悪夢の中で 詠子の章 弐
「おやおや、これは…… 」
「百年前を最後に人のお参りは止まってしまいました。妖は…… まぁちらほら来てくれますけどもね」
朽ちかけの祠の前で立ち止まる二人。中に隠れていた妖たちは、恐る恐るながら久しぶりの人に興味を持ったのか扉越しに目を凝らしているのが見える。
「まずは、祠の周りからですね。少し手荒ですが失礼しますよ」
懐から式札を数枚取り出す詠子。少し念じただけで札は意志を持ったかのように祠を四方に拝む形で飛んでいき、その軌跡が地面に映し出されていく。
「風と土だけでよさそうですね」
印を組む詠子。その瞬間、祠を中心に風の柱が吹き上がり方陣の内の地面から薄暗い煙のようなものが揺らぎ出てきた。
「地鎮まで…… 」
「すごいでしょう? 習得までに二年かかりましたけどね」
「お見事です」
少しだけ頬を緩める詠子につられる形でようやく笑顔を覗かせる玉藻。一帯が浄化されたことに喜びを隠せない妖たちも大手を振って祠から飛び出してきた。
「さて玉藻、手を」
「手を?」
言われたままに手を出す玉藻。その上に詠子の手が重ねられた。
「袖擦り合うも多少の縁、こうやって心を重ねるもまた一つの縁です」
刹那、今まで感じたことがないレベルの力の奔流が玉藻の体を駆け巡り、詠子と玉藻を蒼炎が包み込んだ。
「熱くない…… 」
「あなたの在り方は炎…… 何よりも気高い蒼」
徐々に炎が詠子の手に収まっていく。蒼炎は刀のような形に姿を変え、やがて炎の中から本当に刀が現れた。
「これはっ!? 」
「『弐識の剣』と名付けられたものです。人と妖とを繋ぐ絆の証、そしてあなたの心そのものです」
紅い鞘の刀を差し出す詠子。玉藻はしばらくそれをじっとしていたが、詠子の手をそっと押し返した。
「これは、あなたにお渡しします。一人の妖としてお願いいたします。」
「分かりました。お預かりします」
あらかじめ持っていた袋に刀を納め、鞄に入れる。しばらく周りを見渡した後、詠子は玉藻に一礼し熱き出し始めた。
「あ、あの…… 」
「いかがなさいましたか? 」
「いずこへ行かれるのですか? 」
「人と妖が再びつながるまで、行先も目的地もなき戦いですよ」
何の邪気も宿らぬ詠子の目が、玉藻には一層眩しく見えた。




