迷いの森 新たなる出会い
「迷いの森、ねぇ」
「昔からそう呼ばれとる。なぜかは知らんがな」
あの乱闘から一晩、泥のように眠った二人は揃って夜明けに目覚め、残る道のりを歩いていた。
「天狗様があんなこと口走るんだから、意外と名付けに間違いはないかもね」
「クソっ、柄にもないことを言うんじゃなかったわ」
まるで山肌に螺旋を描いたかのようなゆるい曲線の山道を歩き続ける二人。頂上が近づいていくのが分かる程にその歩みは速くなっていった。
「そろそろ頂上が見えてくる。やっと始まるんじゃ、わしの名前探しが」
「はぁ、ハァ…… そうやって加速されるとついていけなくなるんだが? 」
大妖の肘から伸びる羽根にしがみついて歩を進める大翔。流石に昨日の行軍が応えたのか膝が笑っていた。
「ほれ着いた!! ここが頂上じゃな!! 」
「はぁーーっ! ……疲れた」
子供の様にはしゃぎ回る大妖と倒れ込むように腰が落ち、同時にカバンを放り投げる大翔。しかし頂上らしき空間には茂みが広がるばかりであった。
「あの茂みの中じゃろうな。行ってくる」
「気をつけてーー ……まぁ天狗様に危険なんてないだろうけど」
大きく息を吐き、立ち上がる大翔。カバンを拾おうと茂みから目を離しつつ地面に視線を落としたその瞬間、冷たく鋭い感触が首筋を伝った。
「お前、こんなところで何してる人間」
「……あ、えっと…… 」
よく通る、しかし逆らえない圧を纏った声だった。初めて大妖と会ったときと同じ、『少しでも動けばそこに死がある』雰囲気だった。
「ここは妖の隠れ里、お前みたいな人間がいていい場所じゃねぇ。覚悟はあるか? 」
「いや、僕はただ…… 」
「おい揺、わしの連れ合いに何をしとる」
間一髪、茂みから帰ってきた大妖が大翔の背後を取った何かに話しかけた。暫しの沈黙が流れた後、大翔の首筋にあった刃物の感触がスッと引いていった。
「……んだよ、旦那の知り合いか。ちゃんと面倒見てくれよまったく」
「……悪い悪い。玉藻の宿から引っ張ってきたもんだからよ」
「あんなところから? 4日はかかるだろ? 」
刀を降ろす妖。その姿は瓶底眼鏡をかけ濃紺の髪を後ろに流し、桜色の着物を着流した青年風の男だった。
「坊主、何日でここに来た? 」
「えっと、1日半ですかね」
「……ほぉ、中々骨はあるらしい」
懐から煙草を取り出し、マッチで火を付ける妖。大妖に揺と呼ばれた彼はぶっきらぼうに一息吐き出し、くるりと踵を返した。
「坊主、武器はあるか? 」
「……いや、ないっす」
「そうか。じゃあこれを持っていけ。出来はわりぃが切れ味はいい」
揺が投げてよこした刀は刃渡り一尺七寸(約52cm)ほどの小太刀だった。大翔が呆然と渡された刀を握ると、眉一つ動かさないまま揺は黙って山を降りていった。
「……なんか、変な人も居るんですね」
「あいつは昔からの偏屈者よ」




