幕間 少女と鎌鼬
「ん…… 」
丸二日ほどだろうか、やっと目を覚ました迦穂の目に飛び込んできたのは怪訝そうに自分の顔を覗き込む疾風薙の顔であった。
「え? あ、いや……おはようございます」
「あぁ、すまない」
なんと迦穂に覆いかぶさる体勢で覗き込んでいたのだった。即座に迦穂の上からどいた疾風薙は、彼女が寝転がっている岩の縁に座り込んだ。
「ちなみに、なんですけど…… なんで私が気になってたんですか」
「あぁ、その話からしないといけないな」
逆に覗き込んできた迦穂の目線に背を向け、疾風薙はいそいそと鎌を研ぎ始めた。
「お前は…… あの時、祇蟷螂がお前から力を奪った時に消えるはずだったんだ」
「えぇ、分かってます」
「なぜ、残ってるんだ? 俺はお前が分らない」
「簡単ですよ。ここです」
静かに起き上がり、胸に手を当てる。対する疾風薙はそれを呆然と見つめるしかなかった。そしてそのまま気まずい沈黙が流れていった。
「何が言いたい? 」
静寂に石を投げたのは疾風薙だった。それに対する迦穂の返答はあり得ないほどに単純明快だった。
「意志です。私は消えそうになった最後の一瞬に『大翔君に会いたい』って思ったの」
「それだけ? ……本当にそれだけでお前は今ここにいるのか? 」
「本当にそれだけです。それくらい大翔君が…… あ、これ以上は野暮ですよね。ごめんなさい」
はにかむ迦穂。疾風薙はますます困惑の表情が強まっていった。
「……意味が分からない」
「分からなくて大丈夫です。あなたと私は違いますから」
きっぱりとした目で疾風薙を見据える迦穂。その目線に耐えられない圧を感じながら、疾風薙は研ぎ作業を続けた。
「お前が会いたいと願ったその少年……大翔と言ったか? 彼は…… 俺が、俺と祇蟷螂が胸を刺した」
「大翔君が? 」
「あぁ、あの傷は助からないだろう」
「そうですか……でも、私は彼を信じてます」
今になって疾風薙は人を斬ったという『本当の実感』に浸りつつ、本来は告げたくないことを迦穂に告げたつもりだった。が、彼女はそんなことを気にも留めない素振りで返答してきたことに疾風薙は尚の事困惑する羽目になった。
「聞こえなかったのか? あいつは俺が殺したといったんだ」
鎌を投げつける疾風薙。彼の手を離れた得物は迦穂の頬を掠めたが、彼女は微動だにせず疾風薙を見つめ返した。
「死体はないんですよね? 」
「大妖が応急処置をして持ち去った。安否は分からない」
「なら大丈夫。大翔君は必ず立ち上がります」
「……」
結局、このやり取りで疾風薙は迦穂の真意が分からないまま鎌を研ぎ終えてしまった。




