雪に咲く花よ
昔から、見えてはいけないものが見えてしまった。
人ならざるものたち。周りのみんなが『妖』と呼ぶそれが、彼だけは見えていた。
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「…… 」
「やめとけって。俺はそんなに旨くないぞ」
取って食おうとするやつに話しかければ、大体向こうが去っていく。でも虚空に向かって話しかける彼を見て、人間も等しく彼から去っていく。
「……はぁ。厄介なもんだなホント」
ため息を吐く詰め襟の彼、秋月 大翔は夕焼けに影が伸びる学校からの帰り道を一人行く。『妖』が見えるその目ゆえに気味悪がられることが多く、余程ではない限り基本一匹狼である。
「中学の頃はもう少し友達作れたんだけどなぁ…… 」
高校生活もニ年目となった今、10年打ち込んだ剣道すらも熱が冷め、無気力極まれりといった具合なのだ。これに関しては誰が悪いというと難しくなる。周りが年末のお祭りムードに包まれていても彼の心は全く動かない。
「あー、大翔君また部活サボってる。駄目だよちゃんと顔出さなきゃ、もうすぐ大会でしょ? 」
「……まぁたお前かよ迦穂。俺は大会メンバーじゃないしな、本気になれるかよ」
「私、新人戦で頑張ってた大翔君が好きだったんだけどなぁ」
大翔の右腕に抱きつくセーラー服の彼女は如月 迦穂、大翔の幼馴染である。周りに引かれがちの彼を唯一普通の存在として扱う彼女とはもう10年の仲になる。
「おいバカ、こんな一本道でベタつくなよ」
「いいじゃん、誰も見てないんだし。それにこの方があったかいじゃん♪」
「そ、そうじゃなくてさぁ…… 」
そう、例え冬場の人目がない通りでも『何かしらは』彼らを見るものがいるのだ。迦穂は無垢な笑顔で抱きつくのだが、大翔からすれば冷やかすような『奴ら』の目線が気が気でない。
「せっかく二人きりなんだし、今日くらいは大翔の家に泊めてよ」
「無理だって。お前を泊める部屋がない」
「分かってくれないんだぁ…… えーん」
「嘘泣きするなって。それに……俺はそういうの興味ないんだ」
二人の間を木枯らしが駆け抜ける。街頭のイチョウから最後の葉が散った。風に誘われて二人が空を見上げると、ぽつぽつと雪が降り始めていた。
「二日連続か。今年はホワイトクリスマスらしい」
「ロマンチックだね。私、そういうとこ好きだよ」
しばしの沈黙が流れる。抱き付いて大翔を見つめる迦穂とは対照的に、大翔は虚空を無言で見つめていた。
「大翔君はまだ気にしてるの?その『見えちゃう』体質を」
「気にしない方がおかしいだろ。それに……っ! 」
異常な気配に気づいてとっさに迦穂を庇う大翔。迦穂が大翔の右腕に目をやると、ざっくりと何かに斬られたような跡がある。うっすらと雪が被った道路に赤い跡がくっきりと写った。
「大翔君!? 」
「気にすんな、鎌鼬だ」
たまたま近くに転がっていた手頃な枝を構える大翔。迦穂は目を凝らすが相変わらず何も見えない。
「こんちきしょうがぁ!! 」
片手で懸命に虚空を打つ大翔。その瞬間、迦穂の目にありえない光景が飛び込んできた。
「大翔君…… それが妖ってやつなの? 」
「……は? 」
大翔の手が止まった。しかし迦穂は今そこにいる非現実的な何かを直視しているのだ。
「オ主、吾ガ見エルノカ? 」
狩衣、古文の中でしか見ないような雅な服を着た、両手に鎌を持ったイタチが迦穂を見ながら舌を出す。
「ナラオ主ヲ頂コウ!! 」
「迦穂ォ!!! 」
標的を変え、即座に飛び出す鎌鼬。その速さに大翔は手も足も出ない。化け物の鎌が迦穂の首を捉えかけたその瞬間、大翔は思わず目をつぶった。
「ソノ命貰ッタァ! 」
「い、いやぁぁッ!! 」
その刹那だった。突如としてありえない程の突風が鎌鼬を吹き飛ばし、化け物は路端に置かれたゴミ箱に激突した。
「……え? 」
「迦穂お前…… 何したんだ? 」




