風神の祠 悲劇の朝
「天狗様、起きて…… ん? 」
二晩ぐっすり寝たことで、完璧とは言えないものの大翔は無事快復した。次の予定を大妖に聞こうと衝立の向こうを覗くと、そこには今までないほどに複雑に思い悩んだ顔をした天狗が胡坐をかいて座り込んでいた。
「あ、あの…… 」
「ん? あぁ、起きとったか小僧」
「何かありましたか? 」
「うむぅ…… これはちょいと難しい話なんじゃがな」
眉間にシワを寄せたまま、大妖はゆっくりと話し始めた。
「迦穂、じゃったか。彼女に何かあったな」
「……はい? 」
「あやつはワシの名前が込められた存在…… あの小娘に何かがあれば繋がりを持つワシには不快な予兆として感じ取れるものだ」
「そう、か…… 」
確信は持てない、しかし大妖がそう感じたのもまた事実。大翔はただうつむいて拳を握りしめるしかなかった。
「……行こう。迦穂が無事だろうと無事でなかろうと、早く終わらせないとな」
「じゃが、お主はまだ本調子じゃなかろう」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだ」
大妖の肩を掴む大翔の目には、今まで見せたことがない『色』があった。それは誰が見ても歪で危ないものであるのは明白だったが、大妖はそれを口に出すことは出来なかった。
「武器はある」
「それであやつらと戦うつもりか? 」
「勝敗じゃないよ」
揺からもらった刀を握りしめる大翔。大妖はついぞかける言葉を見つけられないままだった。
「朝食をお持ちしました…… あ」
「あ、ごめん和希さん。頂きます」
二人の間に流れる不穏な空気を切り裂くように障子を開けた和希。それに救われた形で朝食が始まった。
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「やはり、あの大妖しか開けられませんか」
「原理上、力の一部を持つ我らでも開けられるものだろう。この封印術を施した者は相当だな」
里の西端、寂れた小さな祠の前で二人は待ち惚けが確定した。
「そういえば、修羅に堕ちたあなたがわざわざ私についた理由をまだ聞いてませんでしたね」
「……力だ。修羅が一人で生きられるほどこの世界は広くない」
「そうですか。なんとも締まらない理由ですが、まぁ承知しました」
祠のそばに転がっていた手頃な岩に腰掛ける祇蟷螂。対照的に疾風薙は祠を凝視したまま棒立ちである。
「しかしなんとも……妖の隠れ里は季節が春で固定されているはず。それが木々の葉は紅く染まり、風がしっかりと寒い」
「これがあの大天狗の力ということだろう。まだ夜明け直後、奴らはまだ来ないだろうな」
「座って待ったらどうです? 」
「力を試したい。裏の茂みを少し駆けてくる」
祇蟷螂があくびをしたその瞬間に、疾風薙はもう視界から姿を消していた。




