鬼の入れ墨が一斉にニタリと動いた。
「自分で言った手前、我々を置いていけないんだろ? 」
「なっ!? 」
飛び散った酒が畳に点線を描く。耐えきれなくなった百目鬼は思わず吹き出し、慌てて袖で口元をぬぐった。
「そりゃあ、兄貴はすぐ顔に出っからよ」
「……わりぃかよ」
「いいや、どっちにしろ俺は『観え』っから関係ねぇ」
入れ墨たちが一斉に揺を見る。見られた側も流石に観念したのか、天井を見上げながらポツリ、ポツリと吐き出し始めた。
「お前たちを拾った時、本当は自分のためにやってたんだ。100年前、あの人に救ってもらった恩はあぁやってりゃ返せるもんだと本気で信じてたんだ」
「……で、疾風薙を育て間違えたかもしれねぇと」
「そりゃあそう思ってるさ」
「後悔……してるんで? 」
「……あぁ」
ここでようやく百目鬼が自分の盃に手を出す。一気に杯を煽り、静かに開けた。
「で、兄貴はどうしたいんだ」
「そりゃあ、助けたい。でも…… 」
「里の掟が? 」
「…… 」
言葉に詰まる揺をよそに、まるで独り言のように百目鬼は口を開いた。
「……そろそろ、自分に素直になってもいいでしょうや。誰も責めはしやせんよ」
「……だったら」
盃を百目鬼に渡そうとする揺。だが相手はそれを突き返した。
「バカ野郎、酒飲みが盃も持たねぇでどこに行く」
「だが、掟を破る以上は……」
苦虫をかみつぶしたような顔の揺の目を見て百目鬼は静かに微笑んだ。
「おいおい、ここは天下の百鬼組だぞ? 」
「お前…… 」
「酒が飲みたくなったら帰ってくりゃいいさ」
「……ありがとう」
意を決したように立ち上がった揺は壁に立てかけてあった太刀を握り締め、ゆっくりと部屋から出て行った。




