最後の一文字 禁足地にて
金狐亭から旅立った大妖は、最後の一文字が隠されている地へと向かった。地図はもういらなかった。というのも自分に戻ってきた二文字が場所を教えてくれているからだ。
「……『禁足地』、ここが始まりだったな」
気付けば口調まで変わっている。名は人を作る、とはよく言ったものだ。
「穐宗もここで死んだ。詠子に名前を取られたのもここか…… 」
上空から禁足地を見下ろす大妖。付近一帯が山となっているが、頂上付近だけが不自然に樹木一本どころか雑草すら生えていない。
「未だに妖力が渦巻いているか。なんとも醜い場所なこった」
不気味に禿げた地面に腰を下ろす大妖。その目線の先にあるのは、もはや塗装すら剥がれ落ち灰色に朽ちてしまった小さな祠があるのみだった。
「……儂は、結局一人か」
不毛な光景を見渡しながらドカリと座り込む大妖。一応瓢箪に酒を入れてきているものの、口をつける気すら起こらなかった。
「……ままならぬものだ。実に気に食わない」
怒りか、寂しさか、はたまた言い表せぬ何かなのか、今すぐにでも叫び暴れたい衝動を握りこぶしで抑え込む。
「……やはり儂が月並みに他者を求めるのがいけなかった」
『それは違いますよ迦楼羅』
聞こえるはずがない声だった。迦楼羅が顔を上げると、そこには現れるはずのない影が立っていた。
「詠子…… 」
『まだ、心残りがあるのですか? 』
「……ある。かれこれ2000年は引きずっておる」
『お優しい方ですね、相も変わらず』
クスリと笑う詠子。迦楼羅は堪らず拳で地面を打ち付けた。
「何がおかしいっ!! 」
『いいえ何も。むしろあなたの心が変わっていないことに感激したくらいです』
ふと地面が濡れていることに気付く。大妖は恐る恐る頬を触れ、初めて落涙を理解した。
「忌々しい」
『ですがそれがあなたの本質です。誰よりも純粋なはずだった、あなたの…… 』
詠子の幻が足先から光の粒へと変わり始めていた。それが何を意味するのか、二人とも即座に理解できた。
『最後にもう一度、貴方の心を知れて良かった』
「……ぬかせ。何も話せておらん」
『私はこれで充分です。ありがとう、迦楼羅』
満足そうな笑顔のまま消えていく詠子を前に、迦楼羅はただ立ち尽くすのみであった。




