決意、それは始まり
目を擦り、ゆっくりと身体を起こす迦穂。
「え? これって…… 」
「やはりそうか」
大翔は老天狗がニヤリと笑うのを見た。自分の胸元が光っていることに驚きの表情を見せた迦穂が声を上げようとしたその瞬間、突然彼女の体はガクリと力尽き、宙を浮いた。
「ア、……カッ!? ハッ!?……」
「やめろ! 頼む、頼むから…… 」
「この程度の小手調べでは死なん。全く姦しいガキじゃな」
必死に頭を畳に擦り付ける大翔を見て、ゆっくりと左手を下げる老天狗。次の瞬間、迦穂が支えを失ったかのようにバタリと眠りに戻った。
「大翔よ」
「はい」
「この娘の命が惜しければ儂の名前を探すのを手伝え」
「……どうすればいい? 」
頭を下げたまま尋ねる大翔。老天狗はさっきまでのしたり顔をやめ、普段の険しい表情へと戻る。
「なぁに、少し旅に出るだけよ」
「ついていけばいいのか? 」
「そういうことじゃ。なに、旅荷は要らぬから安心せぃ」
「……分かりました。お世話になります」
・・・・・・・・
大翔と老天狗が話をしているのと同じ頃 とある山中
「チッ! 女ノクセニ達者ナ剣ダナ!! 」
「お前らを切るために修行しているのだ。当たり前だろうが」
うっすらと雪がかかった山肌を弾くかのような剣戟の音が尾根中に響き渡る。先刻、迦穂を仕留め損なった鎌鼬が、とてつもない長さの刀を携えた巫女装束の戦士に追いかけ回されていた。
「吾ノ速サニ拮抗スルトハ……ヤハリ祓魔師ハ恐ロシイ」
「分かっているならお縄につけ。そして黙って封印されろ」
鎌鼬が繰り出す連撃を、狭い森の中で全て受けきるその剣捌きはもはや人の域か怪しい次元に達していた。そして両者のその出で立ちゆえに、まるで御伽噺のような美しさがあった。
「コノ技……二十年前、吾ガ切リ捨テタアノ祓魔師ト同ジ…… 」
「そうだ! そして私はあの夜お前の左腕を切り飛ばし損ねた女だ!! 」
「チィッ!? 」
木を背にしてしまうまでに鎌鼬を追い詰めていく巫女。慌てて巫女の剣を避けた鎌鼬だったが、背後の木は恐ろしいまでの剣技によってスラリと輪切りにされていた。
「……コンナ膂力、一体ドコ二…… 」
「これで王手だ鎌鼬。得物が片方では私には勝てない」
金属音が響き渡った。巫女は鎌鼬の鎌を弾き飛ばし、逃げ道を予め用意していた式札の結界で塞いでいる。このまま正面突破をはかれば不利な状況で戦わなければならないし、逃げれば間違いなく封印される。打つ手無しとはこのことだ。
「完全な封印にはお前らの真名が必要だ。吐け、そうすればお前を切り刻まなくて済む」
「その必要はないさ」
「何? ……っ!?しまっ…… 」
鎌鼬の不敵な笑みで、巫女は全てを理解した。『嵌められた』のは彼女の方だったのだ。
「くっ!…… あの結界をどうやって…… 」
とっさに斬られた左腕を押さえる。傷は深くないが場所が悪く、ジワジワと痛みと痺れが彼女を襲う。
「なぁに、簡単なことサ。あれは妖怪に効果があっても我々には意味を為さないからネ」
「まさか…… そんな!? 」
闇からゆっくりと姿を現す新たなる敵。巫女はその姿に動揺を隠せなかった。
「付喪神……だと!? この時代にまだそんなやつが…… 」
「そういうことでス。さぁ、戦いますカ? 」
「…… 」
斬り付けられた左腕の傷を残っていた袖で縛り上げる巫女。苦痛に顔を歪めながら、長刀を投げ捨て片手で脇差しを抜き放つ。
「たとえ相手が神様だとしても…… 」
「しても……なんですカ? 」
「我ら祓魔師に、逃走はありえない」
水平に剣を構える巫女を見て、不快な笑みを返しながら付喪神は腰に提げていた小太刀をゆっくりと抜いた。
「それが答え、でスか。分かりました、あなたは五体をばらして差し上げまショウ!! 」
「はあぁぁぁ!!! 」