風神の祠 悲しみは雨のごとく
「ちっ、降り始めよったか」
祠から飛び出して早一時間、宿への着陸態勢に入ったその時、雲の中ですらポツポツと冷たいものが大妖に当たり始めた。
「泣き面に蜂とはこのことじゃな」
宿の前に静かに降りる大妖。しかし待ち構えていたかのように玉藻と和希が雨に打たれたまま既にそこに立っていた。
「……すまん玉藻。治療を」
「分かりました」
大妖が担いでいた大翔を降ろす。しかし目は閉じられたままその四肢からはほとんど生気が感じられなかった。
「お、おい大翔! どうした!! 」
「……旅先で鎌鼬に斬られた。応急処置はしたが呪詛までは取り除けなんだ」
「そんな…… 待ってくれよ…… 」
膝から崩れ落ちる和希。玉藻は数体の妖を柏手で呼び出し、呼び出された妖たちは大翔を粛々と宿へと担ぎ込んでいった。
「なんでだ…… どうしてだ!! 」
「やめなさい玉藻! 」
隠し持っていた匕首を大妖の肩に突き立てる。玉藻は彼女を止めようと動いたが、大妖がそれを目で制した。
「お前なら! まだ止める手立てがあっただろう!! なんで……なんで止めなかった!! 」
「小僧が勝手に突っ込んだんだ。俺が助けてやる義理などない」
突き刺された小刀を黙って引き抜く大妖。和希は改めて大妖の目を見たが、その内側に言い知れぬ何かがあることしか分からなかった。
「……和希、と言ったか? 」
「は、はい」
「今から一刻ほど風呂に入る。誰も入れるな」
「……はい」
・・・・・・・・・・
「やはり強すぎますね、あのバケモノは」
「あぁ。あれから力を奪うには少し相手が強すぎる」
大妖の力の一端を垣間見た二人は肝を冷やしつつ洞窟に帰ってきた。明かりが一つもない洞窟の唯一の光である焚き火を点けようと前回の焚き火跡を覗き込んだ祇蟷螂が声を上げた。
「おい、この小娘死んでないぞ」
「何? お前が核を引っこ抜いたんだろうが」
地面に倒れている迦穂を抱きかかえる祇蟷螂。疾風薙はまだその少女の存在に納得していない様で、何度も腕を持ち上げたりしている。
「……どうする、祇蟷螂」
「とりあえず、安置しましょう」
先日まで彼女を磔にしていた壁のあたりに横たわっている岩の上に迦穂を置き、二人はそそくさと種火を作り始めた。
「なんで消えないんでしょうかね、あの少女」
「分からない。あいつが起きてから聞き出すしかない」
本来は気にかけるほどもないはずの存在だった少女から、二人はついぞ目を離せなかった




