悪夢の中で 詠子の章 伍
「行くのか? 」
「えぇ」
静かな、しかし圧倒的な『何か』を秘めた大森林。入り口の寂れた鳥居の前で、揺と詠子は足を止めた。
「危ないぞ」
「えぇ」
「……そうか」
「申し訳ありません。でもこれは一人でやり切りたいのです」
詠子の目をしばらく見つめ、揺は踵を返した。
「終わったら迎えに来る」
「はい、お願いします」
揺の背中をしっかりと見送った後、詠子は静かに山へと足を踏み入れた。
・・・・・・・・・・・・
「なるほど、これは…… 」
麓から見た時は分からなかったものがそこにはあった。頂上の祠の周りの木々はまるで大嵐に遭ったかのように折られ、無残な様相を呈していた。
「この聖域に踏み入れるとは…… 恐れ知らずじゃな、貴様」
詠子の目の前から声がする。が、そこには何もいないようにみ見えた。
「いいえ、恐れはあります。その上で貴方になさねばならないことがあるんです」
「ほほう、なれば…… 」
どこからともなく風が吹き荒れ始めた。詠子は静かに抜刀し、次の刹那目に見えない『何か』を受け止めた。
「見えとるのか? えらくいい反応じゃな」
「勘…… ですっ!! 」
受け止めた一撃をはじき返す詠子。やがて不気味な笑い声と共に大妖が姿を現した、がその姿は今とは全く違う神々しいものであった。
「その剣…… 『四季宮』か。なるほど、お主で最後か」
「えぇ、ゆえに太祖の…… 我ら四季宮の始まりである穐宗様のお言葉をそなたに伝えに参りました」
「そんなもの…… 今更要らぬわ」
哀しそうなを見せる大妖。その右手にはいつの間にか両刃の短剣が握られていた。
「くっ!? 」
「残念ながら、女の剣ではこれを受けきれまいよ」
「ああァァァァッ!? 」
あり得ない力で剣ごと押し込まれ、大妖の凶刃が詠子の鎖骨に食い込む。どす黒く歪んだ笑みを浮かべた大妖は直後、言葉を失った。
「……抜けぬ? 」
「折角の好機、逃がしませんとも」
「これは…… ッ!? 」
刹那、詠子の剣が光り始める。慌てて飛びのこうとする大妖を、辺り一帯の森ごとまばゆい光が包んだ。
「こんな…… こんな不条理を受け入れて…… 穐宗、お前はッ!! 」
「大人になりなさい、迦楼羅」
光の束が詠子の剣に集まり巨大な矢の形を取る。そして大妖を、迦楼羅の胸を千条の光が貫いた。




