揺と和希 前を向いて
「……一つだけ、聞きたいことが」
「おん? 」
「……番人を辞めたくなったときって、ありますか? 」
「……いつも、だ」
「え? 」
煙を吐き出す揺。予想外すぎる答えに思わず顔を上げた和希だったが、揺が自分に背を向けているためにその表情まではわからない。
「ずっとさ。里で誰かが傷つく度に。でも一つだけ確かなことがある」
「……確かなこと? 」
「確かに救えないことも多々ある。己の無力に打ちひしがれる事もある。でもな…… 」
ここに来て初めて揺が和希を直視した。その目はあり得ないほどに澄み渡り、そのあまりの美しさに和希は世界が止まったかのような錯覚を受けた。
「誰一人救えなかったってことはない。これだけは事実だ」
その時、和希はなぜか揺が大翔に見えた。と同時に宿での彼の言葉を思い出す。
(「そこまで心から憎めないかなぁ…… 僕は、だけどね」)
「それだけのことなんだ…… 」
「まぁな。ま、それでも分からんことだらけだけどな」
気付けば雨は止んでいた。揺が三本目に手をかけようとしたその瞬間、和希が突如立ち上がった。
「ありがとう揺さん。私、やるべきことを見つけました」
「……へぇ、そいつは良かった。で? 何するんだこれから? 」
「大妖に頭を下げる。復讐心や憎悪なんかじゃなくて、私が戦う本当の理由を見つけたから」
「……そう、か。腹は決まったようだな」
「えぇ。本当にありがとう」
深々とお辞儀をする和希。それを見た揺も立ち上がり、和希の肩に手をかけた。
「餞別だ。こいつを持ってけ」
「これは…… 妖刀祢々切の写し? 」
「よく気付いたな。その通りだ、まぁ俺が打った刀だから人間が作ったのよりかは幾分切れ味はいい」
頭を上げた和希の右手に、身の丈ほどはある太刀を握らせる揺。困惑する彼女の顔から目線を反らし、そのままくるりと後ろを向いた。
「宿までの帰り道は分かるな? 俺とはここでお別れだ」
「どちらへ? 」
「お前にはやるべきことがあるんだろ? 俺にも、そういうのが出来ただけさ」
軽く左手を振り、揺はそのまま丘を降りて行ってしまった。
「………ありがとう」
和希は揺が去っていった方に再度頭を下げ、宿へ向いて駆け出していった。




