嵐を呼ぶモノ
金属製のゴミ箱に激突した化け物は依然としてピクリとも動かない。しかし、この程度ではいずれ死にものぐるいで反撃してくるのは目に見えていた。
「と、とりあえず逃げるぞ」
「うん」
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「で、なんでお前が家に来るんだよ」
結局、迦穂は大翔の家に上がり込んでいた。といっても両親は出張中で家におらず、二人きりである。
「だって心配だもん! いくら血が出てないっていってもこれは流石に…… 」
「これくらいなら3日で治るから。な? こんなの包帯巻いてりゃどうにかなるから」
救急箱を片手に畳の上で押し問答する二人。大翔にとって彼女の説得は一大イベントである。
「……分かった」
「心配しすぎだって。な? ほら、腕もちゃんと動くからさ」
といっても、あの鎌鼬に目をつけられた以上、たとえ大翔がついていったとしても夜道を歩くのは危険すぎるため実のところは迦穂を泊めるしかないのが実情である。
「先にそっちの親に連絡して風呂行っときなよ。飯は俺が作っとく。着替えは……適当に俺のお母さんの使ってくれ」
「分かった」
とりあえずの包帯を巻き終え、立ち上がる大翔。冷蔵庫の中身を確認する彼の背中に、迦穂はぼそりと「ありがとう」と呟き部屋を出ていった。
「……ごめんな。俺みたいなやつに振り回されてよ」
誰もいない廊下に目をやりつつ、大翔も申し訳無さそうに呟いた。
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流石にあの緊張状態が答えたのだろうか、迦穂は夕飯を食べ終えてすぐ、まだ布団すら敷いていないのにコロリと眠りに落ちた。後片付けを終え、熟睡している迦穂に毛布をかけた大翔は、迦穂の横に静かに座り込んだ。
「全く、気持ちよさそうに寝やがって…… 」
テレビをつけるわけにもいかず、仕方なく大翔はストーブの上に置いてあったやかんから茶を淹れて一服することにした。
「でも、あの突風は何だったんだろうな」
結局、鎌鼬を吹き飛ばしたあの風の正体は分からずじまいだった。大翔は迦穂が起こしたのかと最初は疑ったが、そんなわけ無いと頭を横に振る。
「そんな超常的な事がそうそう起こって…… 」
「いいや、有り得るぞ小僧」
背筋が凍った。顔を上げようとしたが、上がらない。大翔は即座に状況を理解した。
「……夕方の鎌鼬の仲間ですか? 」
「まさか。お主と話がしたくてのぉ、秋月 大翔よ」
「……顔、上げても構いませんか? 」
「おぉ、すまんすまん。構わんぞ。わしもそこの座布団を借りるぞ」
ありえないほどの重圧がスッと引いていった。顔を上げた大翔の目の前にいたのは、自分よりも10cmは身長の高い烏天狗のような顔立ちをした老人だった。
「……えっと、僕をご存知なので? 」
「おうとも。なにせ儂はお前の祖母に名前を取られた者じゃからな」
「え? ばぁさんが? 」
予想だにしなかった答えに戸惑う大翔。老天狗はカッカッカッと乾いた笑いをこぼしながら口を開いた。
「あぁ、そして名前を取られてから100年経った今、お主に名前を返してもらおうかと思っての」
「……申し訳ない天狗様、おれのばあさんは早死しちまって、そんな話親から聞いたことないんです。俺にはあなたの名前は分からない」
「なんと。それは困った話だ」
部屋を見渡す天狗。確かに大翔の祖母の仏壇があるのを確認し、軽く仏壇に会釈した。
「しかしのぉ大翔、お主の祖母とは確かに約束を結んだのだ。そうなると儂は……ん? 」
突如として大翔の横で眠っている迦穂に目をやる老天狗。そしてそのまま静かに左手をかざすと、迦穂の胸辺りが薄緑色に光り始めた。
「え……、何が起きて…… 」
「この娘、儂の力を宿しておるな」
「えぇっ!? 」
思わず素っ頓狂な声で叫んでしまう大翔。その声に刺激されて迦穂が眠りから覚めてしまった。
「んん? ……大翔、お客さん? 」