迷いの森 錯綜、三者三様
「ほれ、乗れ。帰りは飛んで帰る」
少しばかり力を取り戻したらしく、腕から伸びる羽根の量が心なしか増えた気がした。大翔が背中にしがみつくと、大妖は一羽ばたきだけで空高く舞い上がった。
「す、すげぇ…… 」
「これでも恐らく二、三割じゃろうな。宿まではゆっくりと風に乗るから寝るなりなんなりしておけ」
これも大妖の力なのだろう。雲の上を、つまりはかなり上空を飛んでいるはずなのに全く寒くない
「……あのさ天狗様」
「ん?どうした? 」
「さっきの…… 揺だっけ? なんで天狗様を見たら手を引いたんだろう」
「あぁ、それは妖の掟じゃな。『名前を失った者、またそいつに関係する者に手出しをしない』って原則がある」
大妖が語る掟、大翔はそれを受けて「妖にとって名前は人間より重たいものなのか」と軽い気持ちで大妖に質問を投げかけたが、大妖は少し黙り込んでしまった。
「ごめん天狗様、俺なんかまずいこと聞いちまったか? 」
「いや、そうじゃないが…… まぁ、そうなるわな。小僧、よく聞けよ…… 」
・・・・・・・・・・
「はぁ、はぁ…… まだ、続けるんですか?…… 」
「うぅむ、まさかこんな量だとは。普通の妖でしたら2、3分で妖力を吸いつくされて木乃伊なんですけどねこの印」
「……本当に妖力なのか? それは」
「えぇ、間違いなくそうですね」
いぶかしげに祇蟷螂の手に彫られた印を覗き込む疾風薙。軽く首を振った祇蟷螂は力なく手を降ろし、逆の方の手で思い切り迦穂の顎を鷲掴みにした。
「ングぅ!? 」
「多少強引にはなりますが…… 仕方ありません、核を抜き取りましょう」
「ちょ、やめて!! 駄目!! 」
反抗しようと身体をのけぞらせる迦穂。しかし次の瞬間、彼女の両手に鎌が突き刺さった。
「……動くな」
「ありがとう疾風薙。それじゃあ、始めますよっと」
祇蟷螂の印に反応して光る胸。突如、祇蟷螂が光の源へ向かって迦穂の体へ手を突っ込んだ。
「アァァァァッ!!?! 」
3人しかいない洞窟に迦穂の叫びがこだました。
・・・・・・・・・・
「何故だ…… 」
玉藻を襲ったあの騒動から2日、和希は壊れた広間の修理から始まり宿の下働きを続けていた。
「分からない…… 」
和希にとって妖は憎むべき相手でしかなかった。そしてそれは相手も同じだと本気で信じていた。だがその前提はこの数日で崩壊し始めていた。
「なぁ、雷獣」
「なんでしょう? 」
自分の隣で一緒に床掃除をしていた妖に話しかける。相手は律儀にも手を止めて話を聞いてくれた。
「お前は、人間が憎かったりしないのか? 」
「うーーん、どうなんでしょう…… 僕はそもそもこの里を出たことがないからよくわかりません」
「そう、なのか…… 」
「そんな暗いこと考えてないで、ちゃちゃっと掃除終わらせて玉藻様に報告しに行きましょう」
「あ、あぁ…… 」
またしても疑問をぶつけきれないまま、和希は目の前の作業に集中せざるを得なくなった。




