悪夢の中で 詠子の章 肆
「世話になったな、詠子さん」
「いえいえ。これは私に課された使命のようなものですから」
月見酒。何もない草原の真っただ中で、先ほどまで命を奪い合っていたはずの二人が手酌を交わしていた。
「その刀、とてつもない業物だな」
「それはありがたい。人生で初めて作った『弐識の剣』でしたからちゃんとできたか心配で…… 」
「弐識の…… お前、四季宮なのか!? 」
「はい。私が最後です」
言葉を失う揺。詠子は母が子を諭すように言葉を続けた。
「元々不幸な一族ですから、私が最後になることは何の問題にもなりません。しかし…… 」
「しかし? 」
「人と妖が共存できる世が来ないまま私がその命を終えてしまう…… これだけは避けなければならないのです」
「しかし、お前ひとりではいくら何でも…… 」
首を振る詠子。その意図を汲めずに困惑する揺の手を握り、彼女はこう告げた。
「あなたがいるではありませんか。その力をお貸しください」
「出来ぬ。修羅に堕ち、人も妖も関係なく殺め続けた俺に居場所など…… 」
「あなたは…… 誰も殺していません。堕ちる前に誰かと約束したのでしょうか? 」
「誰も…… 斬っていない…… のか? 」
揺の目尻から輝きが溢れる。それは本人すらなぜ流れ出るのか分からないものだったのだろう。
「あなたが修羅に堕ちるきっかけは何だったのでしょうか? 」
「俺は…… 想い人を、殺されたんだ。もう300年は昔の話にはなるが…… 」
「彼女の最後の言葉は? 」
「……そうか、お前は最後まで」
握る手を強める詠子。その瞬間、揺の記憶によみがえった相手の顔がはっきりと見えた。
(あなたのその手は…… 誰かを繋ぐための手だから)
「あぁ、そうだったな。約束したんだ…… 俺は」
(出来るわ…… きっと。さようなら……)
「あぁ、何とかなったよ、大女郎」
詠子に握られた揺の手が光る。光は雫の形を成していき、その周りを金色の糸が覆っていく。光は刀の形へと変化していき、その中から一振りの太刀が顕れた。
「これは!? 」
「『弐識の剣』です。そして、貴方とだけではありませんよ」
「俺だけじゃない? 」
「妖は心と記憶に生きる存在。ちゃんと、貴方の中に生き続けていましたよ。大女郎様は」
目の前の刀を見つめる揺。次第にその顔がぐちゃぐちゃに歪み、その鞘に大粒の涙が降り注いだ。
「あぁ、アアァァァァっ!! アアアアアアアアアアアッッッッ!! 」
「……ごめんなさい揺、貴方の心までは救ってあげられないようですね」
刀を抱き号哭する揺の背を、詠子は優しくなで続けることしかできなかった。




