幕間 求めても求め得ぬもの
「なんとか、治療は終わりましたね」
額から垂れる汗を袖で拭き去る玉藻。行灯のかすかな明かりに照らされている安らかな大翔の顔に、玉藻は過去を映して懐かしんでいた。
「その寝顔…… 本当にそっくりですね」
彼の頬をそっと撫でる玉藻の目に母のような優しさが宿った。と同時にその目の端には悲しみが揺れていた。
「でも、あなた心は最後まで分からずじまいですね…… 詠子様」
彼女との記憶をさかのぼる玉藻。気付かぬうちにその頬には涙が光っていた。
(私には、成さねばならないことがあるのですよ、玉藻)
「なさねばならないこと、ですか…… 私には、分からない。あなたはもっと生きていなければならなかったのに」
天井を仰ぐ玉藻。しかしその目からあふれる涙を止めることは叶わなかった。
・・・・・・・・・・
「あの女がこの剣を…… 」
大翔が居なくなった事により一人で広々と部屋を使えるはずの大妖だったが、衝立や机はそのままに敷かれた布団の上で刀を握りしめていた。
「『弐識の剣』、か。詠子があの男の子孫とは思わなんだわい」
黒漆で整えられた鞘から刀身を抜き出す。その刃は月光を受けて薄紫色に煌めいた。
「妖と人が心を結んだ時、その思いが結晶となって生み出される奇跡の霊具…… 恐らくはかつての記憶が詰め込まれているのだろうが…… 」
両手で刀を握りなおす大妖。その瞬間、大妖の頭の中に当時の記憶が突如として溢れた。
(だめです迦楼羅! それ以上修羅を貫くというならば私はあなたを…… 切らなければならない)
(たかだか二十そこらの小娘が何を言う! 人の心が…… どれだけ無駄なものなのかを思い知れぃ詠子ォ!!)
(違うのです迦楼羅。私は……)
「……懐かしいのぉ。昔はこんな無茶もやった」
その時戦った森の景色、吹き荒れる風の感触までが思い出された。暫く刀を構えて昔を思い出していた迦楼羅だったが、やがて大妖は静かに剣を降ろして空を仰いだ。
「あの時、あやつは何を伝えたかったんじゃろうか…… 」
刀を鞘に納め、握ったその手をじっと見つめる大妖。空が白み始めるまで思案を巡らせるものの、大妖は名前以外に何も思い出せなかった。




